- INTERVIEWSJune/01/2024
[Interview]Loraine James - “Gentle Confrontation”
2024年5月、〈Hyperdub〉より、昨年9月にリリースされた最新アルバム『Gentle Confrontation』が高い評価を獲得するなか、Loraine Jamesのジャパンツアーが開催された。東京公演では、Loraine Jamesの別プロジェクト、Whatever The Weatherとしてのライブも行われるなど、東京、大阪で3公演を実施。ロンドンを拠点に活動し、世界各地から注目を集める彼女に、自身の音楽的背景やそのルーツから、アルバム『Gentle Confrontation』やWhatever The Weatherとしての活動まで、本人に話を聞いた。
__はじめに、今のあなたの音楽性をかたち作るきっかけとなった、アーティストや音楽について教えてください。
私の今の音楽性をかたち作るきっかけになったのは、Telefon Tel AvivやLusineといったアーティスト。それに、Death Cab for Cutieのようなロックバンドからも影響を受けている。
__そういったアーティストのどのようなところに特に惹かれたのでしょうか。
メロディアスなところかな。エレクトロニック・ミュージックの持つ、エモーショナルな側面が好きで。特にアルバム作りに関しては、そうしたアーティストを参考にしている。
__ロンドンの電子音楽のシーン、また、ロンドンという場所や文化は、あなたの創作活動にどのような影響を与えてきましたか。
ロンドンはあらゆるものの集合体のような場所。異なる文化から影響を受けたさまざまな音楽を聴くことができる。もちろん、すべての音楽を知り尽くしたいというわけではないけどね。例えばグライムとかドリルとか。そうした音楽に影響を与えた90年代のドラムンベースにも触れることができて、とてもクールな環境だと思う。
__エレクトロニック・ミュージックとはどのようにして出会ったのでしょう。
インターネットを通じて。もともと、ビデオゲームをよくプレイしていて、ゲームを通してロックやラップといった音楽に出会った。それに、Linkin ParkやLimp Bizkitといったニュー・メタルのバンドも知るようになって。インターネットを通して、偶然そうしたアーティストに出会ったという感じかな。その中で、Death Cab for CutieのメンバーのBen GibbardがやっているThe Postal Serviceというグループに辿り着いて。そこからはYouTubeでおすすめに出てくるものを片っ端からクリックしていくうちにどんどん脱線していった感じ。Telefone Tel Avivのようなエレクトロニック・ミュージックのアーティストを、自分自身で次々に発見していって、今に至るという。
__ロンドンではそうしたバンドやアーティストのライブを観に行ったり、クラブに行ったりもしますか?
ええ。大学生の頃は特にそうだった。Telefon Tel Avivも観に行ったし、Don’t Sleepのようなバンドも観に行ったし、もっとビッグネームのアーティストも観たりした。学生時代は、週に2〜3回はギグに足を運んでいたと思う。楽しかったな。
__あなたの音楽性に影響を与えているジャンルはかなり多岐に渡っているんですね。
ええ、間違いない。そういうバンドが演奏しているのを観て、自分も彼らのようなスタイルで何かやってみたいとよく思う。もちろん、これまでに形になったものはまだないんだけど、とても刺激を与えてくれる存在だと思う。
__今回のツアーでも、Loraine James、Whatever The Weatherという二つの名義で公演を行っていますが、それぞれのプロジェクトはどのように棲み分けているのか、改めて教えてください。
Loraine Jamesはよりクラブっぽいというか……ビート中心のサウンドになっていて、Whatever The Weatherはもっとアンビエントでスローなテンポの曲という感じかな。テンポの違いで使い分けている感じ。
