INTERVIEWSDecember/20/2025

[Interview] aus - “Eau”

 ニューアルバム『Eau』を発表したausは、今作において箏という楽器を制作の中核に据えた。地歌筝曲演奏家の奥野楽(EDEN OKUNO)を迎え、箏の微細なアタックや減衰、身体的な揺らぎを起点に、ピアノやシンセサイザーが対位的に配置されている。そこでは、和楽器が担ってきた文化的記号性から一歩距離を取り、音そのものの振る舞いや時間感覚をあらためて聴き直す試みがなされている。

『Eau』では音数を抑え、響きと響きのあいだに生じる空間そのものが丁寧に彫り込まれ、箏を「伝統」や「日本性」としてではなく、ひとつの音響的存在として再構成するそのプロセスは、ausが一貫して向けてきた再構築へのまなざしを、より明晰なかたちで浮かび上がらせている。

 本インタビューでは、箏という楽器との出会いから、奥野楽との協働、音響設計や参照した作品群、さらにはタイトルやアートワークに至るまで、『Eau』が立ち上がっていく思考と制作の背景を、具体的な言葉で掘り下げていく。


__今作『Eau』は、箏を全面的にフィーチャーするという大きな方向転換が印象的ですが、伝統楽器を取り入れようと考えるようになった最初のきっかけ、あるいは契機となった体験や思考があれば教えてください。

以前、サウンドデザインの仕事で和楽器の音色を扱う機会があったんですね。いわゆる「雅」や「侘び寂び」といった和のイメージを求められる現場だったのですが、ベースには電子音楽があったので、擬似的に響きを加えるようなものを作っていました。その過程で、楽器そのものが持つ音色や短い余韻の美しさに改めて気づき、箏を中心に据えて音楽を組み立てるアイデアに興味を持ったんです。

ちょうど(録音時の)前作にあたる『Everis』が、フィールドレコーディングを幾重にも重ねていくような作品で、記憶に深く踏み込んだ内容だったこともあり、その反動としても、より音数を絞って、自分自身から距離を取った制作をしてみたい、という考えがありました。そうした思考と以前から温めていた箏のアイデアが、今回自然に結びついた感覚があります。

箏については、正月に神社で耳にしたり、旅館のBGMや邦楽のレコードを通して触れる程度で、楽器としての理解はほとんどありませんでした。だからこそ、和楽器としての伝統的文脈から距離を置き、箏をひとつの音響的な存在として、別の角度から扱えるのではないかとも感じていました。その未知性自体が、この作品に向かう動機にもなっているかもしれません。

その身体的な介入がそのまま音に現れる感じは、自分の中にはあまりなかった表現で、そこにも魅力を感じていたと思います。

__箏という楽器のどのような側面に魅力や可能性を見出したのでしょうか? 演奏家としての身体性や音響的特徴など、特に意識された点があれば伺いたいです。

「春の海」に象徴されるように、箏はある世代以上にとっての正月の音として、かなり共通認識がありますよね。箏はすでにいわゆる和の音として、一種の記号としても一般に聴かれている楽器だと思うんですが、そういった前提があるからこそ、引いた視点で捉え直して自分の音楽として立ち上げ直られるか、という点に面白さを感じていました。

音響的な特徴でいうと、箏は減衰の早い楽器で、余韻が短い。でもその短さの中に、驚くほど多くの表情が詰まっていますし、響きをどう扱うか、どう変化させるか、という部分にさまざまな工夫があります。それから、引き色のようなベンド的な音の動きも大きな魅力で、音をまっすぐ鳴らさず、わずかに揺らしたり、引っかけたりする。その身体的な介入がそのまま音に現れる感じは、自分の中にはあまりなかった表現で、そこにも魅力を感じていたと思います。

__演奏家・奥野楽とのコラボレーションについて、どのような経緯で共演に至り、彼女の演奏・芸術性のどの点が本作に決定的な影響を与えたと感じていますか?

箏のアイデアは以前からありながら、奏者の方とまったく縁がなくてずっとそのままだったのですが、昨年の夏に奥野さんの活動を知ったんです。伝統的な邦楽の奏者でありつつ、現代音楽や日本の実験音楽、さらには最近のポップスにまで自然に接続している。その姿勢を見て、この方なら、と声をかけたのが始まりです。参加いただけることが決まったその日に嬉しくてデモを5曲ほど作りました(笑)。最初にできたのが「Tsuyu」という曲です。


