INTERVIEWSApril/30/2023

[Interview]aus - “Everis”

 今年1月に実に15年ぶりとなる新作「Until Then」をリリースし、続く4月に最新アルバム『Everis』をリリースした、東京を拠点とする音楽家/プロデューサー、aus。自身の音楽活動と同時にレーベル〈FLAU〉を主宰し、CuusheNoahKumi TakaharaCRYSTALといった国内アーティストから、Henning SchmiedtやMelaine Dabert、Cicadaといった海外のポスト・クラシカルのアーティストまで、レーベルオーナーとしても、多彩ながらも一貫した美しさを放つ作品を発表し続けている。

 今回のインタビューでは、そうした自身の音楽活動やレーベルをはじめたきっかけから、2000年代の活動、そして、新作の曲作りの舞台裏や楽曲に込められた個人的な体験から奥深くの思想まで、その多岐にわたる活動に在るさまざまな背景について詳しく語ってもらった。

__楽曲制作を始めたきっかけを教えてください。

兄がいるんですが、音楽が好きで、あるときギターを弾き始めて曲作りみたいなことを始めたんです。それで、自分も鍵盤が少し弾けたので、真似事ではないですがテープに録音したのが始まりです。その頃観に行った映画で、流れていた音楽が自分の作ったメロディーと対して違わない、メロディーというのはシンプルだから自分でも作れるんじゃないかと勘違いしたんですね(笑)。あと小学生の頃エレクトーン教室に通っていたんですけど、練習をしないから怒られてばかりで。でも、一度作曲の宿題があったときに、作った曲を先生が褒めてくれたんです。自分には弾くよりも作る方が向いてるんじゃないかってそのときに感じた経験もありました。最初は兄に聴かせることが目的でした。

__では、録音機材をある程度そろえるなど、本格的に制作をしようと思ったのはいつごろですか。

機材を買ったのは高1ぐらいです。坂本龍一さんがイメージモデルをされていたYAMAHAのEX5というシンセサイザーがあって、それまで一度も使ったことのなかったお年玉を握りしめて石橋楽器に買いに行って、そこではじめて音を作る環境ができました。

__ausというアーティスト名で活動を始めたのはどのぐらいの時期でしたか。

名前をつけたのは大学2年のときくらいですね。サークルで代表をやっていて、学祭で発表するコンピレーションを作ろう、という話になり、そのときに。マレーネ・ディートリヒという女優に「Das Lied ist aus」という曲があって、そこからつけました。

__作品の発表歴では、2006年には『Lang』と『Sonorapid』が出ていますが、『Antwarps』が一番古い作品なんですね。

そうですね。『Antwarps』は、ベルギーの〈U-Cover〉というレーベルから出した「Kangaroo Note」「Crowding」という初期作品をまとめたものです。

__この頃は、ご自身としてはどういう時期だったのでしょうか。

『Kangaroo Note』が2004年なので、大学3年生の頃です。当時高円寺にあったLINUS RECORDSさんにデモを聴いてもらったところ、〈U-Cover〉に送ることを勧められて、実際に送ったら返事が来て、その後1週間ぐらいで作ったアルバムです。『Crowding』は翌年ですが、就職を考える時期ということもあって、「音楽は頑張りたいけどちゃんとしないといけない」と思って悩んでいた頃ですね。

__経歴としては早稲田大学を卒業ということですが、進路としては音楽家ではなく、就職を選択するのが一般的のようにも思いますが、どのように考えていたのでしょうか。

音楽で食べることは全く考えていなくて、カウンセラーを目指して心理学を専攻していたんです。でも勉強を進めるうちに、臨床はやりたいけど、脳科学とかそっちの方に興味が移ってしまって、自分のやるべきことが何なのか見えなくなっていました。ただ卒業間際に、スピーチセラピスト(言語聴覚療法士)の仕事を知ったんです。大学の専攻の延長にあったからすぐにピンと来たけど、そこで目指すにはもう遅くて。国家資格を取るために専門学校に入らなくてはいけなくて、それで入るまでの1年間は無職なんです。でも奨学生にもなれて、進むべき道が見えたことで精神的にも安定したし、なにより時間もあったから、その間に3枚のアルバム(『Sonorapid』『Lang』『Curveland』)ができたんです。

__スピーチセラピストという仕事と、音楽制作の間にリンクするものは何かありますか。

吃音や失語症、認知症、嚥下、聴覚障害など様々な分野の仕事があるんですが、リンクするとすれば、補聴器装用をするとき、最初ノイズが聴こえるのでイコライズするんですけど、そのノイズは普段も聴こえているはずの冷蔵庫の音だったりするんです。補聴器にすると小さな音もめちゃくちゃ倍増されて聴こえたりするから、それが冷蔵庫の音だとは分からない。でも音の出る対象が分かると、不快に思う閾値が下がるんです。学生の頃に大里俊晴さんや菅野義弘さんの講義に出入りしたり実験音楽をかじったりしていたんですが、既知のものだったらノイズに感じにくいという感覚に、ノイズそのものの定義を揺さぶられましたね。

