ARTICLESOctober/15/2014

On Beat! (5)by Chihiro Ito – Joy Division “Unknown Pleasures”

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 人は年を重ねるごとに信じていた価値観が崩れ落ちて全てのものが全く以前とは別の意味をもってしまったり、ひどくつらい出来事やもちろんひどく嬉しい事も含めていろいろな事を経験します。

 33歳の僕が言うのも変な話ですが、そのような出来事があった時には自分自身の許容範囲を広げる為の時期になります。自身の許容範囲をあえて強く規制する事と鍵をどのように外すかという行為。これらは自己を未成熟でありながら内部の自由度を広げてゆく方法であると思います。そしてこの問題を抱えている音楽がこのアルバムのような気がします。

 僕がJoy Divisionを初めて聞いたのは18歳の頃でした。僕はその年、美大の受験にも失敗して浪人していました。一年間、予備校に通い続けるという気分にもなれずに、深夜にアルバイトしたり、インドに旅に行ったりしていました。ある時、友人の勧めで某大学の軽音楽部に出入りする事になりました。その時、僕がヴォーカルをすることになった曲が、Joy Divisionのベスト盤『Subustance』に入っている”Failures”という楽曲でした。その曲を覚える為に僕は近所の図書館で2枚のJoy Divisionのアルバムを借りました。一つは『Substance』というベスト盤、もう一つは今回取り上げているファーストアルバムの『Unknown Pleasures』でした。当時は「良くわかならい曲だなぁ」と思いつつも、現在に至るまでよく聞く音楽になっています。

 このバンドの始まりは1976年の夏、友人同士であったバーナード・サムナーとピーター・フックがSex Pistolsのライブを地元のマンチェスター(イギリス)で観たことから始まったと言われています。数日後、ピーター・フックはバンドを始める為に母親にベースを買ってもらったそうです。その後、障がい者のための職業案内所に勤めていたヴォーカルのイアン・カーティスらが加わり、活動が始まりました。しばらくして、イアンの母校の後輩であったスティーブン・モリスがドラマーとして決まり、メンバーが固定する事になります。

 当初、Joy DivisionはWarsawというバンド名で活動していたそうです。このバンド名はON BEAT!(4)でも紹介した、Brian EnoがプロデュースしたDavid Bowieの『Low』というアルバムの”Warsaw”という曲から取ったそうです。しかし、同じ名前のバンドが存在したことから、ナチスの慰安所と同じ名前(凄いセンス…)からJoy Divisionと命名したそうです。

 ファーストアルバムの発売された1979年頃はニュー・ウェーヴとよばれている音楽が沢山生まれた頃でもあります。その中でも特にユニークな音のこのバンドのプロデュースはマーティン・ハネット(Joy Divisionの殆どの楽曲やHappy MondaysやNew Orderの初期の楽曲、The Stone Rosesの一部の楽曲のプロデュースを行った)が行いました。

 また、アルバムの表紙はピーター・サヴィル(Joy DivisionとNew Orderの殆どのアルバムのデザインをしたデザイナー)がデザインしたものです。『Unknown Pleasures』の表紙の絵は1967年にアイルランドの天文学者、ジョスリン・バーネル・ベルの発見した最初のパルサー(宇宙空間にある電波等を発信する物体)の波形を引用したものです。この信号は当初、宇宙人の発しているものとして研究されていたそうです。タイトルの”Unknown Pleasures(=未知の喜び)”に関係しています。

 バンドは彼らのアメリカツアーの前日にイアン・カーティスが亡くなるまで続きます。ステージ上での度重なる癲癇(てんかん)や鬱病に苦しみながら、妻と子、愛人とバンドのフロントマンとしての重みに耐えられなくなったイアンは1980年5月18日に自殺しました。彼の死後、残りのメンバーでつくったバンド、それが現在も活動中のNew Orderです。このバンドの物語は映画やドキュメンタリーが数本も制作されている程有名なものです。その内、『24アワー・パーティー・ピープル』(2002)や『コントロール』(2007)はレンタルビデオ屋さんでも置いている事があるので、興味がありましたらみてみてください。

 彼らの暗い印象や、今や伝説的になってしまったバンドのストーリー、個性的なデザインを差し置いても、Joy Divisionの持つ普遍性は変わりません。

 それはまるで、僕が数年前にベオグラードの教会で見た、イコン(祭壇画の一種で主に修道院に幼い頃から修行している僧が描く聖書の中の人物や物語などを描いた絵)の様な芸術本来の持っている、人の心を元気にし、前向きにさせる力に近いもののように感じました。

文・画:伊藤知宏
1980生まれ。阿佐ヶ谷育ちの新進現代美術家。東京、アメリカ(ヴァーモント・スタジオ・センターのアジアン・アニュアル・フェローシップの1位を受賞)、フランス、ポルトガル(Guimaranes 2012, 欧州文化首都招待[2012]、O da Casa!招待[2013])、セルビア(NPO日本・ユーゴアートプロジェクト招待)、中国を中心にギャラリー、美術館、路地やカフェギャラリーなどでも作品展を行う。ギマランイス歴史地区(ポルトガル)のCAAAの招待で作品展を開催中。ベオグラード(セルビア)のO3one GalleryでNPO日本・ユーゴアートプロジェクトの招待で作品展を開催中。来年1月に山梨県のi Gallery DCで個展予定。東京在住。”人と犬の目が一つになったときに作品が出来ると思う。”

HP: http://chihiroito.tumblr.com/

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Artist: Joy Division
Title: Unknown Pleasures
Release Date: 15 June 1979
Label: Factory Records