EVENT REPORTSMay/28/2019

[Event Report]RED BULL MUSIC FESTIVAL TOKYO 2019 “花紅柳緑@浜離宮恩賜庭園”

Photo by Yasuharu Sasaki / Red Bull Music Festival Tokyo 2019


 2019年4月8日からおよそ2週間にわたって開催された都市型音楽フェスティバル「RED BULL MUSIC FESTIVAL TOKYO 2019」。そのフェスティバルを締めくくるフィナーレとして行われた、「花紅柳緑@浜離宮恩賜庭園」。春の美しい景色の形容、また、色とりどりの華やかな装いを表す言葉である「花紅柳緑」が表すように、本イベントは春を迎えた東京の日本庭園にて開催された。

 会場となった浜離宮恩賜庭園は、潮入の池と2つの鴨場をもつ江戸時代の代表的な大名庭園であり、通常は夜間に立ち入ることはできない。そんな場所に足を踏み入れ、庭園を回遊しながら聴こえる音の遠ざかりや近寄りは、まさに特別な体験を演出する。

 来場者は大手門橋のエントランスを通り、小さな提燈たちに導かれてザクザクと音を立てながら砂利の小道を進んでいく。向かう先はそれぞれ「鷹の御茶屋前」「中島の御茶屋」「富士見山下」の3つに分けられたステージだ。潮入の池を囲むように円状に配置されたこれらのステージで、6組のアーティストたちが、精緻に構築されたアンビエント・ミュージックを高層ビル群に囲まれた都会の緑陰に響かせた。

[Nami Sato + Loradeniz]

Photo by Suguru Saito / Red Bull Music Festival Tokyo 2019


 桃色の光に染め上げられた「鷹の御茶屋」前では、 Nami SatoとLoradenizの二人による演奏が披露された。仙台を拠点に、写真学科に在籍していた大学時代から本格的に作曲活動を開始したというNami Satoと、オランダのアムステルダムを拠点に、サウンドデザインの修士号を持つ音楽家、Loradeniz。異なる背景を持つ二人のミュージシャンは互いの共通項であるシンセサイザーとヴォーカルから一つのアンビエント・ミュージックをつくりあげていく。両者が奏でる機械音に沿って反復を繰り返す二人の歌声は、まるで一人の人物が歌っているかのように周囲に溶け込み、その声もまた楽器の一つとして演奏しているかような印象を受けた。機械が発する音と人間自身が発する音の共存は、まるで異国のチャペルで聖歌に耳を傾けているような安堵感と高揚感を観客に与え、同イベントの幕開けを神秘的なムードで飾った。

[HAIOKA]

Photo by Yasuharu Sasaki / Red Bull Music Festival Tokyo 2019


 「中島の御茶屋」では、Red Bull Music Academy 2014 Tokyo卒業生のHAIOKAが和の音色を奏でている。エレクトロニックでありながら、伝統的な浮世絵から発想を得たり、楽曲に雅楽を用いたりと、日本的なアプローチを行っているHAIOKAの音楽は、靴を脱ぎ畳の上に座って鑑賞する人々と一体となって独特の空間を作っていく。目の前で紡がれる箏の音色に耳を傾ける者、優しいが芯のあるビートに合わせて頭を揺らす者。沖縄・辺野古と大浦湾の自然と米軍基地移設問題を扱ったドキュメンタリー映画『ZAN ~ジュゴンが姿を見せるとき~』のサウンドトラックとしてHAIOKAが制作したアルバム『ZAN Original Soundtrack』から、透き通った女性ヴォーカルが印象的な楽曲も演奏され、時折会場に吹く風が運んでくる池の潮の香りと相まって美しく壮大な自然の情景を想像させる。

[YOSHI HORIKAWA]

Photo by Yusuke Kashiwazaki / Red Bull Music Festival Tokyo 2019


 潮入の池を超えた「富士見山下」でプレイを始めたのは、YOSHI HORIKAWA。2010年にフランスのレーベル〈Eklektik Lecords〉からデビューシングルとなる「Touch」をリリースし、翌2011年には、Red Bull Music Academyにも参加している。フィールドレコーディングから生まれるYOSHI HORIKAWAの楽曲は、風景と香りに溶け合い、観客をゆるやかに揺らしていた。波が砂浜をなでる音、何かをたたく音、鳥や虫の鳴き声、人の掛け声など非音楽の音が丁寧に組み上げられ、観客はその豊かな音に浸っていく。徐々に無機質ではっきりとしたビートが重なると、その音は背景に溶け込んでいき、芝生や杉の香り、肌に吹く塩気のある風、オブジェのように照らされた八重桜がまるでこの時のために用意されたもののようにも感じる。音楽の周りに存在する様々なものを浮かび上がらせるような印象的なセットだった。

[INOYAMALAND]

Photo by Yusuke Kashiwazaki / Red Bull Music Festival Tokyo 2019


 「どうも、INOYAMALANDです」──二人の軽い挨拶から始まったこのステージ。井上誠と山下康によるこのシンセサイザー・デュオは、1983年に〈Alfa/Yen Records〉からファーストアルバム『DANZINDAN-POJIDON』をリリースしている。国内外における日本産アンビエントの再評価の動きや、Spencer Doran(Visible Cloaks)が監修を務めたコンピレーションアルバム『Kankyō Ongaku』(2019)への参加といった状況もあり、会場では集まった観客たちの高い期待がステージに向けられていた。ライトが落とされたステージでの井上と山下の対比が面白い。演劇のような動きをして観客の視線を惹きつける山下と、淡々と演奏を続ける井上。お互いのエネルギーが静かに混じり合うように、これまで浜離宮恩賜庭園では響くはずもなかったであろう浮遊感のあるひんやりとした音は、観客にも、そして庭園そのものにも迫っていく。波を打つように盛り上がったり落ち着いたりするINOYAMALANDの演奏は、周囲に流れる空気に独特な音の色を彩っていた。

[Kate NV]

Photo by Yasuharu Sasaki / Red Bull Music Festival Tokyo 2019


 池に浮かぶ小さな島内にあるメインステージ「中島の御茶屋」のトリを飾るのは、ロシア出身の音楽家、Kate NV。30名まで収容することのできる会場には、その倍以上の観客が列を作っていた。畳に座ってステージに目を向けると、赤い光に照らされたキーボードや水の入っていないコップなどの楽器や道具類、赤い衣装に身を包んだKate NV、広々とした池、そして大きなビル群──そこには、普段のライブでは体感することのない、正に非日常的な空間が広がっていた。池からの冷たい風が吹く中、彼女のパフォーマンスがスタートする。昨年〈RVNG Intl.〉よりリリースされた2作目のアルバム『для FOR』より「дуб OAK」など数曲を織り交ぜつつ、色とりどりの音色を即興的にマイクで拾い反復させることで、アンビエントを基調としたエクスペリメンタルな音楽を奏でる。しかし、それを構成する楽器は決して非日常的なものだけでない。先述したコップをはじめ、トライアングルや横笛など、誰もが一度は触れたことのあるような楽器を用いた演奏は、アンビエント・ミュージックが自身の生活に近い存在であることを観客たちに示しているようにも見えた。日常のサウンドを再構築するという、アンビエント・ミュージックの本質を軽やかに表現してみせた彼女のライブパフォーマンスで本イベントは幕を閉じた。

Photo by Yasuharu Sasaki / Red Bull Music Festival Tokyo 2019


Link: RED BULL MUSIC FESTIVAL TOKYO 2019

取材・文: 加来愛美, 杉田聖司, 杉田流司(青山学院大学総合文化政策学部, UNCANNY)