INTERVIEWSDecember/24/2021

[Interview]NTsKi - “Orca”

 日本の〈EM Records〉とアメリカの〈Orange Milk〉より、ファーストアルバム『Orca』をリリースした、京都を拠点に活動するアーティスト、NTsKi(エヌ・ティー・エス・ケー・アイ)。自身が「ほとんどの曲に共通して『夢』をヒントに歌詞を書くことが多い」と述べるように、彼女の作品には、意識と無意識、現実と虚構のあいだを行き来するような、文字通り、夢のような浮遊感や幻想的な世界が美しくも独創的に描き出されている。

 アルバムには、2016年に発表された「H S K」をはじめ、2018年の「Labyrinth of Summer」、2019年の「1992」など、全9曲とボーナストラックとなるリミックスを収録。また、NTsKiはこれまで、ほかにもアルバム未収録となった「Heaven」や「Father」、「Fig」など、数年をかけて、極めて高いクオリティのシングルを発表し続けている。

 先月には、初のロンドン公演を行い、今月24日に、〈EM Records〉から、Takaoによるリミックス「On Divination in Sleep feat. Dove (Takao Remix)」の7インチ・シングルをリリースする彼女に、アルバム『Orca』を中心に、その詳細を話してもらった。

 

__11月26日には、ロンドンでの初公演が開催されましたが、いかがでしたか。

マンチェスター出身のAldous RH、CURRENTMOODGIRLにゲスト出演してもらったのですが、彼らは私がイギリスに住んでいたときからの友人で、ライブを一緒にするということ自体本当に嬉しくて、ステージの上から二人の顔が見えたときは言葉に出来ないような気持ちになりました。ライブの後もたくさんの方が話しかけてくれて、ライブの感想をダイレクトに聞くことが出来たのも良かったです。

__さまざまなインタビューやプレスリリースによれば、マンチェスターを拠点に活動していた時期があったとのことですが、当時、マンチェスターを選んだ理由について聞かせてください。また、そのような言葉や文化の異なる、海外での活動からはどのようなものを得られたと思いますか。

初めてマンチェスターに訪れたのは旅行だったのですが、そのときにたまたま遊びにいったパーティーでさまざまな人と出会い、彼らのことをもっと知りたいし、同じ時間を過ごしてみたいと思ったので、その後改めてマンチェスターに戻ることにしました。

マンチェスターを拠点に活動といっても、当時は音楽を作り始めたばかりで、NTsKi名義でのライブはしていないのですが、Aldous RHのバックバンドに入ったり等の活動はしていました。たくさんのライブを見たり、パーティーに行ったりした当時の経験が、今の音楽活動のバックボーンになっているのかなと思っています。

__今年リリースされたファーストアルバム『Orca』には、2016年に発表された「H S K」が収録されています。「H S K」は、“Häagen-Dazs(ハーゲンダッツ)、Strawberry(ストロベリー)、炬燵(コタツ)”というリリックが反復される、不思議なユーモアや幻想的な雰囲気を纏った、初期の代表作とも言える作品だと思います。この曲を完成させるまでどのような経緯があったのか、その制作背景について教えてください。

コタツの中でハーゲンダッツ・ストロベリー味を食べているときにメロディーが浮かび、そこから曲を作り始めました。仮歌を録音するときに“Häagen-Dazs(ハーゲンダッツ)、Strawberry(ストロベリー)、炬燵(コタツ)”と仮で歌ったのですが、後から他の言葉を入れてみようと考えてみたりもしたのですが、この言葉以外にしっくりくる言葉が見つかりませんでした。ミックス、マスタリングは共同製作者のYem Gelが行いました。

歌詞に出てくる“私の側で焼かれた帆立”は、当時ベジタリアンだった私の側で帆立が焼れるシチュエーションがあった際に、私は申し訳なく感じ「食べれません」と言い出すことができず、その状況から、例えば自分が人魚だったら何も伝えることができずに目の前で起きるさまざまなことをただ見ていたりするのかな、と空想したことを歌詞にしました。

“Häagen-Dazs(ハーゲンダッツ)、Strawberry(ストロベリー)、炬燵(コタツ)”と側から見ると支離滅裂な言葉を並べること自体が、ヴェイパーウェイヴのGoogle翻訳っぽい日本語を並べるニュアンスと近いかなというのも、この言葉を選んだ理由のひとつです。またHäagen-Dazs(ハーゲンダッツ)はアメリカの会社が「北欧っぽい感じ」を出そうとネーミングしたらしいので、それも含めて「フェイク感」がちょうどいいかなと。

__また、「H S K」は、ミュージックビデオが公開されており、あなたが監督としてクレジットされています。映像で表現される、人魚、海、水中、岩などのモチーフ、また、5年以上経過した今もほとんど色褪せない映像そのものの質感含め、この映像の意図、またどのような工夫を加えようとしたのかなど、聞かせてください。

