INTERVIEWSJuly/23/2018

[Interview]Rex Orange County – “Apricot Princess”

 イギリスの批評家、マーク・フィッシャーは、『資本主義リアリズム』の中で次のように述べている。

”現存資本主義(Really Existing Capitalism)についてはどうだろう? 資本主義リアリズムにおける「リアリズム」を理解するためのひとつの観念は、大文字の他者をもう信じないというその主張である”

イギリスでは80年代初頭、ポスト工業化社会の状況下において、新自由主義の政策を選択している。フィッシャーが指摘するように、そのような社会構造は家族や恋人との関係性に過度なストレスをかけるため、人々はそれらの心傷を癒すために、むしろより家族や恋人を必要とする。大文字の他者の不在は深く無意識に影響し、それがデフォルトとなった現存資本主義の世界では、そのような日常を生きていくことが求められている。

 サウス・ロンドンの若き音楽家、Rex Orange Countyは、まさに生まれた瞬間から、現存資本主義の世界を生きている。アルバム『Apricot Princess』には、彼の日常の現実(リアリティ)が精微に描かれている。極めてナイーブに純粋に歌う姿は、単に牧歌的なもの、楽天的なものでは全くない。その背景には、現実(リアリティ)を受け入れる姿が存在し、そして時折その現実の裂け目(リアル)が微かだが現れている。

__『Noisey』のインタビューの中で、出身であるブリットスクールについて、”But I did go there. And I wouldn’t be doing what I was doing if I didn’t to be honest.(でも、ブリットスクールには行った。正直にいうと、もしブリットスクールに行っていなかったら、今僕がやっているようなことをやっていなかっただろうね。)”と回答していますが、この回答は具体的にどのような意味なのでしょうか。

学校に通い始めてから毎日ドラムをプレイしていたことで、毎日ドラムをプレイしたくないということに気づいたという意味だよ。俺の周りの皆は全員素晴らしいドラマーで、バンドに入っていた。でも俺はどのバンドにも入っていなかったし、一人で色々とやるようになっていったんだ。それも含め、その全て環境からインスパイアされて今のようになった。ブリットスクールに通っていなかったら、ROCのサウンドは生まれていなかったと思うよ。

__では、仮にもしブリットスクールに通っていなかったらどうなっていたと思いますか。

何か音楽に関係したことはやっていたと思うけど、違うポジションで関わっていただろうね。それが何かはわからないけど。それか、違う道を辿ってここに来ていたかもしれない。想像つかないな。

__ブリットスクールで学ぶ中で、あなたにとってプラスになったプログラムや経験はどのようなものがありますか。

プログラムというよりは、学校で友達や新しい人々に出会ったことで、自分がブリットスクールに行くまで聴いたことのなかった新しい音楽を発見することができた。マック・デマルコ(Mac DeMarco)なんかも、学校に行くまで聴いたことなかったしね。学校でインスパイアされてギターも始めたし、自分自身の曲も書くようになった。先生たちも素晴らしいし、学校のことはリスペクトしているよ。教育の面でというよりは、ソーシャルの面でかなり助けられたと思う。

__はじめは、なぜブリットスクールに行くことを選んだのでしょうか。

ずっと田舎に住んでいて、勉強するにはいくつかのオプションがあった。3、4つあるオプションのうちの一つがブリットスクールだったんだ。何千人もいるような大学には行きたくなかったし、多くのミュージシャンがブリットスクール出身だし、音楽で何かしたいとは思っていたし、自分にはそこが合っていると思ったんだ。もちろん、行ってよかったと思ってる。

__また、ブリットスクールでの音楽以外のレクチャーやプログラムで、あなたの音楽制作に影響を与えているものはありますか。

いや、あまり。専攻したものに集中するからね。音楽か、演劇か、ダンス、アート、ビジネスとかメディアとか。その中から一つを学ぶ。でも、実は俺はサイドで写真を学んだんだ。メインのコースとは離れているんだけど、一年くらい続けたよ。それ以外は、ずっとドラムを叩いていたね。

__その写真の経験を今の自分の活動に活かしたいとは思いますか。

もちろん。興味もあるし、自分自身が楽しめることの一つだからね。前回のアルバムの歌詞ブックの写真も、俺自身が撮った写真なんだ。オリンパスのフィルムカメラで撮った写真だよ。

__あなたは、昨年リリースされたTyler, the Creatorのアルバム『Flower Boy』に収録の「Foreword」と「Boredom」に参加しています。特に、「Foreword」はアルバムのファースト・トラックに位置付けられていますが、制作において、二人の間ではどのようなディスカッションが行われたのでしょうか。

