ARTICLESSeptember/29/2017

[20]On Beat! by Chihiro Ito – The Jesus And Mary Chain “Psychocandy”

黒い服の兄弟と直立不動のドラマー。
爆音とささやき声。

日常生活の中で、普段僕らは声というものを、話す相手に聞こえるように話をします。自分の体調によっては、普段通りに話しているつもりでも、実際は声が大きかったり、小さかったりします。

そんな中、ささやき声は小さな声より優しいメッセージを伝えるのに向いている気がします。それがノイズの爆音の中であれば、なおさらその音質のコントラストによって、優しさが増す気がします。まるでそれは雨の中、街頭ミュージシャンが、弾き語りをしているかの様です。

数ヶ月前に、イギリス在住の友人からメールで連絡が来ました。「Chihiro! この前、ロンドンの郊外で見たバンドが昔はパンクバンドだったんだけど、最近はスタンス変わって、チャーミングになってた! それはそれで、凄くよかったんだけどね! 老化のプロセスを送ったっていうのかな」といった内容でした。それがどんなバンドかと思い、いろいろ調べてみると、イギリスの経済新聞にでさえ、春のロンドン公演のリポートが大きく掲載されているくらい、現地では話題になっていました。

そんな連絡もあってか、今回は、いつか聴こうと思っていたバンドの一つで、聴いているうちに、そのささやき声と爆音、甘いメロディーと良い意味でのカリスマ性の低さとが癖になってしまったバンド、The Jesus And Mary Chain(ジーザス・アンド・メリー・チェイン)についてです。

日本では「ジザメリ」、海外では、「JAMC」という略称で呼ばれるこのバンドの名前は、日本語に直訳すると、「キリストとマリアの繋がり」。欧米でもっとも有名(?)な人の二人の名前をバンド名にしています。

こんなパブリック・イメージ(誰しもが認識している共通のイメージ)をバンド名や曲名にする手法は、パンクロックでは、よく使われています。例えばバンド名で、「Sex Pistols」(”Sex”はその意味の他に、バンドが当時出入りしていた彼らのプロデューサーのMalcolm McLarenのブティックの名前で、”Pistol”は”銃”以外に、俗語で男性の陰茎という意味)、「Black Flag」(黒い旗は無政府主義者の意味)、ドイツ語で”新しい”という意味のニュー・ウェーヴのバンド、「NEU!」などがあります。

バンド結成前、地元の工場で働いていたヴォーカルのJim Reid。当時はロックなファッションに身を包み、ドイツの実験的なバンド、Einstürzende Neubauten(アインシュテュルツェンデ・ノイバウテン)やアメリカの60年代のガールポップ・アイドルグループ、The Shangri-lasまで、様々な音楽をきいていたそうです。そんな日々が、彼らのその後の音楽活動に影響を与えたと後のインタビューで語っています。

1983年、Jim Reid(ジム・リード)とWilliam Reid(ウィリアム・リード)の兄弟により、スコットランド、グラスゴーで結成されたジザメリ。当時のライブでは、彼らは黒い服にもじゃもじゃ頭の様相。演奏時間は15分程。観客に背を向けて演奏。ライブが終わると、暴動沙汰になる事もしばしば。テレビのインタビュー中には、連れてきたガールフレンドとキスをし始めるなど、彼らの汚れていない独自の音や考え方で活動していました。

そんな中、1枚目のシングル、「Upsidedown」は84年11月に発売され、翌年2月にイギリスのインディー・チャートの1位を獲得します。発売元はマネージャーの Alan McGee(アラン・マッギー)の〈Creation Records〉からでした(なお、このレーベルは、後に以前の紹介した、My Bloody Valentineや、Primal Scream、Oasisなど、イギリスの重要なバンドを多数輩出していきます)。

まるで初期のロックン・ロールの楽曲をそのまま爆音にして、小さなささやき声にした様な「Upsidedown」は、たった数カ所の変化で、まるで新しいものがつくられた発明品の様な曲でした。ドキュメンタリー映画『Upside Down: The Creation Records Story』(Danny O’Connor監督/イギリス、2010年)では、当時の事を本人らが語っています。そして、音楽メディアは、彼らをポスト(次の世代の)Sex Pistolsと評しました。

