- INTERVIEWSFebruary/28/2018
[Interview]Miii − “Plateau”
スーザン・ソンタグは、『反解釈』の中で、「芸術についてのあらゆる解説と議論は、芸術作品を−そしてひろげて言えば、われわれ自身の経験を−われわれにとってもっと実在感のあるものとすることを目ざすべきである」と述べている。
Miiiは、東京出身、現在も東京を拠点とし活動するプロデューサー/DJ。その活動歴は長く、〈Maltine Records〉においては、dust.c名義で、2006年にカタログナンバー009となる『trash』をリリースしている。2014年には、〈MURDER CHANNEL〉より、初のCD作品となるミニアルバム『Textural Nightmare』をリリース。LASTorderとのユニット、The Wedding Mistakesとしても、アルバム『Virgin Road』をリリースするなど、オリジナル、リミックスを含め、これまで多くの作品を発表している。
本作『Plateau』は、Miiiのソロ名義におけるファースト・アルバムとなる。都市の郊外を切り取ったモノクロの写真をジャケットとして付した本作には、全8曲が収録。それらの楽曲は、10分、15分を超えるものもあるなど、そもそもが経験として解釈するのも困難な奇作とも言える。以下のインタビューでは、本作を私たちが(ソンタグの言う)透明に捉え、議論するために必要な、いくつかの手がかりを語ってくれている。
__はじめに、今作『Plateau』の制作期間と制作プロセスについて教えてください。
最初に曲を作り出したのが2016年の秋くらいからなので、期間はそんなに長くなくて。アルバムの最後の曲が一番遅くて、それでも作り始めてから半年も経ってないんです。2017年の2月までには全部終えていたと思うんですね。なので、制作期間は半年くらいです。そこから1年くらいブランクがあったんですけど、この間どういう形でリリースしたら良いのか迷っていて、せっかく出すなら満足のいく形で出したいなっていうのがあったんですけど、正直な話どういう形で出そうかがうまく自分の中でまとまらなくて。あまり伸ばしすぎても良くないなと思い、デジタルでリリースすることにしました。
制作に関しては、割とガーッと作ったんです。今回は自分の地元の多摩をテーマにして制作していったので、写真を結構iPhoneとかで撮りためたりとかしていて、そういう情景を思い浮かべながら、かつ、いわゆるクラブミュージックと今風の音みたいなものをその文脈の中で回収していきたいなというのがあって、サウンド的にはクラブで聴いても耐えうる音というのを目指して作りました。
__写真の話が出ましたが、今回ジャケットの写真は、多摩地区の写真ということでしょうか。
そうですね。右手の方に送電線とか写っていたと思うんですけど、あそこがちょうど西武多摩川線っていう僕の地元のローカル電車です。あれは本当に車両も多分3両くらいで全部の駅も6駅くらいしかないんですけど、ちょうど写真の左手側に野川公園という結構地元でも大きめな木が生い茂っている公園があって。そこが並走しているというか。その感じがすごくきれいだったんですね。『Plateau』っていうアルバムも、僕が写真を撮った場所の後方が上り坂になっていて、その先にちょうど公園と電車を一望できる高台みたいな場所があって、そこでアルバムのタイトルを思いつきました。
__アルバムのタイトル『Plateau』の意味と、そのタイトルを名付けた理由を教えてください。
1つは高いところから見た風景がすごく良かったので、これをどうかっこよく表そうかなと思った時によぎったのが”Plateau”という言葉です。
そこから、スポーツ選手とか体を鍛えようという人が陥るプラトー現象という停滞現象があるのを知って。僕は音楽を10年以上だらだらとやってきていて、いわゆる一番人生が進んでいたなあという時期は大学生の時で、いろんな経験をさせていただいて、いろんなイベントに出れて、地方公演にも呼んでいただいてというふうにできたんですけど、そういった時期から比べると今自分はプラトー現象の只中にいるのかなという意識が出てきて。そういう自分と重ね合わせてこのタイトルにしたんです。
