ARTIST:

James Blake

TITLE:
The Colour in Anything
RELEASE DATE:
2016.06.24
LABEL:
Universal Music
FIND IT AT:
Amazon
REVIEWSJuly/19/2016

[Review]James Blake | The Colour in Anything

 本作で、James Blakeは、理屈などを一切省き、どうしようもない感情をそのまま吐露している。キリキリと胸が締め付けられるような音と共に、延々と誰かに問いかける他者への懇願からこのアルバムは始まる。詳細は語らず、ひたすら一節を繰り返し、訴え続ける曲たちが収録されている。彼のその声は一定のリズムで、時に不均等に鳴る音、聴く者を引きずり込むドロドロとした音、密度の低いエコーがかった音等と共に、焦点が合わないまま宙に消えていく。

 James Blakeは、エレクトロニックプロデューサー/シンガーソングライターであり、Harmonimixという名義でも活動している。そのふたつの顔を持ち合わせた彼の最新作では、詩的な歌詞を歌うバックグラウンドに、美しいピアノ音と必死に何かと噛み合わせようとするような電子音が鳴り響く。先に述べたように、曲中で何度も同じフレーズを繰り返し歌う彼は、答えの出ない複雑に絡み合った感情を無理やり言葉にねじ込むことはせず、終着点を設けないまま、胸中をそのまま素直に吐き出し、表現しているように見える。彼が感じ取る悲哀や繊細さが、各々の楽曲にその代償行為として深く刻み込まれている。

 個別の楽曲に焦点を合わせよう。Bon IverのJustin Vernonが参加した「I Need A Forest Fire」は、アルバムを象徴する楽曲のひとつである。追憶を想起させるイントロダクションから、”Another shade, another shadow”のフレーズが残像のように後方で繰り返され、Justin VernonとJames Blakeが、”I need a forest fire”と歌う。全編に渡り、幽玄さ、美しさを強く希求したような旋律と詩の修辞が配置されている。

 「F.O.R.E.V.E.R.」、及び、表題曲の「The Colour in Anything」は、歌とピアノの伴奏で構成されている。質朴が故に際立つそれら彼の特異なトラックメイキングを封じた編曲、表現法は、過去に、Joni Mitchellのカヴァー「A  Case Of You」などでも見ることができる。他にも、先行公開された「Modern Soul」、冒頭の「Radio Silence」、Frank Oceanとの共作「My Willing Heart」と、正に本作のイラストによるジャケット・アートワークが付与するような、孤独、静寂、虚像といった暗喩、イメージの世界へと辿り着くような楽曲が並ぶ。

 「私」は、その鏡像を認めることで他者の存在を知るという(1)。「私」は常に他者の下僕である。他者の欲望の対象となることで、「私」はその存在を確かめ、安堵する。感情は、常に他者によって引き起こされ、他者の「私」への拒絶に恐怖する。ときにその感情は行き場を失うが、遥か昔から繰り返される問いとして、しばしばテクスト(作品)として現れる。

 James Blakeのテクストの本質は、「私」にある。本作で、James Blakeは、極めて優れた音楽技法によって、言葉少ないままにその感情を吐き出している。そこには、難解な理屈は見られず、ただ只管に歌う姿が在るだけである。

(1) ブルース・フィンク著、中西之信、他訳『ラカン派精神分析入門』(誠信書房、1997/2008)などを参考にした。

文・池田礼
1996年生まれ。青山学院大学総合文化政策学部在籍。電子音楽を中心に幅広い領域で音楽を楽しむ。