その後、リリースされたアルバムが『Psychocandy』(サイコキャンディ、直訳で「精神病の飴」)です。「Upside Down」発表後、脱退したドラマーの代わりに、アランの友人で、後にPrimal Screamのヴォーカリストになる、Bobby Gillespie(ボビー・ギレスピー)がドラマーとして参加します。直立不動でドラム二つと、シンバル一つだけで演奏する姿は印象的です。

ジャケットのデザインは後にSocial DistortionやK.D.langに写真を提供しているGreg Allenがプロデュースしたものです。後の彼のデザインにはこのアルバムのデザインの影響は殆どありませんが、僕はこの赤と黒の個性的なアルバムジャケットが大好きです。

このアルバムは、The Smithsなどを世に出した〈Rough Trade Records〉の創設者、Geoff Travisが83年に作ったレーベル〈Blanco y Negro Records〉(スペイン語で白と黒の意味)から発表するというお墨付きでもありました。

歌詞も、情けないくらい甘い、恋の歌「Just Like Honey」、バイクに乗った事がない人間が書いた、もっともリアルなバイクの曲と評される「The Living End」、チリチリと爆音ノイズが鳴る中で、楽しげにうたう「Never Understand」など、全てに爆音のノイズが合わさっていて個性的です。

しかし、2枚目のアルバム『Darklands』以降、ボビーが脱退したのを機に、ノイズを消し去り、さびしく甘いメロディーのバンドサウンドへと変貌してゆきます。

99年に兄弟の不仲による活動休止まで、彼らは数枚のアルバムを発表します。同じ世代のバンドにも影響を与え、The Pixies(USA/85年-)は彼らの楽曲「Head On」をカヴァーしたりもしています。休止後は、Reid兄弟はそれぞれの活動に入ります。

しかし、突如2007年にCoachella Music Festivalの出演でバンドを再開。現在、彼らは今年の3月に発売された、7枚目のスタジオアルバムのツアーを行っています。

彼らの存在を現代美術のアーティストに例えると、ユダヤ人大量虐殺やKKKなどをテーマにした、終末的色合いの濃い絵を描く画家、Philip Guston(1913-80年/アメリカ)ではないかと思いました。国や世代は違いますが、彼のくすんだ赤い色の絵を見た時、このバンドを初めて聴いたのと同じ印象を感じます。

デビューから30年以上経過したジザメリですが、ライブ映像を見ても、昔と大きく変ったものの、いい意味でカリスマ性の低い楽曲は、なぜだか癖になり、聴く人の心を捉えます。

彼らは、結成当初のインタビューで、工場で働かずにバンドで食べていける事に対する喜びを語っていました。その後、それを続けられたのは、彼らが自分たちのスタイル、距離感で音楽活動を行ってきたからではないだろうかと思いました。

そして、彼らのアルバムを初めて全て聴いて、音楽の背後にあるメッセージを感じました。

“過去の歴史や肩書きなど、なんの役にもたたない! それを味方にして、自分で歩き出さない限り!”と。



HP: http://chihiroito.tumblr.com

Artist: The Jesus And Mary Chain
Title: Psychocandy
Release date: 18th November 1985
Label: Blanco y Negro Records

文・画:伊藤知宏
1980生まれ。阿佐ヶ谷育ちの新進現代美術家。東京、アメリカ(ヴァーモント・スタジオ・センターのアジアン・アニュアル・フェローシップの1位を受賞)、フランス、ポルトガル(欧州文化首都招待[2012]、O da Casa!招待[2013])、セルビア(NPO日本・ユーゴアートプロジェクト招待)、中国を中心にギャラリー、美術館、路地などでも作品展を行う。谷川俊太郎・賢作氏らともコラボレーションも行う。10月にギマランイス歴史地区(ポルトガル)のCAAAで作品展。11月に今年の欧州文化首都のPafos2017関連企画でキプロスに召集され、国境が分断された首都のニコシアで作品を発表予定。東京在住。”人と犬の目が一つになったときに作品が出来ると思う。”