ARTICLESMay/27/2014

Queer Rapとは? ーー 時代が生み出した新たなヒップホップの潮流として

 まず、この動画を見てほしい。

 ゲイが奇抜な衣装に身を包み奇妙に踊り、よく分からないラップが繰り広げられている。これが近年アンダーグラウンドヒップホップで成長してきているクィア・ラップというものだ。以前Le1fのレビューでも述べた通り、「ゲイ」「黒人」「ラッパー」という三大要素を取り入れた音楽文化のことを「Queer Rap」と呼び、それらは、80年代のポスト・パンクやヒップホップがそうであったように、現在、前衛的なニューヨークのアンダーグラウンド・カルチャーのひとつとして位置している。

 クィア・ラップとメジャーヒップホップとの相違は、クィア・ラップの持つアート性、独特のエンタテインメント性にある。リリックにはかつてのヒップホップにはなかったゲイカルチャーから生まれる視点、新しい感情や社会に対する訴えなども含まれている。特にニューヨークのヒップホップでは、服装やスタイルの枠を守った表現活動が重視されていたが、その壁はクィア・ラップにはなく、ファッションや他のアートとの融合はクィア・ラップの方がずっと柔軟だ。

 長年ヒップホップは、ホモフォビック(同性愛に偏見を持つ考え方)で、ゲイカルチャーに関しては閉鎖的状況であった。そもそも、アフリカ系アメリカ人社会が古典的な男らしさを求める風習があり、そしてそれを態度(attitude)で示してきたのがヒップホップだ(一方、そのカウンターとしてハウスがあった)。しかし、現在、そのヒップホップが作ってきた壁を取り払うべきなのではという動きがある。リスナーの世代交代も一因であり、オープンマインドな世代(ホモフォビックに反対する世代)が、前の世代の負の遺産でもある文化的、社会的偏見はヒップホップの未来を閉ざすのではないかという懸念を持っている。時代や環境が変わり、Jay-Zや Kanye Westといったヒップホップ界のスターも、同性愛を認める考えを示している。また、Frank Oceanは、根強いホモフォビックとして有名なOFWGKTAのメンバーのR&Bシンガーだが、自身がゲイであることを公言している。そして、それはOFWGKTAのリーダーであるTyler the Creatorにもポジティブに認められている。

 こういった状況は、アメリカの連邦最高裁が2013年6月26日に、「結婚防衛法」(DOMA=Defense Of Marriage Act)を違憲とし、同性婚者にも平等の権利を保障するといった判決を下すなどといった、社会的な環境の変化も大きく影響を与えていることは疑いようがない。このとき、合衆国大統領であるオバマが、自身のツイッターで「今日の結婚防衛法に対する判決は、結婚の平等に向けた歴史的な第一歩」と述べたことも有名だ。

 また、クィア・ラップというのは、同性愛が云々という話だけで片付けられるものではない。クィア・ラップの代表的アーティストであるLe1fは、『Interview Magazine』のインタビューで、下記のように述べている。Le1fが主張するように、クィア・ラップにおいて、ゲイがラップをしていることは重要ではない。ラップで自らがゲイを名乗り主張していくことは、自身を“attitude”で示しているにすぎないのだ。

自分はゲイのラッパーだ、黒人ラッパーだ、NYのラッパーだ。クィアミュージシャンに対する圧力も気にしない。ゲイコミュニティのミュージシャンがついに注目を浴びることができたことは素晴らしいことだ。ただ、これだけは理解しておいてほしいのが”ゲイラップ”はジャンルではない。音楽のジャンルは、自分が何者であるかによって決められてはならない。何者であるかは、何を作れるかに関わっているだけなんだ。

 

Mykki Blanco aka Michael Quattlebaum

クィア・ラップを代表するアーティストの一人。とあるビデオ企画で女装をしたことがきっかけで、そのスタイルを確立し、今に至る。尚、基本的にMykki Blancoは表現活動をするにあたって演じている、自身のとある側面を女装という形で表現したキャラクターである。代表作『Cosmic Angel: The Illuminati Prince/ss』は、現在もフリーダウンロードが可能だ。


Le1f aka Khalif Diouf

クィア・ラップを語る上で、欠かすことのできない存在のアーティスト。プロデューサーとしても高い評価を得ている。自身のSoundCloudやサイトを中心にミックステープをフリーダウンロードで提供するなど、精力的にリリースを重ね、今年3月にはオフィシャルリリースとなるEP『Hey』をリリースしている。


Cakes Da Killa aka Rashard Bradshaw

今年23歳のゲイのラッパー、パフォーマー。昨年リリースしたセカンドアルバムはBandcampからフリーダウンロードすることが可能。Juke/footworkやTrap、 bounceなどのサウンドに、高速なラップが乗った非常に尖った、若さとパワーに溢れた作品に仕上がっており、今後の成長株だ。


$WAGGOT

このアーティストもまたゲイなのだが、正直クィア・ラップと言っていいのかすらわからない。他のクィア・ラップ・アーティストはジュークやトラップ、ヒップホップなどの影響が強く、作品のイメージが洗練されているが、$WAGGOTはまだまだ曖昧なウィッチハウスというジャンルの音楽からの影響が強く、ノイズ的な音を好んで使う。どの作品も、クィア・ラップに加え、アートワークの奇妙さが作品のオカルト感を増している。アートワークの多くに日本のアニメが使われており、日本のアニメ文化からのインスピレーションも窺える。

文・竹富理紗
2014年度青山学院大学音楽藝術研究部部長。幼少期をアメリカで過ごし、現在大学生活を送る傍ら、Lisandwich名義で、毎月第一火曜日、DJイベント「sheep」を主催するなど、DJ、オーガナイザーとしても活動中。