タイラーには、俺が「Boredom」で歌っているイメージがあったらしくて、そのために彼が書いたパートを歌ってくれないかとオファーしてきてくれた。それで俺が彼のところに行って、実際にイメージ通りのサウンドになるか試してみたんだ。その時にアルバムの他の曲も何曲か聴かせてくれて、「Foreword」にはまだ誰のヴォーカルも乗っていなかったから、やりたかったらやってみていいよと言ってくれた。俺はその曲をすごく気に入ったから、それにも参加させてもらうことにしたんだよ。その曲で、タイラーは70年代のバンド、カン(Can)をサンプリングしているんだけど、そのクールさにインスパイアされて、その日にスタジオで彼と一緒に曲を書き始めたんだ。あれは良いコラボレーションだったな。

__6月にリリースされたPeter Cottontaleの新曲「Forever Always」に、Chance the Rapper、Daniel Caesarと共に参加していますが、どのようなきっかけでコラボレーションすることになったのでしょうか。

ミーティングに行く前からずっとThe Social Experimentのファンで、ロンドンのスタジオでピーターとニコに会って、彼らは新人アーティストを見つけて彼らと何かやろうとしていて、部屋には何人かミュージシャンがいたんだけど、俺はその一人だったんだ。その部屋では、彼らは彼らそれぞれの音楽をプレイして、俺も自分の音楽をプレイした。そのあと、ピーターとニコが彼らが作った音源に俺の声を乗せてみるよう勧めてくれて、それをレコーディングしてから一年後に音源が送られてきたんだ。その時初めてそれを聴いたんだけど、出来がすごく良いと思ったし、あのトラックの一部になれて嬉しかった。ニコは本当にいい人で、ピーターもすごくいい人なんだ。

__コラボレーションは好きですか?

好きだよ。簡単すぎない、やりがいのあるコラボレーションが好き。自分と同じマインドを持ったアーティストを見つけるのって、結構難しいんだ。でも見つかって、お互いやりたいことが同じだったら、それは最高だと思う。すごく刺激的だと思うし、俺は好きだね。

__コラボレーションしたいと思えるアーティストの基準は?

自分で作品を作っているアーティストや、気が合う人。インターネットで話しているだけでも同じ考えを持っているかがわかるし、それがわかる瞬間っていうのはすごくクール。今の所はありがたいことに向こうからコラボレーションのオファーが来たケースの方が多いけど、もし自分が選ぶとしたら、その作品に誰か適しているかを考えて、そのアーティストにコンタクトをとって、コラボレーションをお願いすると思うね。

__アルバム『Apricot Princess』について。アルバムでは、日常の感情や出来事がリリックとして描写されています。いくつか、そのストーリーや背景について詳細を教えてください。例えば、「Television / So Far So Good」は、どのようなきっかけで書かれた曲なのでしょうか。

この曲は、オープニング・トラックの後に、自分の気持ちの要約をアルバムの最初に持って来たかったんだ。だから、この曲はある意味一曲目よりもアルバムのオープナーに近いとも言える。個人的にはね。色々混ざりあった気持ちが表現されているのがこのトラックなんだ。

__ラストに収録されている「Happiness」について。例えば、何度か繰り返される”When I turn 81 and forget things, will you still be proud?(物忘れが激しい81歳のおじいさんになっても 僕のことを誇りに思ってくれる?)”という歌詞などには、どのような背景があるのでしょうか。例えばなぜ、81歳なのでしょうか。

それは今のガールフレンドに話してる言葉で、「もしも~だったら」みたいな会話をしている感じ。要するに、「死ぬまでずっと愛してくれる?」みたいな意味だよ。自分のパートナーに、歳を取っても愛し合い、お互いを尊敬続けたいということを語っているんだ。その部分は、ある意味アルバムの色々なトラックで表現されているフィーリングがまとまったものでもある。81という数字には特に意味はないよ(笑)。今よりも歳を取ったら、という例えだから。

__タイトル・トラックでもある「Apricot Princess」は、何をテーマに書かれた曲なのでしょうか。また、この曲はアルバムの中では、どのような位置付けになるのでしょうか。

ストリングスでアルバムをスタートさせて、途中からその逆でアップビートなヴァイブになるような作品を作りたかったんだ。ダンサブルな曲。この曲だけでなく、アルバム全体のテーマは、多分自分の意識やフィーリングが広がったものだと思う。このイントロはそういうトラックだと思うし、アルバムの全てのトラックがそんな感じだね。