潜在意識と顕在意識の境目が分からなくなることについて考えたときに、例えば楽曲をDAW上で作っているときは「意識」をして作っているのに対し、メロディが浮かぶ瞬間は「無意識」のときに浮かぶことが多いので、例えばそれはコタツでうとうとしているときだったり、泳いでいるときだったりするのですが、白昼夢のような自分の想像と現実が混ざり合い、自分の夢なのか誰かの夢なのかわからなくなることを表現しようというのがメインテーマとしてありました。

人魚のイメージは作詞の際の空想からきていて、他にも、私は小さい頃からよく海に行っていて、海底に潜ったあと体を翻して、自分の吐いた息が泡になり太陽に向かってキラキラと輝きながら上がっていくのを見るのが特に好きだったので、そういったイメージも反映されているかと思います。海の中は静かで自分の泡の音しか聞こえないけれど、現実の私はコタツの中で眠りに落ちてしまう。コタツの布団を足に纏って人魚になったつもりなのか、それともここが人魚の見る夢の中なのか? と現実と想像が入り混じることについて、がテーマとなっています。

__同じく『Orca』には、80年代に発表されている、細野晴臣がプロデュースを手がけたコシミハルの「Parallélisme」のカヴァーが収録されています。この楽曲の魅力はどのようなところにあると思いますか。また、このカヴァーを制作、収録する際に、どのような作品に仕上げようと考えたのでしょうか。

「Parallélisme」の魅力をこれと説明するのは難しいですが、美しいファルセットがシンセの音と混ざり合うのを聴いていると、耳が気持ち良く、越美晴のヴォーカルの魅力がこの曲には詰まっていると感じます。この曲をカヴァーした時期と「H S K」を制作した時期は同じで、マンチェスター在住時に作ったのですが、共同制作者のYem Gelと私が共通して細野晴臣と越美晴を大好きだったので、カヴァーしてみようと二人で制作しました。

リリース前提で制作していたなら、アレンジを変えたり等していたのかもしれませんが、この時点ではリリースすることなどは全く考えておらず、ただひたすら“自分たちが楽しむために突き詰めたカヴァー”として完成しました。ちなみにカヴァーするときに困難だったのはコーラス部分で、おそらくフランス語で歌われているのですが、歌詞カードにはフランス語の箇所は記載されておらず、フランス人の友人やフランス語ネイティヴの日本人の友人に曲を聴いてもらい、耳コピして歌いました。

__「1992」は、2019年に7インチでもリリースされています。この曲は、ミュージックビデオも公開されていますが、プレスリリースでは、リリックにもある「時間旅行」をテーマに描かれたとの解説がありました。この曲中で表現される時間の概念とは、あなたにとってどのような意味を持つものなのでしょうか。

亡くなった後何十年も手つかずのままの男性の部屋に入ったことがあるのですが、彼はペインターだったのでイーゼルに立て掛けられた未完成の絵の周りには絵の具や筆が散らばっていて、床には彼の髪の毛なんかも落ちていたりして、油絵の匂いの立ち込める部屋に立っていると、今にもその男性が絵の続きを描きに部屋に戻ってくるのではないのかと、想像の世界ではなく本当にそんな気がしたことがあります。

また、交差点を渡り終わった後すぐに車が猛スピードで横断歩道を駆け抜けていくのを目にしたときに、私の身体は、1秒前はその横断歩道に立っていたということ、つまり1秒前の私の身体がまだそこにある場合、私の身体は車と衝突していただろう、ということを考えたりします。

その「1秒前」のことや、今にも男性が部屋に戻ってくる気がする、そういったことを考えるということが、「時間旅行」の概念に繋がっている気がします。「時間旅行(タイムトリップ)」が現実には不可能だったとしても、時間が干渉されない四次元の世界を考えることは出来ると思うので。

MVの中では1969年にジョン・レノンとオノ・ヨーコによって行われたパフォーマンス「ベッド・イン(Bed In)」をオマージュした表現を行ったのですが、そこには私たちはイマジナリーの中でならどこにだっていくことができるし、誰にだってなれるのだという意味が込められています。空想することは意味のないことのように感じられるかもしれませんが、誰かが死んでしまったときに「心の中に有り続ける」とよく言われるように、もう会えなくなってしまった大切な人にも会える願いでもあるのだと思います。けれど、歌詞の最後では「時間旅行」について言及した後に“もう戻れないよ”と否定しています。過ぎてしまった時間はどんなに願っても戻ってくることはないということは変わらない事実だからです。