それから脳障害で言葉が出なくなった人でも、歌であればスッと歌詞が出て歌えるという方は結構臨床でいらして。言語野でも置かれている場所が違って、外から見るともっと身体的に記憶されているように見えるというか。セラピーで歌を歌うとか音を作りながら言葉を出すみたいな訓練とかもあったりして、メロディーと記憶の結びつきを考えるきっかけになりました。

__制作をはじめた初期の段階でそういう経験をしていると、何かしら作品に影響はありそうですね。また、同じ時期の2006年に〈FLAU〉が始まるとのことですが、どのようなレーベルにしたいと思っていましたか。

最初はイベントから始めたんです。ユウリくん(宮内優里)とよくBULLET’Sとかでオールナイトのイベントに出演させていただく機会があって、すごく楽しいんですけど、体力がなかったから朝帰りが辛かったんですね(笑)。こういう音楽だし、もっと早い時間にリラックスして座って聴けるのがいいな、と思って始めたのがそもそものきっかけです。そのとき、お客さんの皆さんにコンピレーションを販売することになって、Myspaceで自分達の好きなアーティストさんに連絡を取ったら、たくさんの方から返事があったんですね。こんな簡単に海外の人ともつながれるんだ、というのはすごく印象に残っています。

それが最初のリリースといえばリリースで、その後もイベントは続けていて、僕が病院研修で地方に行くこともあり、その間は宮内くんがこっちでイベントをやってくれていました。学生の延長でやっているからギャラもオーガナイズもめちゃくちゃで、先輩の方々にご指導いただきつつ、やり方を掴んでいったというか。

__BULLET’Sは靴を脱がないといけなくて、それがよかったですね。

そうですね。ステージもなくて秘密の部屋のような独特の雰囲気がありました。どっちも六本木からは無くなりましたけど、BULLET’SとSuper Deluxeでやることが多かったですね。

__レーベルの活動はそこから本格的になっていきましたが、ご自身のリリースは、止まりましたね。

2007年に『Curveland』、2008年に『After All』が出ていて、そこで一旦終わりですね。あとはリミックス集やコンピレーションは出ていましたが。

__リリースのなかった2010年代はどのような状況だったのでしょうか。

とにかく時間がなかったです。この時期はよく海外にライブに行っていたし、来日の招聘とかサウンドデザインとか音楽に関わるありとあらゆることをやっていたような。制作の方もその度にブラッシュアップというか、楽曲もどんどん変わっていった変遷がありました。最終的には形になる前にデータが入っていたハードディスク自体が盗まれてしまって。

__楽曲の区切りがつけられなかったという感じでしょうか。

そうですね。

__レーベル運営と音楽制作を同時にやるのは大変だったのではないかと思います。

海外に行くことが増えてきたので仕事を続けられなくなって、そこからレーベルに絞ったので、その影響はありますね。ただ元々音楽性の幅を広くとっているし、コミュニティやシーンみたいなものから自覚的に離れてやっているのもあって、アーティストさんのためにも優先して長いスパン続けないといけないな、ということは考えていました。アーティスト・レーベルはその時々で短く終わってしまいがちなので。それも一つの形とは思いますが。

__では次に、そんな中、ようやく発表された新作について質問させてください。アルバムの前にシングルの「Until Then」が出ましたけど、これはアルバムには入っていないですね。

素材は同じものを使っていたりしますが、アルバムには入っていないですね。本当は時系列的に逆で、アルバムの方が先に出るはずでした。

__海外のレーベルからのリリースになっているのはなぜでしょうか。

自分のアルバムを自分のレーベルで出したくないんです(笑)。もちろん費用や文脈を考えると自分で出した方が圧倒的に良いんですけど、リリース自体共同作業であって欲しいと思っているのと、作品の質を第三者が担保してほしい点で、外部のレーベルで出すことが自分には大きいんです。

作っていたものは無くなったけど、そこには違う可能性の、見えない無数の光景が確かにあったはずだから。

__アルバム『Everis』(エヴリイズ)についてですが、これは造語ですよね。

「ever」と「is」を合わせた造語ですね。言葉を作るのは好きで、今までのアルバムもほぼ造語なんです。合ってるか分からないんですけど、「過去も現在も未来も、タイムラインのどこの場所でもどこかで存在している」といったイメージにしたくてこの名前にしました。