この曲の位置付けは、皆にこのアルバムがどういうものかを最初に説明しているトラック。歌詞で、自分が何を感じてどういうことについて歌おうとしているかが提示されている。その感情は曲それぞれでもちろん違うけど、ある意味、このトラックはそれを要約していると思うんだ。アップビートな2曲目へ移るウォームアップでもある。その正解に引き込んで行くのがこのトラックかな。たぶんだけど(笑)。考えたことなかったからわからないけどね。

__アルバム『Apricot Princess』では、すべての楽器を演奏しているとのことですが、あなたにとって、そのような制作手段、制作プロセスの利点はどのようなところにありましたか。

ベースとストリング以外は自分で演奏したんだ。ベースは親友のジョーが演奏してくれて、ストリングスはセッション・プレイヤーに演奏してもらったよ。

__なぜその2つは自分でやらないことにしたのですか?

俺が最高のベーシストだと思っているミュージシャンが二人いて、二人とも友達なんだけど、そのうちの一人がジョーなんだ。彼の素晴らしさはわかっているし、彼も俺の意見に対して賛同してくれたから、彼に頼むことにした。ストリングスは、たまにやっぱりそれ専門の人が演奏すべきものっていうのがあると思うんだけど、俺はストリングスを習ったこともないし、あまりストリングスがプレイできるミュージシャンも知らないし、ちゃんとした人にお願いすることにしたんだ。

__将来、自分でストリングスを試してみたいとは思いますか?

もしかしたらね。すごく大変だろうけど、挑戦してはみたいかも。

__そのような制作手段、プロセスの利点について教えてください。

やっぱり自分が作りたいと思うものを思い通りに作れることじゃないかな。求めてる音がならせるまで好きなだけ時間をかけれるし、他のミュージシャンが彼らが持っている何かをもたらすことが出来るのも分かっているけど、ラッキーなことに、俺はそれぞれの楽器に対して自分が持っている能力に満足出来ているんだ。

__これから試してみたい楽器はありますか?

弾けるかはわからないけど、トロンボーンはずっと試してみたいと思ってるんだよね。いつか、もし時間が出来たら挑戦してみたいけど。実現するかは置いておいて、トロンボーンは俺のお気に入りのサウンドなんだ。

__楽曲制作において、あなたの特徴のひとつでもあるロー・ファイなサウンドのアレンジを採用している理由を教えてください。

ちょっとノスタルジックな感じが生まれると思うし、それによって人々が繋がりを感じやすくなると思うんだよね。シンプルでパーフェクトすぎないというか。クリーンすぎると逆に距離を感じたりする時もある。自分一人で満足いく音を作れる一番簡単な方法でもあるしね。4人くらいいたら、クリーンで超ビッグなポップ・レコードも簡単に作れるのかもしれないけど。

__あなたの作品において、ロンドンという都市からの影響はありますか。例えば、LAなどの音楽との違いはどのようなところでしょうか。

ロンドンが特別自分の音楽に影響しているとは俺自身は思わない。今はロンドンに住んでいるし、ロンドンに通ってもいたけど、やっぱり自分が影響を受けているのは自分がこれまでに聴いてきた全ての音楽だからね。

__今月から北米ツアーがスタートし、日本にも「SUMMER SONIC 2018」への出演が発表されていますが、ライブではどのような点にフォーカスしてパファーマンスを行っていますか。

歌詞を忘れないこととピアノを間違えないこと。でも、メインのフォーカスは、その場を楽しむこと。オーディエンスに楽しい時間を提供して、自分自身も楽しむことが一番だと思う。サマーソニックはすごく楽しみ。良いショーになると思うよ。

__ありがとうございました。

こちらこそ、ありがとう。

Rex Orange County『Apricot Princess』
Label: Beat Records
国内盤CD  ¥2,000 (+ tax)
解説・歌詞対訳冊子封入
Release date: 2018/7/20(Fri)

カラーヴァイナル ¥ 2,200 (+tax)
Release date: 2018/7/27(Fri)

01. Apricot Princess
02. Television / so Far so Good
03. Nothing (feat. Marco McKinnis)
04. Sycamore Girl05. Untitled
06. 4 Seasons
07. Waiting Room
08. Rain Man
09. Never Enough
10. Happiness

Information: Beatink

SUMMER SONIC 2018
大阪 8/18(土)、東京 8/19(日)
タイムテーブルはこちら: http://www.summersonic.com/2018/timetable/
SUMMER SONIC 2018

参考文献:
マーク・フィッシャー『資本主義リアリズム』セバスチャン・ブロイ、河南瑠莉訳(堀之内出版, 2018)

質問作成・文: T_L
質問・通訳: 原口美穂 (Miho Haraguchi)