__そうしたテンポや雰囲気の違う音楽をひとつの名義で制作することは考えたりしませんでしたか?
別名義が生まれたのは、ある意味偶然のようなものだったから。〈Ghostly International〉というレーベルからアルバムを出さないかという話をもらって……Telefone Tel AvivやLusineといったアーティストの作品をリリースしているレコード・レーベルなんだけど。それまで別名義でやることがまったく考えていなかったんだけど、ちょっと面白いかなと思って。今はまったく違う構成でそれぞれの音楽をやっている。なんというか、違ったエネルギーが込められている感じ。自分自身が飽きることなく音楽活動を続けられることに貢献していると思う。
__来日前のNTSの番組で、今回の公演で共演するausや蓮沼執太をはじめ、Daisuke Tanabe、AOKI takamasaなど、日本のアーティストの楽曲を選曲していますが、彼らのどのような点に興味を惹かれたのでしょうか。
彼らの存在を知ったのも、YouTube。10年前くらいだったかな。Lusineを観ていたら、おすすめにいろいろ出てきて、その中にausとかAOKI takamasaがいたのよ。彼らのようなミニマルなサウンドはそれまで聴いたことがなかった。いわゆるグリッチ・ミュージックは初めて耳にしたんだけど、とても耳馴染みがよくて心地好かった。もちろん、今のアーティストにもインスピレーションを受けているし、良い音楽はたくさんあると思う。でも、20年前……私が5歳くらいの時に制作された音楽が色褪せることなく、今でもとても新鮮に感じられるのはすごいことだと思う。私は10年以上ausや蓮沼執太のファンだったから、実際に対面することが出来てとても嬉しい。奇妙な円を一周して、元の場所に戻ってきたような気分ね。すごくクールな気分。
__日本人の作るエレクトロニック・ミュージックは、イギリス人のアーティストとは全然違うアプローチだと思いますか?
ええ、本当にそう思う。そこには大きな違いがあると思う。エレクトロニック・ミュージックを聴いて、これはイギリス人のアーティストの作品だなってすぐわかるから。具体的にどんなところがと言われると説明するのが難しいんだけど、聴けば違いが明確にわかる。恐らく、日本人とイギリス人は聴いて育った音楽が違うからだと思うけど、イギリス人のアーティストはああいうミニマルなグリッチ……音を拾ってぶつ切りにするようなスタイルのサウンドをやっている人はほとんどいないと思う。それに、イギリスのサウンドにはジャマイカやアフリカの文化が色濃く影響を与えているから、そうした文化的な違いが、サウンドの違いに現れているのは間違いない。
__なるほど。日本のクラブシーンはどうですか?
まだちゃんと行けていなくて! 今度の日曜日に行く予定なんだけど……誰がプレイするかはよく知らないんだけど、リラックスして音楽を楽しめればいいなと思ってる。
__昨年リリースされた、Loraine James名義の『Gentle Confrontation』では、black midiのMorgan Simpsonや、〈Plz Make It Ruins〉から作品をリリースしているGeorge Rileyなど、多彩なアーティストが客演として参加していますが、どのようにして参加アーティストを見つけたり、決めたりしているのでしょうか。
アルバムの制作に入る前に、誰とコラボレーションしたいかというミニリストを作ったりするんだけど、もちろんその段階ではアルバムがどういう形になるかはまだわからないから、なかなか思うようにいかないけど。でも、George Rileyとはコラボレーションしたいと思っていた。彼女は仲の良い友人だし、ここ数年、一緒に音楽を作ってきたから。Morganについては、当初は全然考えていなかった。「I DM U」は自分でプログラミングしてドラムパートを作っていたし。でも、なんというかちょっと退屈に感じて。それで、とある人と、Morgan Simpsonはとんでもない凄腕のドラマーだという話になったのを思い出して、彼にメッセージを送ってみたんだけど、そしたら、快諾してくれて。ちょうどblack midiのアメリカ・ツアーの真っ最中だったのに、時間を作ってくれて、本当に良い人。彼のドラムが、あの曲にエネルギーを注入してくれたと思う。以前は、それほど生演奏を取り入れた経験がなかったんだけど、生の楽器の持つ素晴らしさに目覚めるきっかけになった。
__他のアーティストと一緒に音作りをすることで、自分の新たな一面を発見したりするということでしょうか。
ええ、本当にその通り。例えば、今回ドラマーに参加してもらったことをきっかけに、去年少しと今年、生のドラムを入れたライブをやってみて、私はこれまで一人でやることに慣れていたから、他の誰かと一緒にパフォーマンスするのは全然違う体験だった。でも、誰かとそういう体験をシェアできたのは本当に良かったと思う。それに、次のLoraine Jamesのアルバムをどんなサウンドにするか、考える良いきっかけにもなった。もしかしたらもっとドラムを入れるかもしれないし、そういうことを考えさせてくれたのはとても良いこと。
