- ARTICLESFebruary/24/2018
[22]On Beat! by Chihiro Ito – Minor Threat “Complete Discography”
怒鳴られると、凹(へこ)みます。
学校や会社、両親や通りすがりの酔っ払いのおじさんにでさえ、怒鳴られると、凹みます。そして、大抵の内容が、学校や社会の歯車としての強要であったり、怒鳴る側の一方的な不満であったりすると、さらに気が滅入ります。まれに、一度怒らすと、止まらない人もおり、こんな時に僕は、「その人が一時的に誰かに魔法をかけられたのだ」と思うようにして、やり過ごします。
今回はそんな、あまり良いイメージのない、怒鳴り声を面白く利用して音楽にし、伝説的なバンドとレーベルを作ってしまったアメリカの東海岸のグループ、Minor Threat(1980-83)の話です。彼らの音楽を歌詞もわからずに聞くと、構造的には、単に怒鳴っている声に、かっこいいリズム帯の音(ドラム、ギター、ベースなどの楽器)が重っているだけです。そんな音楽が、35年以上に渡り、人々の心を引きつけているのは、なぜなのでしょうか?
彼らのレーベル、Dischord(不協和音) Recordsの公式プロフィールによると、Minor Threatは、80年にイアン・マッケイ (Vo) 、ジェフ・ネルソン (Dr) 、ライル・プレスラー (G) 、ブライアン・ベイカー (B) により結成。バンド名は直訳で「未成年の脅迫」です。結成から1ヶ月という短期間で、最初のライブを行い、同じエリア出身のBad Brainsの次の世代のハードコア・ミュージックのバンドとして、S.O.D.らと共に注目を集めていました。そして、彼らは結成前からすでにレーベルを持っていました。
もともとこのレーベルは、彼らの前身バンド、Teen Idlesの解散直後の1980年、最初のシングルを発表するために設立されました。そして、このシングル1枚の収益が、しばらくの間、このレーベルを支えることになりました。
『SALAD DAYS: A DECADE OF PUNK IN WASHINGTON, DC (1980-90)』(Scott Crawford監督/2014年)では彼らのレーベルをはじめ、当時のワシントンDCのバンドについて本人たちを交えて、詳しく描かれています。僕が10年前にニューヨークに行った時でさえ、CMJ誌(アメリカのカレッジ・チャート)のイベントが有名な大きなライブハウスで行われており、その内、1日まるまるDischord Recordsナイトが行われていた程、このレーベルは強く人気のあるものでした。
今回取り上げた、アルバム『Complete Discography』は、彼らの発表した4枚のシングル盤を1枚にまとめたものです。アルバムの裏面には、「このCDのすべての楽曲や写真は、過去に発表されたものです。たった12ドル(アメリカ国内)です」とわざわざ書かれています。このようなところからも、彼らのレーベルの素朴な誠実さが伝わってきます。
また、彼らがそれまで既にあったハードコア・ミュージックと違ったのは、彼らは曲中で、ドラッグやお酒の事を肯定的に描かなかったという事でした。
社会に反発する事で人気を得たロックでしたが、80年代に入ると、すでに「Sex & Drugs & Rock & Roll」という歌もあるくらい、それらの行いが、ロック・ミュージックと一緒に考えられていました。そんな一般認識に、規模は小さかったものの、もう一度反発したのが、「ストレート・エッジ」だったように思います。
言葉だけで説明を聞くと、反発の反発で、1周してしまったような気になります。
しかし、それはロックを聴いたり、演奏したりしている人たちが受けた、ある種の偏見と闘っているかのようです。Minor Threatの歌、「Straight Edge」では、ドラッグや飲酒、快楽目的のセックスがない生活が描かれています。「ストレート・エッジ」という考え方は、この曲のタイトルから取られたと言われており、彼らの後の楽曲、「Out of Step」ではそれらの内容が、より直接的に歌われています。
もっともこれらの歌の起源は、「Teen Idles」の頃までさかのぼります。彼らは当時未成年で、ツアーで行く先々のライブハウスで、演奏を断られるという出来事がかなり多くあったそうです。その苦肉の策として、ライブハウスが、彼らと未成年のお客さん達に、「ライブは観れるが、飲酒や喫煙をさせない」目印として、手の甲にマジックで「×」を描いたのが始まりだと言われています。