__このアルバムの制作にあたって、音楽でも映画でも書籍でも、あるいはインスピレーションなど、何か参照したものはありますか。

高野文子さんの『棒がいっぽん』という漫画に「奥村さんのお茄子」という短編があって、ざっくりうろ覚えなストーリーを説明すると、奥村さんという登場人物が過去のある日に茄子を食べたかどうか、それを食べさせようとした未来人の運命が変わっちゃうから、その未来人の後輩が茄子を食べたかどうかを奥村さんの元に調べに行く、というお話です。

奥村さんはもちろんそれを食べたかどうか覚えていないんです。昨日食べたものでさえ忘れてしまうのに、過去の何月何日に何を食べたかなんて覚えてるわけがない。後輩である未来人はそのときの瞬間をビデオテープで検証するんですけど、脇の道でトラックが通っていたり、公園で少年たちが野球をしていたり、茄子を食べているかもしれないその一瞬に無数の光景があって。そういうある共有された瞬間を再現することで、奥村さんが茄子を食べている証明になる、みたいな話で。そしてその光景は現在にいたるまで円環のようにずっと繋がっている。今回のアルバムにおいて自分の考えていることと結構リンクしていることに途中で気づきました。このお話の背景では絵描き歌が歌われているんですが、絵描き歌も、一つ一つのオブジェクトが全部まとまったときにそれが顔や表情になりますよね。その考え方もアルバムのコンセプトになっていると思います。

もう少し具体的に言うと、僕の場合作っていたものが物理的に盗られて無くなってしまって(注:2017年に起きたFLAUへの空き巣事件)、そのときに自分の制作物に対してすごく思い入れがあることを実感したんです。家族や友人は「新しく作ればいいじゃないか」と言うけど、どうしてもそういう気持ちに長年なれなかったんです。でもあるとき、音と音の中の組み合わせや聴かせ方の再現はしづらいけど、頭の中のものをは盗まれていないんだから、メロディーは再現できるなと思って、そのメロディーにちなんだものを作ろうと考えました。それで、手元には何もないけど、そういえば他の人が持っていると気づいて、一緒にビデオ・インスタレーションを制作したミュンヘンの作家さんに音素材を渡していたので、それを送り返してもらったものが、アルバムのきっかけになった1曲目「Halsar Weiter」の導入になっています。

スマートフォンに、自分が日々撮ったビデオや録音があったので、それをタイムライン上に並べて、もう一回無くなっているものを再構築してみようと。なので、今回ゲストで入ってくれている人も、昔の知り合いばかりというか、今はコネクションが無くなってしまった人ともう一度繋がっていて。今の時点から過去を振り返って、どういう繋がり方ができるかを確かめたかった、ということもあります。

__一度、切断されてしまったものを再構築したということでしょうか。

そうですね。そうすること自体に意味があると思いました。例えば今日のこのインタビューの日を思い返したとき、話の内容は覚えていなくても、部屋の時計や自分の背後にあるもの、見えているけど見えていないものを描いていったら、それらが違う側面から見えるのではないか、というアイデアですね。作っていたものは無くなったけど、そこには違う可能性の、見えない無数の光景が確かにあったはずだから。

__先ほどの、患者さんが失ったものを取り戻していくお話につながるようにも感じます。

そうかもしれないです。

__続いて、具体的にそれぞれの曲についてもお聞きします。先行シングルの「Swim」はミュージックビデオも公開されていますが、これはどのような作品でしょうか。

アルバム自体一曲一曲繋がるようにしているんですが、「Swim」はそれを短くまとめたような曲です。映像や音楽はシーンをカットしたり、ガラッと展開を変えることで強い印象を与えることができますが、実際の生活は何か大きな出来事があっても、一連の流れはつながっていて、急変することなんてないですよね。それを表現したかったんです。カットアップはしているけど、背後で渦のようにシンセサイザーがずっと鳴っているという状態が、息継ぎはしているけど外に上がることはない、水の中に居続ける状態と似ていると思ったんです。

__では、「Landia」についてはいかがでしょうか。

これは、フィンランドかどこかへ行った際に録っていた歌をもとに、それをエディットして制作していきました。当時目黒の方に住んでいたんですが、近くであったお祭りの太鼓のリズムからメインのビートを作ったりしています。岡山で聴いたヴィンテージのオルゴールとか、旅先で出会った様々な音を使っていますね。

昔親がSt.Gigaというデジタル放送を聴いていて、DJがいなくて世界中のフィールド・レコーディングや時報のアナウンス、おしゃれな音楽がかかるんですけど、子供心にその音質の良さとか、世界のどこかで流れている別の時間というんでしょうか、そういうラジオとは違う不思議な感覚を覚えたんですよね。そのインスピレーションを洗練されていないローファイなやり方で落とし込んでみた、という感じです。

