- REVIEWSOctober/02/2015
[Review]tofubeats | POSITIVE
「音楽の力で/今日はDANCE&DANCE」という歌い出しから始まる、tofubeatsのメジャー2ndアルバム『POSITIVE』は、計8組のゲストボーカルを招いた全13曲から成る作品集で、過去の「インディーズ時代」の名作『lost decade』、そしてメジャーデビューアルバム『First Album』よりややボリュームこそダウンしたものの、その分アルバムとしての密度は上昇し、ポップスのアルバムとして非常に完成度の高い作りになっている。表題曲「POSITIVE」は、tofubeats本人のボーカルによるデモ音源の段階で、彼のキャリアにおける何か新しい予感を感じさせる楽曲であったし、アルバムの中にも新世代のポップスを標榜するような作品が多く収録されていた。それだけではなく、小室哲哉を招き製作された「Throw your laptop on the fire」のような只者ならぬダンスチューンも盛り込まれ、そして、8分を超える大作「I Believe In You」で終局を飾るということも忘れていない。結果として『POSITIVE』は、tofubeatsの多様さと可能性を感じさせるアルバムとなったことは言うまでもない。
ここまで書いたところで一度止める。今まで幾度もインタビューを行い、それだけではなく、音楽の素晴らしい大先輩でもあった彼のアルバムを今回批評することについて、僕は今になって、ちょっとした不思議な感覚を覚えている。「The Sign Magazine」に寄稿した『First Album』のレビューでは、僕の音楽名義Miiiとしての私情も交え、彼の作品だけではなく、その彼のバックグラウンドに眠る「ネットレーベル」という世界の可能性について、「駈込み訴え」という言葉を表題に拝借し書き綴った。その可能性の提示として一つの形となったのが、SWITCH PUBLISHINGの協力の元、制作・出版された『MaltineBook』であったし、発売以降もその可能性は衰えることがなく、それどころか、新しい動きが絶えることなく行われ続けている。
〈Maltine Records〉が立ち上がり10年。色々な動きがあり、国内外問わず様々な人間が共鳴し、音楽は鳴り止むことが無かった。tofubeatsは、そんなシーンの行く先を提示する指標であるように感じられるほど、着実に歩を進めているように見える。当然、彼だけじゃなく、色々なアーティストが発見・発掘され、数年前には予想がつかないほどに表舞台に躍り出ている。先日お台場で開催された「ULTRA JAPAN」も、思い返せば本当に大量の「友達」や「知り合い」が関わっていて、この大規模なフェスの未来に、明るい何かを感じたことは少しも否定はしない。たしかにこのシーンは、今までの10年間を経て、少しでも「ポジティブ」な方向に進むことが出来たのだと、心からそう思う。
こういった音楽と、それにまつわるシーンは確かに前向きになりつつある。しかし、その中でそれらはもう一つの変革を問われているのかもしれないと感じる。それは、かつてインターネットという舞台で活躍していた若手アーティストたちは、これからは音楽そのもののポジティブさだけではなく、自分の中のポジティブな感覚と向き合わなければならない、ということについてである。
もはや、インターネットが生み出したこの日本の若手による音楽のシーン(こういう回りくどい言い方をしているが、平たく言えばネットレーベルである)は、アンダーグラウンドではなく、経済的価値をも孕んだ、一つの未来になっている、と僕は感じている。例えば、ネットレーベルが選択したインターネット配信というスタイルは、サブスクリプション型サービスという形で、ここ数年で大きな追い上げを見せている(Apple Musicのサービス開始において、看板に選ばれたアーティストのうち1人がtofubeatsその人であることは記憶に新しい)。つまり、ネットレーベルの進んできた現状が音楽業界の未来であり、そんなネットレーベルがかつて憧れ、活動していたその行く先も、また音楽業界であったのである。しかし今や、彼らはこのシーンの上で活動していく限り、音楽の資本的側面と運命共同体にならざるを得ない。
あくまでも、悲観的な見方ではないということを強調しておきたいが、10年前、〈Maltine Records〉が登場した頃のインターネットと、もはや日常におけるインフラと化した現状のインターネットが、言葉として全く同じ意味を持っていることは決して無い。僕達がもっと若かった頃、何か魅惑的で危険な香りを発していたその言葉は、今となっては整備され、文字通り「インフラ」以上の意味は持たなくなってしまったようにも感じられる。僕達が遊び場のように使っていたYouTube、Ustreamといったサービスは、当然のように広告による収益を得る方向性にシフトし、SoundCloudですら、違法にリミックスされた音源を積極的に削除するという「正しい」方向に急激に舵を切り始めている。この10年という時間で、僕たちが少しずつ成長していくように、インターネットもまた、新たなビジネスの可能性として成長していった。勿論、サービスを維持するのにサーバー費用がかかり、人件費や光熱費など様々な費用がかかるがために、サービスが収益化を強化していくというのは当然の流れである。そして、以前にもまして強固なインフラとしてインターネットとそのサービス各種が機能するようになってしまった以上、僕たちがかつて中学生の時に2ちゃんねるを眺めていたように、Twitterを利用するわけにはいかないのである。