__アルバムからのファースト・シングル「Kung-Fu」は、プレスリリースでは、「生命、大地、水をイメージして制作された」とありますが、その制作背景について教えてください。

この曲は楽曲制作を始めた初期の頃に出来た曲で、『Orca』収録のために新たにYem Gelにミックスしてもらいました。最初にメロディが浮かびビートを入れるときに、中国の太鼓や銅鑼を使ったので、自然な流れで中国語で歌詞を書くことにしました。「生命、大地、水」をテーマに “少年、少女、你好 娘、山丘、土丘、天国、水”と歌っています。

また、アルバム『Orca』1曲目収録の同タイトルの楽曲「Orca」は2017年にライブ活動開始したときから歌い続けている曲で、ループペダルを使いコーラスを重ねていく構成になっているのですが、曲が展開していく中で途中から歌詞を乗せたりビートを入れたりしていて、その歌唱部分とビートを抜いた部分が「Kung-Fu」になります。1曲目「Orca」、2曲目「Kung-Fu」と別の曲になっていますが、元々は二つ合わせて5分くらいの曲でした。本アルバムタイトルでありトラックタイトルでもある『Orca』(訳:シャチ)とあるように、「Kung-Fu」の中にはサンプリングされたシャチの声も入っています。実は近々ミュージックビデオも公開予定なので楽しみにしていてください。

__同じく、セカンド・シングル「On Divination in Sleep feat. Dove」は、ミュージックビデオが制作され、プレスリリースでは、「電車の中で眠ってしまった少年が見ている夢を覗いているかのようなストーリー」といった解説がありましたが、このように、夢という精神世界を描こうと思ったのはなぜですか。

上で何曲か解説したのを読んでいただくとわかるかと思いますが、「On Divination in Sleep feat. Dove」に限らず、ほとんどの曲に共通して「夢」をヒントに歌詞を書くことが多いです。こうして解説させていただく場があれば、夢について書いていると説明できるのですが、ほとんどの場合は説明や文脈なしで聴いてもらうことになると思うので、今回はわかりやすく夢についての楽曲であるとタイトルで、また映像でも表現することにしました。「H S K」「1992」と同じく、「On Divination in Sleep feat. Dove」の中に出てくる少年は自分自身かもしれないし、また少年の見ている夢かもしれない、そしてもしも少年が自分自身であるのならば、それはあなたの夢の中かもしれないということをテーマに曲を書いています。

__また、〈EM Records〉から、「On Divination in Sleep feat. Dove (Takao Remix)」の7インチ・シングルがリリースされますが、リミックスを依頼した経緯について教えてください。また、リミックス後の音源に、どのような印象を持ちましたか。

〈EM Records〉と〈Orange Milk〉のダブルネームでリリースすることが決まった際に、〈EM Records〉版と〈Orange Milk〉版で、それぞれマスタリングを別のものにするなど、何か違いが出せるといいなと思っていたのですが、最終的に〈EM Records〉からリリースのCDにはTakaoさん、〈Orange Milk〉からリリースのヴァイナルとカセットにはGiant Clawのリミックスを収録することになりました。リミックス音源を頂いたときにDove、Le Makeupといたので一緒に車の中で聴いたのですが、「良すぎる!」と言い合いながら、繰り返し聴きました。ガラッと原曲から変えてしまうリミックスもそれはそれで良さがありますが、元のギターの音を使用していたりなど、原曲の良さもしっかりと残しながら、Takaoさんらしい、とてもとても優しいリミックスに仕上げてくださいました。

 __プレスリリースでは、『Orca』のアルバムタイトル“Orca(シャチ)”について次のようなコメントが発表されています。

“恐ろしいと感じ抱く畏怖の念はまた、想像や体験を超越した素晴らしい何かに出会ったときに感じる心情でもある。人の手が加わっていない大自然の美しさや夢のような景色を前に畏敬の念に打たれる。その感動の前では日常の焦りからも解放される。無限に広がる大地を、また大きな身体を持つシャチを前にして、時間は無限にあるのだと感じてしまう。”

このコメントは、アルバム全体のテーマにつながるものとも推測できますが、アーティストとして の“NTsKi”として、一貫するコンセプトでもあるのでしょうか。また、ときに、都市生活において、「人の手が加わっていない大自然の美しさや夢のような景色」から「畏怖の念」を抱く機会は、極めて難しい状況になっているように思います。人間にとってそうした「畏怖の念」を抱く意味についてどのように考えているか、聞かせてください。

「畏怖の念」を抱く意味についてですが、“大自然の美しさや夢のような景色を前に畏敬の念に打たれたとき、日常の焦りからも解放される”というのは、人間の元からある姿を思い出すようで、もしくはその大きさから自分の存在自体の小ささを自覚し、現代の社会で自分がおかれている状況を俯瞰できる、つまり自分を遠くから見つめることで、現代で混乱している自分や、なにが自分にとってストレスなのかがわかる、本当の自分の感覚に出会えるという可能性があるのではないかと思います。

