ARTICLESJune/23/2014

On Beat! (1)by Chihiro Ito – Patti Smith “Horses”

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 ある朝起きると、僕の顔が全く変わってしまったような、とても老けたような気分になります。心配になって鏡をみてみるとそんな事は無く、そのことが全くの思い込みであった事に気がつきます。思っていた事は顔にはなかなか出てこないものです。

10年程前にアメリカのヴァーモント・スタジオ・センターというアーティスト・イン・レジデンスの施設で、2ヶ月間滞在していた時に、よく言われたのは、”Tell your stories. I want to know, you.”です。

日本で自分の事ばかり話していると、大体において嫌われてしまいます。しかし、このアートセンターでは世界中から毎月、30人程のアーティストが滞在し、共同生活しながら作品を制作します。僕の生い立ちや、感じた感覚を話してほしいといわれたのが印象に残っています。それぞれのバックボーンが違うアメリカでは、自分の事を話すのが当たり前でそれらは黙っていては伝わらないのだなと思いました。

さらにさかのぼり、20年前には、人と話すのがあまりに下手で言葉が出なくなると、話している相手が顔をじっと見て、”お前の言いたい事は全部顔に書いてあるよ”と言われていたものでした。実際は相手の考えの全てを読み取るのはとても困難なことです。

“日常の不安や現実のやるせなさ”

僕らはこれを口にする事さえ許されない事が日常の中に多々あります。いつも見聞きしている、詩や絵画、音楽や映画などの中で、これらと同じ感情で心のバランスをとる(例えば、ハードコア・ミュージックの怒り叫ぶ声を聞いて、そこに自分自身の怒りや心の叫びを投影し、消化させたりすること。腕や足がくだけ散った彫刻を見て、自分は五体満足でいることを幸せに思い落ち込んでいた気持ちが不思議と少しだけ明るくなるといった消化のさせ方などがあります)のも芸術の役割として大事な部分であると思います。

 パティ・スミスのファーストアルバム、『Horses』には沢山の思い入れがあり、この作品について書く事はとても僕にとって難しい事です。しかし、あえて今回はこのアルバムについて書いてみようかと思いました。

このアルバムは”Gloria”という曲から始まります。この曲は、Them(イギリスの歌手、Van Morrisonが以前行っていたバンド)の1965年の曲をカヴァーした曲です(ちなみにJim Morrison率いるThe Doorsも同じ曲をカヴァーしています)。「カヴァーした」と言っても、歌詞や曲のテンポやアレンジを大幅に変更しています。

“Jesus died for somebody sins but not mine”=”神様は誰かの罪を背負って死んだけど、私の罪じゃない”から始まる部分はパティ・スミスの詩です。

パティ・スミスはVan Morrisonのとても男性的な欲望を解りやすく描いた女性の登場する内容の歌詞の”Gloria”という曲を、より強烈なメッセージ性を持つ、ふだん僕らが感じている不安や現実のなかから掘り出した様な身近な感情を表現する曲へと変化させ、僕らの代わりに普段は言いにくい”私の罪はどうやったってぬぐいされない”ということを代弁してくれているように思います。

 以前、フジロックで彼女のライブを見た時に、その場に居た沢山のお客さんが、”Gloria”の歌詞を覚え、一緒に歌っていました。そして、僕もすこしだけ歌ってみることにしました。

すると、僕が1人でしかこの曲を聞いていなかったという思い込みから、そこに居る数百人(おそらく社会の中では少数派)がそれぞれの時間の中でパティ・スミスの楽曲と出会い歌詞を覚えているという気分になりました。そして、なんだか自分と同じ気持ちをもっている人が大勢ここにあつまっているという気分になってきてしまいました。音楽というものはすごい力をもっていると思った瞬間です(ちなみに、苗場の駐車場に僕が友人と歩いていると、乞食のようにぼろぼろの服を着たパティ・スミスが歩いており、お願いすると笑いながら手を差し出して握手をしてくれました。その時、僕は彼女の人間性も感じ、世界的なロックスターになっても、ファンをとても大切にし、お客さんの目線に立とうとしているのだなと感じました。こんな経験の積み重ねから彼女の作品は生まれるのかもしれないと思いました)。

 また、このアルバムの表紙は写真家のロバート・メイプルソープが撮っています。僕が彼の写真を初めてみたのは10代後半のころで、早稲田にアップリンクという映画会社がギャラリーを造り、1回目の作品展にその写真集を展示しておりそこで見たのが始まりです(その当時、性器の映った写真が多数入っていた、ロバート・メイプルソープの写真集を巡って国が輸入禁止にした処分の取り消しを行い、それに勝訴したことは話題になりました。現在は僕もアップリンクでは作品展を行ったりして関わるようになっています)。そんな、癖のある写真家が撮った当時のパートナーの中性的なポートレイトはとても美しい背景のグラデーションが魅力です。この写真は彼女の他のアルバムの表紙の中でもひときわ美しい印象を放っています。

 そんなアルバムを阿佐ヶ谷のカフェで聞いていると、その当時(70’s)のニューヨークだとか、素晴らしいジャケット写真をとった写真家のロバート・メイプルソープのことやパティ・スミスが美術学校にいっていたことなど、特に深くは考えません。

ここにあるのは”いま、ここ”という意識を強く感じさせる音。

パティ・スミスという一人の詩人が歌うベーシックなバンドサウンドがあると思います。古くから詩人のみが持つ言葉の力。それらが40年の時を経てなお、現在の”いま、ここ”を照らし出している事に驚きます。

僕はこのアルバムをたまに聞きたくなり、聞いています。それはパティ・スミスが持つ詩の力とその歌詞のもつ内面を消化させる力、そしてその当時つきあっていたロバート・メイプルソープの写真の美しいイメージの魅力かもしれないと思いました。


HP: http://chihiroito.tumblr.com

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Artist: Patti Smith
Title: Horses
Release Date: 1975/12/13
Label: Arista Records

文・画:伊藤知宏
1980生まれ。阿佐ヶ谷育ちの新進現代美術家。東京、アメリカ(ヴァーモント・スタジオ・センターのアジアン・アニュアル・フェローシップの1位を受賞)、フランス、ポルトガル(Guimaranes 2012, 欧州文化首都招待[2012]、O da Casa!招待[2013])、セルビア(NPO日本・ユーゴアートプロジェクト招待)、中国を中心にギャラリー、美術館、路地やカフェギャラリーなどでも作品展を行う。東京在住。"人と犬の目が一つになったときに作品が出来ると思う。"