ARTICLESFebruary/13/2017

[17]On Beat! by Chihiro Ito – My Bloody Valentine “Loveless”

夜の森で轟音。

10代半ばのある日、当時流行していたアメリカのグランジバンド、Nirvanaの海賊版ライブCDを友人から借りた。とても楽しみにしていて、友人の家から帰り、すぐに僕はそれを自室のステレオで大きな音で再生した。音が鳴り出して、あまりの音の悪さに驚愕した。彼らの地元で撮られた、録音状態の良くなかったこのアルバムは、爆音で演奏する彼らの音楽と合わさって、ノイズの音の塊のようになっていた。しかし、そのまま再生していると、なぜかその音の悪さがとても心地よくなり、あまりに気持ちよさに眠ってしまった。

今回取り上げるMy Bloody Valentineは、そのNirvanaにも影響を与えた、アイルランド出身の男性2人、女性2人のバンドだ。作曲のほとんどはギター/ヴォーカルのKevin Shields。活動時期は1984-97と再結成後の2008-現在までだ。日本では”マイブラ”と略されるこのバンドは、オリジナルアルバムは編集盤を除き、3枚のみ。彼らはシューゲイザーを代表するバンドとしてThe Jesus and Mary ChainやRideなどと共に知られている。

シューゲイザーとは一般的には、ギターのフィードバックやエフェクターなどを深く歪ませた、厚いノイズサウンド。同じ短いメロディーの繰り返しやぼんやりと優しく歌うヴォーカル。それらを合わせてポップで甘いメロディーにした、浮遊感のある音楽性のことを言うことが多い。

そんな、このバンドの音楽性とはあまりしっくりこないこのバンド名は、初期のメンバーらが決めたもので、同名の映画『マイ・ブロッディー・ヴァレンタイン』(’81/カナダ)から取ったそうだ。結成当初はサイケデリックなガレージロックのような音楽性だった。それから彼らは、数名のメンバーの脱退を経て、現在の音楽性に辿り着いた。88年に、後にPrimal ScreamやOasisなどが在籍する、〈Creation Records〉と契約し2枚のアルバムを残す。今回取り上げた『Loveless』は、彼らの2枚目のアルバムで、2年の歳月と数千万円の制作費を費やすことで〈Creation Records〉を潰しかけたという逸話のあるアルバムでもある。

そんな逸話はさておき、このアルバムのジャケットをみると、いつも友人のH氏の作品を思い出す。

僕はある時、H氏のアトリエを掃除していた。すると、彼の何十年も前の作品が出てきた。彫刻家であった彼だが、写真作品も作った時期があったようだ。その写真には、地面や草らしきものが白黒で写っていたものだった。

一言でこの写真の印象を言うと、何の準備運動も無しに、全速力で1000メートル走り、濃いエスプレッソを一気飲みして、その後直ぐに、近くにあるものをカメラを構えて撮ったような写真だった。良く言うと、瞬間を作品にする、写真ならではの表現力を生かした作品だったとも言える。

話をバンドに戻すと、ピンク色に写ったアートワークにはギター(Fender社のムスタングもしくはジャガー)を弾いている写真が拡大されて使われている。これはバンドメンバーのアイデアで、写真は彼らやRide、Primal Screamのプロモーションビデオも撮影している映画監督のAngus Cameron(1964-)が撮影したものだ。

そして、彼らの歌詞の内容は大抵は恋人同士の出来事が多いような気がする。その社会性を感じさせない歌詞は逆に普遍的で芸術的でもある。それはまるで、よりそった恋人と自分の体に中にある、血の流れなどのノイズを表しているようでもある。よく人間は胎児の期間には体内ノイズを聞かされているという。人間がノイズを聞いて落ち着く時があるのもこの説が確かなら理にかなっている。

知らず知らず彼らから僕が受けた影響は大きい。それはたまに描く、花や野菜の拡大された絵も、社会へノイズを発しているという僕の作品の本質ともつながる部分も多い。それらはH氏から影響を受けたものであるかも知れないし、このバンドからも受けた影響かも知れないし、本能的な芸術的な欲求なのかも知れない。

20代後半に差し掛かり、FUJI ROCK FESTIVALの最も巨大なステージ、Green Stageで彼らの演奏を初めて体感した。夜の森の中で僕は、轟音に文字通り包まれていた。それは暖かく、気持ち良く、少し眠くなった。その時僕は、10代の頃、自室で爆音でかけていたNirvanaの音を体感していたことと似ていると思った。

Artist: My Bloody Valentine
Title: Loveless
Release date: 4 November 1991
Label: Creation Records / Sire Records

HP: http://chihiroito.tumblr.com

文・画:伊藤知宏
1980生まれ。阿佐ヶ谷育ちの新進現代美術家。東京、アメリカ(ヴァーモント・スタジオ・センターのアジアン・アニュアル・フェローシップの1位を受賞)、フランス、ポルトガル(欧州文化首都招待[2012]、O da Casa!招待[2013])、セルビア(NPO日本・ユーゴアートプロジェクト招待)、中国を中心にギャラリー、美術館、路地などでも作品展を行う。谷川俊太郎・賢作氏らともコラボレーションも行う。5月に阿佐ヶ谷アートストリート2017で個展。11月に今年の欧州文化首都のPafos2017関連企画でキプロスに招待され、国境が分断された首都のニコシアで作品を発表予定。東京在住。”人と犬の目が一つになったときに作品が出来ると思う。”