海辺で育った私にとって一番近くにある自然は「海」です。海はいつもそこにあり、美しく人々を惹きつけますが、日の光すら届かない海底や未知の生き物が存在しているのを想像すると恐ろしくもありますし、私たちは水中では呼吸をすることすら出来ません。

たしかに都市生活において、「畏怖の念」を抱く機会は難しく、また地方都市においても開拓が進んでおり全く「人の手が加わっていない場所」というのは存在しないかもしれません。今回アルバムのモチーフとして「青空」を多用したことにも繋がりますが、都市に住む私たちに唯一残された広大な自然は青空なのではないかと思っています。

__今作のアートワークは、ボーナストラックのリミキサーでもある、〈Orange Milk〉のGiant ClawことKeith Rankinによるものですが、このアートワークのテーマについて聞かせてください。例えば、自身が対に向き合っている構図には何か意図があるのでしょうか。

太陽光の下で目を瞑るとオレンジ色が見える、ということからオレンジ色のイメージを用いて、中国のアーティストmaseiyuのドレスを使わせていただいて、オリジナル・イメージとなる写真を撮影しました。よくCGだと勘違いされるのですが、写真を元にKeith Rankinが手描きで描いてくれた絵がアートワークとなっています。自分自身が対に向き合っているというのは、鏡であるということがベースのイメージとしてありました。

2021年に馬喰町のギャラリーPARCELで開催されたグループ展『4面鏡 / Quad Mirror (By myself, For myself, to myself & ourselves)』に参加した際に、今回のアートワークのオリジナル・イメージである写真を元にした作品を展示したのですが、作品のコンセプトは「存在と不在」「実在と虚像」など、実態が存在しないけれども、目に見えることをテーマとして制作しました。レンチキュラー印刷の作品においては、2人のNTsKiが1つの画面に存在しながらも、イメージシフトの効果によって「同時に2人が鮮明に共存すること」がありません。それは、自分が異なる存在に変化していくことへの願望であり、その動機は「あなたはこういう人物である」というカテゴライズや偏見に対する抵抗です。NTsKiとしての活動を通して、変身を繰り返し自らを虚像化することには、観客や他者との新しい対話を試みるという意図があったりもします。

__最後に、直近あるいは、数年後など、今後の活動予定について教えてください。

来年、1月8日(土)にWWWで『Orca』のリリースパーティーを開催予定です。先立って京都メトロで開催されたリリースパーティーでの、特別編成 “NTsKi + Dove +Le Makeup + Yosuke Shimonaka (DYGL)” としてのライブは演奏していてもとても気持ち良く、アルバムを聴いていただいた方はぜひ、ライブで『Orca』を体験して欲しいです。今後の活動予定については、新型コロナウイルスの状況にもよりますが、2022年は海外でライブが出来たらと思っています。

Photo by Chan-yang Kim

Orca:
1. Orca
2. On Divination in Sleep feat. Dove
3. Kung-Fu
4. H S K
5. Plate Song
6. 1992
7. Parallélisme
8. Lán sè
9. Labyrinth of Summer (Album Version) 
10. On Divination in Sleep feat. Dove (Giant Claw Remix)*
11. On Divination in Sleep feat. Dove (Takao Remix)*

*CDには「On Divination in Sleep feat. Dove (Takao Remix)」、LP/カセットには「On Divination in Sleep feat. Dove (Giant Claw Remix)」がそれぞれのボーナストラックとして収録。

On Divination in Sleep feat. Dove (Takao Remix) c/w Remix Instrumental (by Takao):
Side A: On Divination in Sleep feat. Dove (Takao Remix)
Side B: Remix Instrumental (by Takao)

EM Records / EM1200 
7”シングルレコード(カラー盤(銀色)/半透明インナースリーブ封入/外装は半透明三つ折りスリーブ/歌詞掲載)

NTsKi 『ORCA』RELEASE PARTY
日時:2022年1月8日(土)
会場:WWW
時間:OPEN16:00 / START 17:00
料金:ADV.¥3,500 / DOOR.¥4,000 (税込 / ドリンク代別 / オールスタンディング)
※9月25日(土)「NTsKi 『ORCA』RELEASE PARTY」のチケットは有効となりますので、振替公演当日にご持参ください。
[Special Live] NTsKi + Dove +Le Makeup + Yosuke Shimonaka (DYGL)
[Live] Dove / Le Makeup / 食品まつりa.k.a foodman
[DJ] Takao
[VJ] Hana (tamanaramen)
チケット一般発売日:10月23日(土) 10:00
公演詳細:https://www-shibuya.jp/schedule/013804.php

 

インタビュー・文:栗原玲乃, 木原昌太郎, 中川紫乃, 星明歩(UNCANNY, 青山学院大学総合文化政策学部)
編集:東海林修(UNCANNY)