それがめぐりめぐって、まるである種の信仰のように力を持ち、一人歩きしてしまいます(今でも、「ストレート・エッジ」のサインとして、手の甲に「×」を描く姿はまれにライブハウスなどで見られます)。また、その頃勢いのあったバンドのパフォーマンス、別段、タトゥーなども入れておらず、無地の飾り気も無いTシャツで歌う丸坊主のイアンの姿は、どこか特別な存在感があり、それもあって、バンドが神格化してしまったのではないか? と思う程です。
今では、当時のライブ映像は、ウェブ上で簡単に見る事ができるので、興味ありましたら、是非見てみてください。また、イアンは後のインタビューで、「ストレート・エッジの信奉者は意図しないところまで進んでしまった。自分があの歌を作った時には、ただ自分たちの日常を歌った。それだけだった」とその意味を言い直す程までになっていました。
話をバンドに戻します。彼らは演奏活動を続けながら、2枚のシングルを発表。バンドは1年の間に解散と再結成、新メンバーの加入や脱退を行いながらライブを行い、3枚目のシングル、「OUT OF STEP」((世界と)そりが合わない)を発表します。そして、再度解散。最後のシングル「Salad Days」(=世間知らずの若い頃)をリリースします。その後は、イアンはFugaziでなどで、ブライアンはDag NastyとBad Religionでギタリストとして活動し、ジェフやライルもそれぞれの音楽活動を行っています。
このアルバムには、23曲のオリジナル曲の他に、3曲のカヴァー曲が入っています。「12XU(ワンツーエックスユー)」はニュー・ウェーヴのバンド、WIRE(イギリス/1976-80,85-92,2000-)の曲。「Steppin’ Stone」はThe Monkeesの為にBoyce and Hart(アメリカ)が作曲した曲で、Sex Pistolsなどにもカヴァーされています。「Good Guys」は1960年代のカルフォルニアのガレージ・ロックバンド、The Standells(アメリカ/1962-)の曲です。また、彼らはたくさんの後続バンドにも影響を与え、Beastie Boysや、Rage Against The Machine、Pennywiseなどにもカヴァーされています。
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このバンドは現代美術のアーティストに例えると、クレス・オルデンバーグ(スウェーデン/1929年-)ではないだろうかと思いました。彼も、Minor Threatと同じく、日常的なものをモチーフにしています。Minor Threatが大きな声で叫ぶとしたら、オルデンバーグは彫刻を再定義した、巨大なソフトスカルプチャー(柔らかい彫刻)作品が代表作として有名です。
彼らが歌う内容は、日常です。それは、国家や政治のせいにするでもなく、自分達の言葉の責任と、日常生活を楽しむ(重視する)事の表れでもあるように思います。
高校生の頃、僕は初めてこのアルバムに出会い、当時は歌詞の意味もよくわからず、怒鳴っている声にかっこいいリズムの楽器が重なるだけで、こんなにカッコよくなるのかと思ったものでした。
再び今聴き直し、歌詞を調べてみると、怒鳴る内容にも、いろいろあり、めぐりめぐって、不思議な事に自由を感じた。
HP: http://chihiroito.tumblr.com
Artist: Minor Threat
Title: Complete Discography
Release date: 1989
Label: Dischord Records
*『Complete Discography』には、『First Two Seven Inches』収録曲を含む全26曲が収録されています。
1980生まれ。阿佐ヶ谷育ちの新進現代美術家。武蔵野美術大学卒。東京、アメリカ(ヴァーモント・スタジオ・センターのアジアン・アニュアル・フェローシップの1位)、フランス、ポルトガル(欧州文化首都招待[2012]、O da Casa!招待[2013])、キプロス共和国(欧州文化首都)、セルビア(NPO日本・ユーゴアートプロジェクト招待)、中国を中心にギャラリー、美術館、路地などでも作品展を行う。ホルベインスカラシップなどを受賞。谷川俊太郎・賢作氏らや、ショーン・レノン氏らともコラボレーションも行う。5月に阿佐ヶ谷アートストリート2018で新作を発表予定。東京在住。”人と犬の目が一つになったときに作品が出来ると思う。”