私は自分の感情を言葉にするのが得意ではないから、音楽に自分の精神世界を投影することが、自分にとってのセラピーになるとも考えた。結果として、不思議と心地好い体験になったと思う。世界に向けて自分の感情を発信することはとても怖かったし、脆い自分を表現することにためらいはあったけど、今ではやって良かったと心から思っている。
__プレスリリースによれば、『Gentle Confrontation』は、人間関係(特に家族関係)、理解、そして少しの優しさと気遣いをテーマに制作された作品とのことですが、こうしたテーマを作品として表現しようと考えた背景について詳しく聞かせてください。
家族関係について歌うつもりはなかったんだけどね。幼い頃に亡くなった父のことを歌っているんだけど、20年間父がいない人生を送っていたから、もちろんそのことについては何度も考えてきた。子どものときは、そういう感情を言葉にすることも難しかったし、自分の中で消化することもできなかった。だからこそ、音楽を通してその感情に向き合おうと思った。私は自分の感情を言葉にするのが得意ではないから、音楽に自分の精神世界を投影することが、自分にとってのセラピーになるとも考えた。結果として、不思議と心地好い体験になったと思う。世界に向けて自分の感情を発信することはとても怖かったし、脆い自分を表現することにためらいはあったけど、今ではやって良かったと心から思っている。
__曲を書く時は、歌詞から先に書くことが多いですか? それとも曲から?
曲から書くことがほとんどかな。この曲に関して言えば、ラップしたいと思って楽器を手にして曲を書き始めたんだけど、何度も曲を繰り返し聴くうちにたくさんの言葉が頭の中に溢れてきて。それを書き留めていくうちに、父のことを歌った曲になった。でも、最初からそういう歌詞を書こうと決めていたわけでは決してなかったんだけど。
__今年2月にリリースされたKelelaの『Raven』のリミックスアルバム『RAVE:N, The Remixes』で、「Divorce」のリミックスを提供していますが、このリミックスは、どのようなテーマを決めて完成させたのでしょうか。
自分が大好きな曲をリミックスするのは、本当に難しかった。どんな角度をこの曲に盛り込むか、すごく考えた。それで最終的には、アンビエントで広大な雰囲気のリミックスになったけど、同時に少しだけリズミカルなパーカッションを入れている。実は1年くらい前にこの曲をサンプリングしたものをSNSに上げていたんだけど……あくまでも完璧ではない状態のものだけど。それが、1年後に公式なリミックスとして起用されて、そこにパーカッションなんかを足してみて、元になったものと新しいアイデアをミックスすることでクールなものに仕上がったと思う。でも、当初はリミックスを依頼されるなんて想像もしていなかったから、本当に驚いたし、とても緊張するような経験だった。
__Whatever The Weather名義のアルバムをリリースしてから、2年が経ちますが、同作の収録曲は、すべて温度数がタイトルになっていました。この作品であなたが表現したかったものは何か、改めて教えてください。
私自身が気候に左右されやすくて、暖かさとか寒さとかに敏感だからかな。雪の日にブランケットで包み込むような音楽を作りたかったのね。このアルバムを聴いて、そういう暖かさを感じて貰えればと思って。Whatever The Weatherという名前だから、単純に曲名を気温にしようかなと思った。でも、人によってはこのアルバムはもっと寒冷な気温を想像させるみたいで。そういう聴き手の解釈を聞くのも好き。でも、今自分でこのアルバムの曲を聴き返してみたら、同じ温度数はつけていないかもしれない。そのときの気分や感情によって気温は変化すると思うから。とにかく、馬鹿げたアイデアだとは思ったけど、それが逆に面白いと思って(笑)。
__今後の活動予定について聞かせてください。例えば、Whatever The Weatherの新作のリリースの予定などはありますか。
実は、東京に来る直前に最後の一曲をほぼ完成させたところ。また戻ってから少し整理して、来年にはリリースできれば良いなと思っている。新作を完成させて発表することがすごく待ち遠しい。前作を作ったときは、サイドプロジェクトというか、あくまでLoraine Jamesを投影したものという風に自分で捉えていたんだけど、Whatever The Weatherはこの数年で、自分の中でとても大きな存在になっていった。前作をリリースしたときよりも、このプロジェクトの存在にすごく感謝している。だから、このプロジェクトに時間を割いて集中することができたのは、自分にとってとても良かった。早くみんなに聴いてもらいたいし、戻って完成させる日を心待ちにしている。
