- ARTIST:
St. Vincent
- TITLE:
- St. Vincent
- RELEASE DATE:
- 2014/2/26
- LABEL:
- Loma Vista / Hostess
- FIND IT AT:
- Amazon
- REVIEWSMarch/14/2014
【Review】St. Vincent | St. Vincent
セイント・ヴィンセント——崇高な響きをもつその名前は、自身が大ファンだと公言している詩人、ディラン・トマスの死処であるセント・ヴィンセント病院を由来としている。本名、アニー・クラークという女性がいかに聡明であるかはこの由来からだけでも十分想像できるだろう。私が彼女のパフォーマンスを見たのは、2012年のサマーソニックだった。ステージの上で気高く、そして力強くギター片手に歌い上げる彼女の姿を見て、圧倒されたのを覚えている。スフィアン・スティーヴンスのツアー・メンバーを務め、イギリスを代表するインディ・レーベル、〈4AD〉と契約を結び、トーキング・ヘッズとして活躍し生きる伝説となったデヴィッド・バーンとの共演アルバム『ラヴ・ディス・ジャイアント』を発表するなど彼女が駆け上ったスターダムはもはや何者をも寄せ付けない威光を放っている。その実力と美貌を持ってすれば、おそらく向かうところ敵なしの彼女は、今回自身の名を冠した4thアルバム『セイント・ヴィンセント』で、玉座に鎮座する白髪の女神へと姿を変えた。彼女は、アルバムをリリースする毎にイメージとなるキャラクターを作るそうだが、今回は「近未来の新興宗教の教祖」とのことだ。ここまで大きく出て、なお嫌味でないのは、彼女がそれに見合う存在であるからだろう。自由自在で存在感のある歌声と、ディープでシニカルなリリック、ギターはもちろん編曲の才覚も十分にしらしめるサウンドは、彼女にしか作り得ない唯一無二の独特な世界観を確立している。
恐れを知らない女王様は、どうやら現代社会に注意を喚起しているようだ。アルバム制作のために故郷であるテキサスに帰った彼女は、テクノロジーの恐ろしさ、人間と自然の関係について見つめ直したという。ハイテクノロジー化が進んだ現代で、人が自然を忘れ、自分たちの行く末が全くわからない今の世の中に強いメッセージを送っているのだ。いつもコミカルなストーリー性を持つ彼女のミュージックビデオだが、「Digital Witness」での無機質な背景と淡々と同じ行動を繰り返す人々の映像からでもそれは伺う事が出来る。1982年に公開されたフィリップ・K・ディック原作によるアメリカのSF映画『ブレードランナー』で描かれた、自然ではなく人工の蛇しか目にする事ができず、人間が創りだしたレプリカントに逆襲されてしまう近未来。そんな世界を憂えているミステリアスで聡明な美少女、レイチェルとセイント・ヴィンセントの姿がどうしても重なってしまう。本作は、そうした近未来感を感じさせるエレクトロニック要素が強く表れたダンス・アルバムとなっている。デヴィッド・バーンとのツアー中に目にした踊り狂うオーディエンスに感銘を受けたという彼女は、おそらくエモーショナルなサウンドが現代世界に必要だと思ったに違いない。だからこそ、本作にはかつてみることのなかったキャッチーさがある。音をコンプレッサーにかけて歪ませて生み出したグルーヴが、エキセントリックな彼女にしかなしえないダンス・ナンバーを作りだしているのだ。
本作は、「Rattlesnake(ガラガラヘビ)」というトラックから幕が上がる。「I am the only one in the only world(私はたった一つの世界でオンリーワンなのよ)」というフレーズを陽気にハミングしている彼女は、裸でテキサスに出歩いた時に蛇に出会ったという実話をもとにしているそうだ(そんなエピソードを聞かされたら、勿論あなたがオンリーワンだということを認めざるを得ないだろう)。それに続く「Birth In Reverse(逆さまの誕生=死)」では、ギターをかき鳴らし、死という恐怖を振り切ったようなまさに怖い者知らずのサウンドを披露している。デジタル社会をアイロニカルに描いた「Digital Witness」は、ちょっと小馬鹿にした印象を受ける彼女の間の手がむしろすがすがしい。何より、「犬みたいだと思ったわ」と相手を挑発する「Bring Me Your Loves」は、彼女の新境地を見せつけられたトラックだった。
まだまだ留まる事を知らない彼女の中には、一体どんな未来予想図が描かれているのだろうか。もはや彼女の精神はこの地上には存在しないのかもしれない。現世と一線を引く雲の上から讃歌を歌い上げるこの気高き女神は果たして私たちに次はどういう姿を見せてくれるのだろうか。それまでは、まだ彼女が与えてくれたメッセージを心に刻んでおこうではないか。
文:細田真菜葉
1994年生まれ。UNCANNY編集部員。青山学院大学総合文化政策学部在籍。主にファッションを得意分野とし、DJとしても活動中。