制作にあたっては、自分なりに奏法を調べつつ、奥野さんからもレクチャーを受けながら進めました。例えば「Orientation」という曲では、教えていただいた特殊な奏法をカットアップしたり、奥野さんは地歌もやられますので、途中に入るコーラスも入れていただいたり。各曲ごとに簡単な方向性の共有はありましたが、実際の奏法やアレンジについては、ほぼ全てを奥野さんの即興に委ねていて、曲の持つ表情を最大限に広げていただいたと感じています。

__プレスリリースでは、箏の微細なアタックや減衰を軸に、電子音・ピアノと対位法的に設計したとありますが、音響設計の上で、箏の存在をどのようにアルバム全体の中心に据えたのかを詳しく聞かせてください。

基本的には箏で弾かれる旋律の反復を軸にして、そこにピアノやシンセサイザーが掛け合い、呼応するという関係を組み立てていきました。箏の旋律自体はとてもシンプルですが、弾くたびにアタックの質感や余韻の消え方に細かな揺らぎが生まれますし、奥野さんが演奏の中でさまざまなバリエーションを与えてくれていたので、ミックスではそうした小さな差異を、できるだけ丁寧に拾い上げることを意識しました。特にアルバム前半では、箏のアタックそのものをリズムの核として捉えていて、弦に触れた瞬間の質感が時間を前に押し出していくようなイメージで、ピアノやシンセサイザーは、その流れをなぞりながらも、少し距離を保ちながら応答するよう配置しています。

邦楽の時間感覚は、いわゆる西洋音楽のように明確なグリッドや展開を前提にしていないのですが、アルバムの前半はあえてそこに一定の時間軸や構造を与えてみることで、箏の自然な揺らぎとの間にずれを感じられるようにしました。構造的な参照点としては、New World RecordsやMode周辺のアメリカのポスト・ミニマル作品が大きいです、特にピーター・ガーランドやダニエル・レンツなど、旋律の反復や単純な素材を使いながらも、文化的な文脈や音色の扱い方で独特の時間が立ち上がる感覚があります。その距離感が、今回の箏の扱い方の参考にもなっていると思います。

__同じくプレスリリースには、Koto Vortex『Koto Vortex I: Works by Hiroshi Yoshimura』、諸井誠『和楽器による空間音楽』などが影響を受けた作品として挙げられていました。これらの作品から受け取った刺激や、『Eau』の創作を前へ進めるうえで参照した点があれば教えてください。

『Koto Vortex I』は奥野さんに教えていただいたアルバムで、ハープのように柔らかい箏のアルペジオと透明な旋律が美しい作品です。ちょうどデモを作っている最中に教えていただいた作品だったので、影響を受け過ぎないように気をつけました(笑)。諸井誠の『和楽器による空間音楽』は、非常に緊張感のある作品ですが、立体音響の先駆けのような、タイトル通り空間の扱いが際立ったレコードだと思います。和楽器を用いながらも、音楽が進行するというより、空間そのものが変質していくような感覚になり、特に音響的な意味での影響があったと思います。

和楽器を用いた作品を聴いていると、音そのもの以上に、音と音、余韻と余韻のあいだに何が感じられるのか、という点がとても大切にされていると感じます。以前読んだ武満徹の本だったと思うのですが、イルカは互いの声そのものを聞いているのではなく、声と声のあいだの無音の長さを聞いている、というような記述があって、その感覚は邦楽にも通じるものがあり、作品を作る上でも大きなヒントになっています。

__『Fluctor』と比べると、本作は別の明晰さや統一感をもって響いています。今作の制作では、サウンド全体としてどのような質感・響き・空間性を目指したのでしょうか?

Fluctor』では、ピアノとストリングスを中心に、全体としてはかなり柔らかい音像を目指していました。箏についても、温度のある響きの方向性はあったかと思うのですが、今回は、そうした滑らかさよりも、箏という楽器が本来持っている触覚的な側面、たとえば爪が弦に触れる瞬間の硬さやわずかな歪み、不安定さを感じるような、とがった部分をもう少し前に出したいと考えていました。音が美しく減衰していく中にも、どこか引っかかりを残したい、という感じでしょうか。

『Fluctor』は、実はあるレーベルからの要請があって制作した部分もあり、ある程度音楽性やゴールが明確だったんですが、『Eau』もまたコンセプト自体はっきり決まっていたので、その分音の選択や配置に迷いも少なく、作業が進められたと思います。シンセサイザーについては、かなり割り切ってプリセットを使ったり、加工や色付けは控えめにしました。どうしても時代性が前面に出てしまいそうだったので、そこから少し距離を取りたかったのもありますし、音そのものを主張させるというより、箏の質感や空間を邪魔しないように、という感覚でした。