__例えば、今のプラトーの話で言えば、Miiiとしての活動を一時休止するといった時期がありました。そこから本作のリリースまで、どのような環境や心境の変化があったのでしょうか。
活動休止は結果的には3か月くらいで反故にしてしまったので、迷惑をかけた方々には申し訳ないなと思っているんですけど、簡単に言うと音楽を楽しめなくなる時期に突入しちゃって、何をしていいのかわからないというのが、2016年頭くらいにあったんです。それで、「1回やめます」と。音楽の現場には遊びに行くことに徹しよう、というふうになって、割とそれはいい経験で、本当に1か月、2か月くらいで「また音楽やりたいな」という気持ちがすぐ戻ってきて。それでその年の7月くらいに活動を再開したんですけど、「また気持ちは戻ってきたけどじゃあ何をしよう」という思いは依然としてあったんですね。
僕は人から言わせるといろんな側面をもっているように見える気がして、ベースミュージックのDJだっていう人もいるし、ライブが特徴的な人だとか、もしくはもっと振り返ると僕は元々同人音楽とか音ゲー(音楽ゲーム)界隈出身でもあったので、そっちの文脈も含んでいて、いまいち人から見られた自分と、自分の中の自分というのがマッチしなかったというのがあったんです。
ちょうどその時くらいに地元を散策し始めて、この今の自分と客観的な自分っていうのをうまく一体化させるには自分のルーツに立ち返るしかないなというふうになって。そこでまず、自分のいる地元という風景を題材にするのと、音楽的にも自分が中学生の時によく聞いていたエレクトロニカ、例えば、world’s end girlfriendとか、もしくはもっと極端なブレイクコアとかそういうものを回収しつつ、今の自分でできることをやろうというふうになったんです。
__過去の代表的な作品集として、2014年のミニアルバム『Textural Nightmare』、同じく2014年に〈Maltine Records〉から『Everything Happens To You』、CD化もされた『An Invisible Storyteller』などがありますが、その時期に発表した作品と今回の作品の違いがあるとすればどのような点でしょうか。
『Textual Nightmare』と『An Invisible Storyteller』に関しては、割と人の手が加わったというか、マーケティング的に人を動かして作ったという印象があるんですね、僕の中では。例えば『Textual Nightmare』の時はジャケットに実写を使って、モデルを出すっていうことをやったりだとか、『An Invisible Storyteller』の時も、タワーレコードで特典を出していただいたりとか、色々な場所から人を呼び寄せられるように作った部分があったんですけど、今回はもっと私的なプロジェクトとしてやろうというのがあって。
今までは、作品を出した時にどう言われるかな、というのがあったんです。「何の人」みたいな。客観的なイメージをコントロールしたいような気持ちが当時は少なからずあったんですけど、今回は「どう見られてもいい」ということを心がけました。楽曲だけではなく、マスタリング、ジャケット、リリース用Webページまで自分の手を動かして作りました。そういう意味で、過去作との違いとしては、自分の感覚を余すことなく表現できたという点が一番大きかったと思います。
__では改めて、本作『Plateau』のコンセプトについて教えてください。
プラトーにいる状態、つまり停滞している状態ってどういうことかなというのを考えたんですけど、僕の中だと始点があって終点があってそこの間にいる状態というイメージがあります。
写真を撮影した野川公園は結構大きくて、公園自体が大きな道路を挟んで南北に分かれているんです。そこは昼間に行くとトラックがワンワン走っていて、都会の方から物を運んで、そこから西の方の八王子、もしくはもっと奥の方に物を運んでいくのが見れるんです。その道路の上には、公園を行き来するための陸橋が掛かっていて、そこから道路を見下ろせるんです。その時に、ここは始点から終点に行くまでの間の何でもない場所なんだなというのに気がついて。
そこから連想したのが先程話した西武多摩川線というローカル線なんですけど、歩いても大きなスーパーとかがなくて、人をうまい感じに入れてこの路線を育てようとか、都市を作ろうとかそういう発想が多分もうないんですね。だけどそこを取り潰すかって言ったら、国公立大学や警察大学校、障害者用施設とかいろんなものが結構そこに密集していて、東京の生活のためには必要である、みたいな微妙な立ち位置にいる線路かなと思って。