__どんなサウンドになっているのか少しだけ教えて頂けますか?
う〜ん、どう言えばいいかな……今言えるのは、前作よりもややビートが控えめになっているということくらいかな。もちろんビートが前面に押し出された曲もあるけど、前作よりも減っている。リピートを多用した曲も結構あるかな。
__ありがとうございます。では、Loraine Jamesとしての今後の活動予定はどうでしょう。
私はいつもアルバムをリリースすると、すぐに次のアルバムのための曲作りに入るんだけど、Loraine Jamesにはもう少し休暇を与えてあげたいかな。もちろん、来年から少しずつまた曲作りに戻っていくと思うけど、もう少し時間を与えてあげたい感じ。もちろんこの先どうなるかはわからないけど(笑)。
__最後に、今回の来日で印象に残ったエピソードがあったら、聞かせてください。
そうね……ロンドンの街並みを歩いているときと、まったく違うエネルギーを感じるのよ。東京も人が多いけど、それでいてずっと平和で、ロンドンよりも混沌としていない感じがする。日本の人は、他人との距離感や空間把握に長けていると思う。ロンドンは人混みで押されたりするし、それにすごくうるさくて(笑)。それほど騒音がなくて静かな大都会というのはとても良いと思う。それに、ライヴに来てくれるお客さんもすごくナイス。すごく温かくて、歓迎してくれると感じる。日本語がまったく話せないのが申し訳ないくらい(笑)。でも、ファンの人たちと握手したり会話したりしてコミュニケーションを取れるのがすごく嬉しい。前回来たときも歓迎してくれているムードをとても感じた。もうすでにチャンスがあれば、すぐに戻って来たいと思っているくらい。
__今回は、ライブ会場以外はどこかに行きましたか?
昨日、少し公園を散歩したかな。まだ時差ボケで遅い時間に起きてしまうからなかなか活動できないんだけど、今日ライブをやって、できれば明日と日曜日に観光できればと思っているところ。
Gentle Confrontation:
1. Gentle Confrontation
2. 2003
3. Let U Go ft. keiyaA
4. Deja Vu ft. RiTchie
5. Prelude of Tired of Me
6. Glitch The System (Glitch Bitch 2)
7. I DM U
8. One Way Ticket To The Midwest (Emo) ft. Corey Mastrangelo
9. Cards With The Grandparents
10. While They Were Singing ft. Marina Herlop
11. Try For Me ft. Eden Samara
12. Tired Of Me
13. Speechless ft. George Riley
14. Disjointed (Feeling Like A Kid Again)
15. I’m Trying To Love Myself
16. Saying Goodbye ft. Contour
17. Scepticism with Joy ft. Mouse on the Keys
Whatever The Weather:
01. 25°C
02. 0°C
03. 17°C
04. 14°C
05. 2°C (Intermittent Rain)
06. 10°C
07. 6°C
08. 4°C
09. 30°C
10. 36°C
11. 28°C (Intermittent Sunshine) [Bonus Track]
Photo by Ivor Alice
質問・通訳:長谷川友美