一つ一つの響きの中に潜む儚さや豊かさを感じ取ることで、音の世界を少しずつ形作る、というコンセプトがあって、宮城道雄の「水の変態」ではないですが、水のように形を絶えず変えながらも、豊かな流れを感じさせてくれる作品を、と考えていました。

__アルバムタイトル「Eau」について、あえて造語ではなくフランス語の “水” を選んだ理由と、作品のコンセプトとの結びつきを聞かせてください。


一つ一つの響きの中に潜む儚さや豊かさを感じ取ることで、音の世界を少しずつ形作る、というコンセプトがあって、宮城道雄の「水の変態」ではないですが、水のように形を絶えず変えながらも、豊かな流れを感じさせてくれる作品を、と考えていました。このアルバムを作るときに発表時の名義をどうするか悩んでいて、ausをもじった名義にしたかったんですが、ちょうど水がテーマだったのでぴったりだな、と。

__橋本麦によるアートワークも非常に象徴的ですが、ビジュアル面のコンセプトはどのように共有・発展していったのでしょうか? 

箏の楽譜は、五線譜と異なり、絃名を漢数字や文字で示す糸譜(縦譜)というものが使われていて、今回奥野さんが記譜してくださったんです。その縦に連なる漢数字の列を初めて見たときに、ビジュアルとしての面白さに強く惹かれたんですね。

ちょうどその頃、橋本麦さんがユニコードを使ったMV作品を発表されていたのを目にしていたので、この糸譜の漢数字からグラフィックを作っていただけないか相談したんです。こちらの意図をとても丁寧に汲み取ってくださりつつ、想像を大きく超えるかたちで展開してくれて、すごく気に入っています。

__フィジカル版に日本語/英語の解説を付属した理由について、リスナーにどのような読み方・聴き方の入口を提供したいと考えたのでしょうか?

解説はリリース元のEM RECORDSの江村さんからのご提案でした。コンセプチュアルに作っているわけで作家の意図を表明すべき、という判断だったかと思います。自分自身のこれまでの活動や文脈も踏まえると、アンビエント箏として消費されてしまう可能性もある。

その一方で、箏という楽器の扱い方や構造的な部分には、きちんと耳を傾けてほしい要素も多く含まれています。正直に言うと、自分の音楽を文章で説明することには今でも少し抵抗がありますが、聴き方を規定したいというよりは、作品の背後にある姿勢や作家性の輪郭を提示する、そのための一つの入口として書かせていただきました。

__前作リリース時のインタビューで、「まだリリースできていない曲がたくさんある」と回答していましたが、今後の展望、すでに構想がある新作・プロジェクト・パフォーマンスなどがあれば教えてください。

昨年から群馬の伊香保温泉で滞在制作をさせてもらっていて、そこで生まれた音源をいくつかまとめたものが2月にリリースされる予定です。また3月には、オシレーション・サーキットでも知られる磯田健一郎さんとの共作も控えています。

『Eau』については1月17日にアルバムのリリース・イベントを開催します。次の録音もすでに3月に決まっていて、このプロジェクト自体単発ではなく、しばらく継続していきたいと考えています。まだまだやりたいアイデアがたくさんありますし、その都度発展させながら続けていけたらと。それとは別に、aus名義のソロ・アルバムもリリースされる予定です。

生活やお金のこと、レーベルとの関係もあるので、どこまで一人で続けられるか不安ではありますが、制作の感覚が途切れずに続いているので、その流れを大切にしながら、できるだけ間を空けずに作品を出していきたいと思っています。

Eau
1. tsuyu
2. uki        
3. variation I
4. orientation
5. variation II
6. tsuzure
7. shite
8. minawa
9. soko
10. strand

Strand: Eau Record Release Show: Eau
日程:2026/1/17 (土)
会場:大森・成田山圓能寺(東京都大田区山王1-6-30)
時間:OPEN 13:00 / START 13:30
料金:前売 3,500 / 当日 4,000yen
出演:
Eau (aus + 奥野楽)
Ken-Ichiro ISODA 磯田健一郎
iu takahashi
marucoporoporo
Yosi Horikawa

PA:Fly sound

詳細:https://flau.jp/event/strand/

インタビュー・文:荒川十嬉、富田陸斗、木村葉菜子(UNCANNY, 青山学院大学総合文化政策学部)
編集:東海林修(UNCANNY)
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