この地域の、いわゆる都会みたいな消費の仕方もしないし、もっと地方のショッピングモールに全部吸収されてそこでみんなが消費活動を行うというイメージともまた違う、どっちにも行けない状態みたいなのが割と僕の中ではズシンと響いて。なので、多摩地区という言葉の裏には、発展もしなければ、これから徐々に衰退はしていくかもしれないけれど、劇的な衰退をするほどでもないみたいな特異な空気を放っている場所というイメージがあって。今回、そこを表現したいなというのがコンセプトのひとつかなと思います。
__アルバム収録曲の「Hide & Seek」は、昨年の2月に先行で発表していて、同じく『Plateau』のリリースについて告知をしています。「Hide & Seek」は、アルバムの中でどのような位置付けになるのでしょうか。
この曲は、先程話したコンセプトの暗い部分というか、定義されない言葉とか定義されない風景のような、社会学的な考え方からとりこぼされていくようなイメージというものを表現したくてつくった曲です。
1曲くらいはちゃんとしたベースミュージックを入れないといけないなというのがあったので、そういった音響を効果的に使った上で、インパクトのある物を作ろうというのがありました。なので、ダブステップのリズムに細かいサンプリングを重ねて、楽曲の展開も、分かりやすいビルドアップを入れたりもせず、ストリングスから始まってピアノで終わるというような流れを意識しました。
__「Frail Ghosts」、「Echo」は、それぞれ、10分、15分と、長尺の楽曲となっています。「Hide & Seek」も9分です。シングル曲という意味で考えると、難しい楽曲に分類されると思うのですが、敢えて、そのようなタイムの曲を収録した意図があれば教えてください。
僕が単純に長い曲が好きで、それこそ中学生の時に聞いていたworld’s end girlfriendの『Dream’s End Come True』というミニアルバムがあって、その中に25分の曲(「All Imperfect Love Song」)があるんですよ。あれが僕ずっとすごい印象に残っていて、あのくらいの曲をいつか作りたいと思っていたんです。
world’s end girlfriendだけじゃなくて、他にもポストロックとか、色々なジャンルでもそうなんですけど、長いと純粋に曲の重みが増すんですよね。アルバムとして出す、かつ今回はより強い思い入れのあるパーソナルなアルバムというのはあったので、短い曲をサッサッと流すよりも、曲数も限定して重たいものを作ろうと考えていました。今だとSpotifyとかのストリーミングサービスがあって、アルバムから単曲にバラしてプレイリストから聴くというのはもちろん僕もやっていますし、そういった消費の仕方も好きなんですけど、それと同列くらいに物語のようなアルバムを通して聴くという体験もしやすくなっていますし、その需要もあるのかなと。
__なるほど。
そういう考えがあったので、曲尺は意識して伸ばしました。「Frail Ghosts」とかも元々はそれでも6分ぐらいはあったんですけど、時間軸でどんどん感情を重ねていくような曲にしたい気持ちがあったので、完成した後に後半の展開をこれでもかっていうくらいに伸ばして、その結果、蓋を開けたら10分くらいだった、という(笑)。
表題曲(「Plateau」)も、もうちょっと短い曲で、勢いで押していく感じのブレイクコアだったんですけど、ライブパフォーマンスで反応を見ていくうちに、「もう一盛り上がりあってもいけるな」ってなって、あんな曲調にも関わらずもう一展開加えたりの調整をしました。結果として、こってりラーメンなのに一生食える、みたいな奇跡的なバランスに仕上がったので良かったです。やっぱりブレイクコアが好きで、10代の頃から聴いていたというのがあったので、こういう風に仕上げられたんだと思います。
__「Circle」のSoundCloudには、楽曲タグに「#riverrun」がついていて、最後の曲が「riverrun」なのですが、riverrunにはどのような意味があるのでしょうか。
「riverrun」という楽曲名は、ジェイムズ・ジョイスの『フィネガンズ・ウェイク』という小説から引用しました。著者の遺作で、ひたすら言葉遊びに徹した奇書という立ち位置になっていて、その小説の特徴が、ラストの文が”The”で終わるんですよ。”The”で終わって、本の冒頭に”riverrun”って書いてあるんです。