かつて僕は、インターネットと現実とで人格を切り離して考えていたし(どちらが本当の人格だと思っていたのかと問われても、言うまでもない答えしか返せないが)、それが現実とリンクする「オフ会」の日の朝には、期待と不安がないまぜになったような大きな興奮を感じていた。今では、インターネットと現実というのは常にどこかでリンクしているものであるように僕自身感じていて、Twitterの発言について現実で出会った人に尋ねたり、気を使ったりするというのはかなり当然の事になった。この感覚自体に関しては、僕の成長と環境の変化に拠った至極主観的な意見ではあるけれど。
インターネットの中の「人格」たちがネットレーベルを動かしていたその時代、思い描いていた夢が「音楽」であるならば、今この現実こそが夢そのものである。つまり、思えば当然のことであるが、インターネットが現実とリンクしてしまったように、「ネットレーベルの夢」もまた現実となってしまったことに僕たちは向き合わなければならない。それは資本社会であり、ビジネスの可能性であるのであって、今までインターネットに見ていたかつての「ロマン」、「アウトサイダー」の勢いは縮小する。さらにはそれ自体が資本的な手段を打ち、対策を講じない限り、逆説的に夢は失われてしまう。しかし、多くの人に発信することで資本的価値があるという判断さえ見失わなければ、この世界は可能性に満ち溢れている、とも言える。そうして、様々な若手アーティストがいろいろな形でセルフブランディングに明け暮れ、Twitter、SoundCloud、Facebookがひっきりなしに更新され続けるのが今のインターネットにおける音楽の世界だ。
とはいえ、勿論音楽というフィールドにおいては今までも資本的価値は問われ続けていたわけであって、それ自体は当然なことに決まっているではないか、と問われれば、間違いなくその通りだ、と僕は答える。ここにおいて、インターネットというシーンは、いつの間にか現実というフェーズに立っていた、というだけの事なのだ。彼らにとって音楽が「仕事」となる段階が来たのであって、そんな彼らはビジネスマンなのであって、ビジネスマンが持つべき指標の一つが「ポジティブであること」なのだ。
そんな時代を乗り越えて鳴り響く『POSITIVE』に流れる空気はとても強力だ。それだけではなく、様々なアーティストに支えられることで、その音楽はより強固になり、より大きな説得力を持つ。楽曲たちの伝えるメッセージは、時には切なく響きながらも、カラッとしたポジティブさに支えられている。本当の事をラップしたとtofubeats本人が語る「Too Many Girls feat.KREVA」では今までの彼らしい姿を自虐的におどけて披露するが、一方「別の人間 feat.中納良恵」では、彼が時々歌に込める「孤独」というテーマが、これまでにないほど鋭く描かれている。しかも、それだけではなく、それ自体を受け容れ、肯定し、前に進むという姿勢そのものが、この楽曲の強さであって、同時にアルバム全体を包み込む背景でもある。最後に流れる「I Believe In You」の上でずっと繰り返され続ける主題が、まるでtofubeatsによる「意志」の現れのようにも感じられる。
そもそも『POSITIVE』というアルバムタイトルの由来は、tofubeatsのちょっとした小噺に過ぎないが、その言葉に突き動かされ作られたこのアルバムには、通り一遍ではない大きな意味が込められているようにも感じる。今までを受け容れ、そこから前に進む姿勢というのは、恐らく今まで以上に重要になってくるだろう。デジタルフォーマットの台頭、産業の縮小、CDを買わない世代の登場……そんな最中にいる2015年においては、10年前という見方に囚われすぎていては、そのまま全てをひっくり返されてしまうかもしれない。これまで以上に混沌とした風景が広がるであろうこの先の時代において、前を向いて進み続けるには、ここから求められる様々な社会的要求に「踊らされる」ことではなく「自ら踊る」ことが重要になってくる。そしてきっと、そんな時代の中で鳴り響く音楽は、今まで以上の価値を持って皆に届けられることだろう。「音楽の力」が、10年後の未来においても信じ続けられていることを祈って。
1992年生まれ。UNCANNY編集部員。ネットレーベル中心のカルチャーの中で育ち、自身でも楽曲制作/DJ活動を行なっている。青山学院大学総合文化政策学部在籍。