__フィールドレコーディング、周辺の音を作品に用いる手法は様々なアーティストが行なっていると思いますが、何か特別なこだわりはありますか。

今回使ったものはもともと作品で使うフィールドレコーディングとして録ったわけではなかったので、素材としてはお粗末な音質でしたが、個人的な記憶にいかに結び付いているかを意識し、それを作品にどれだけ多く入れられるかを今回はこだわりました。フィールドレコーディングをポップス的なところで使う場合、外の音を自分のものにしてしまうような不思議な行為に感じられるので、どうせやるならとことん個人的なものを入れ込みたいと思ったんです。

__シングルとして「Make Me Me」も発表していますね。

Grand Salvoさんという、自分が何度かツアーをオーガナイズしたシンガーに歌ってもらった曲です。デモから何もいじっていなくて、弦だけ入れてもらっています。アルバムのミックスはすべてNicholas Principleさんにお願いしています。この方自身の作品やミックスに関わった作品の、昔の〈4AD〉じゃないですけど、深い音響感というか、アナログな感じが好きで。今までのアルバムはEX5でほとんどの音を作ってきましたが、機材がなくなって今回初めてパソコンの中で音を作ったんです。それが僕にはどうしてもまだしっくりきてなくて、ちょうどその方がヴィンテージのアナログ機材を多く持っていらしたので、合うかなと思ってお願いしようと思いました。

__元の音源から大きく変化しているということでしょうか。

そうですね。「Make Me Me」の変化が最も大きかったと思います。元はもっとドライなものでした。どの曲も100以上の音が入っていたし、他の人に作品を渡す、しかもオンラインでやるというのは難しいですが、この曲は他の曲に比べて音数が少なく、シンプルだったのでやりやすかったです。今回のアルバムはパーソナルな面が強く、閉じた作品になりやすい状況にあったので、人に預けることも重要でした。アルバムの後にシングルで別の方にミックスをお願いしましたが、その際の進行にあたっても勉強になりましたね。

__Nicholas さんもベストを尽くされたと思いますが、ausさんはレーベルのプロデューサーでもありますから、何が正解かは特に難しいですね。

本当にそう思います。今も正解だったか分かりませんが、一つ一つの音がきれいに聴こえるのではなくて、一気にドンっとくる塊のような音像を目指しました。

__それでパソコンの音よりハードシンセの厚みのある音にしたかったんですね。そうした要素は成功したのではないでしょうか。

はい、そこにゲストの皆さんや外部のエンジニアさんにお願いした意義があると思います。自分の出している音のフェイク感にソウルを注入してもらったような感じでしょうか(笑)。

__Yosi Horikawaさんにマスタリングを依頼した理由について教えてください。

ヨシさんご自身の作品はすごくハイファイなんですが、こういった丸っこい音像のものも意図を拾って対応してくださるし、フィールドレコーディングへの理解の深さも信頼している理由ですね。

__共演者は、交流のあった方々、特に高原久実(Kumi Takahara)さんに多く参加していただいていますね。高原さんの参加には作品に対してどのような効果を期待していましたか。

高原さんは自分の好きな音楽性と異なる方だと思っていて、彼女のストリングスはクラシックでもソリスト的というか、とにかく鋭く、かっこいい。自分とは異なる感性だなと感じることがあります。でもそういった自分の音楽性から離れた方と一緒にやる方が面白いし、コントロールできないからこそ、広がりが出ると思いました。

自分の好きなもの、信じているもの、価値観に対して正直にやっているので、それが一つの実態、オルタナティブなものとして存在し続けることにやりがいを感じています。その必要性を証明しているようなものですね。

__TAKCOMさんのアートワークはどのように制作が進んだのでしょうか。

もう長年の関係なので、音だけ聴いてもらって、そのインスピレーションで作ってもらいました。Lo側のデザイナーの NON-FORMAT と共作で再構築していって出来上がったので、元の3Dのアートワークとはだいぶ変わりました。TAKCOMさんのクセは残しつつ、先進的なものに仕上がったと思います。

__レーベルを継続していく原動力になっているもの、活動で大事にしているものは何でしょうか。

自分の好きなもの、信じているもの、価値観に対して正直にやっているので、それが一つの実態、オルタナティブなものとして存在し続けることにやりがいを感じています。その必要性を証明しているようなものですね。一定の周期で変えていくやり方もあると思いますが、変わらず続けることに本当に価値があるのか、模索しつつやっています。

__最後に、今後の活動予定を教えてください。

リリースを続けていこうと思います。「Lang」がアナログで再発されるのと、他にもリリースやリミックスが近々出る予定です。ライブは、5月27日に愛知県浦部市で開催の「森、道、市場2023」という音楽フェスティバルに出演予定です。

Everis:
1. Halsar Weiter
2. Landia
3. Past From 
4. Steps
5. Make Me Me
6. Flo
7. Swim
8. Memories
9. Further
10. Neanic

Photo by Ryo Mitamura

インタビュー・文:東海林修(UNCANNY)
編集アシスタント:坂田望、中野寿里花(UNCANNY, 青山学院大学総合文化政策学部)