つまりは小説のラストと冒頭が循環している、ということらしいんです。「Circle」という曲も循環のイメージ、円環のイメージというのを取り入れて、「riverrun」という曲でそれを回収する、というのがやりたかったんです。
あと、強いて言うなら、今回は引用を結構やりたかったんです。「Echo」という曲は円城塔さんの『Self-Reference ENGINE』という初期のSF短編集に入っている「Echo」という物語から拝借しました。その物語は、エコーという謎の立方体が浜辺で埋まっているところから始まってるんです。でもこれは実は、自分の研究を進めた結果、自ら自分の躰を立方体の金属にリプレースしちゃった元学者で、なんでそんなことをしたのかは誰にもわからない。ただ誰にも理解できない電気信号みたいなものをずっと発しているんです。
円城塔さんは「Echo」でそういうコミュニケーションの断絶の究極とその美しさを作品で書いているんですけど、結局今回の『Plateau』で表現したかったのも、表現にできない表現、言葉にできない表現みたいなものをちょっとでも捕まえたいみたいのがあって、そこで若干リンクしてくるんですね。
「Frail Ghosts」も高橋源一郎さんの『ゴーストバスターズ 冒険小説』という小説からインスピレーションを受けました。この物語内には「ゴースト」という誰にも正体がわからない存在が跋扈していて、それを捉えようとしたり捉えられたりしていくみたいなお話で、掴めるはずのないものを頑張って掴む、ということをやろうとしているんです。
そんな感じで、今回はいろんなものを借用してます。でも、『フィネガンズ・ウェイク』はちゃんとは読んでいないです。難しすぎて(笑)。
__今後、リリースに合わせたツアーやリリースを記念したライブの予定はありますか。
そうですね、今のところは考えていなくて、3月からまたライブ出演はあると思うんですけど、今回のアルバムは今までの自分を「置いていく」というのが目標ではあったので、この作品を起点にまたライブをするというのは自発的にやろうとはあまり考えていないんです。
むしろ今後は早く新しい展開に持っていきたいしそれをお見せしたいので、今のところ特段ツアーをやろうという気はないですが、機会をいただけるならもちろんライブはやらせていただきたい、と思っています。
__そうすると、作品にある楽曲は、全部この1年くらいのライブで演奏していた曲になるのでしょうか。
そうなんですよ(笑)。正直、ライブでやっていた曲なんですよ、ほとんど(笑)。なので、代わり映えしないんですよね。とはいえ、アルバムを通した上で、1時間ぐらいのがっちりしたライブを改めて見たいという人もいるかもしれないですが……。代わり映えのないことをするより生っぽい要素があったほうが飽きないんでしょうけど、僕は楽器が出来ないし、達成するには結構いろいろな人を巻き込まないといけない気がするので、そこをこだわると難しいという課題はあります。
むしろ今後はDJとかも精力的にやりたくて。ちょこちょこやってはいるんですけど。普通に、クラブミュージックとしてDJをやる、みたいなことをやりたいです。でもライブもライブで考えていきたいと思っています。
__最後に、単純な質問になりますが、今作では、全曲インストになっていて、ボーカリストを入れていないのはなぜですか。
入れたかったんですよ(笑)。ゲストをお招きして、ポエトリーリーディングみたいなことをやりたかったんです。実はその曲は一度できていて、このアルバムの思想の根幹でもあって、その曲をイントロの後に入れて、そこから「Circle」が始まる、みたいなことをやりたかったんです。結果的にその曲はいろんな事情で没になってしまったのですが……。
作るにあたってもゲストの方と綿密な打ち合わせをしたり、一緒に実際に現地に行ったりもしたんです。その時に、思ったこととか僕が言ったこととかもリファレンスしてくれて、歌詞というか詩を作ってきてくれて。それがすごい良くて。それが本当に良かったので、逆に僕がその言葉に突き動かされて作っていたみたいな部分もあるので、それが無くなったので不思議な感じがします。その言葉はどこかに行っちゃってしまって。
だから、中心がないんですよ。でもそれもまた何か多摩地区っぽいな、みたいな感じがします。その中には絶対にこれだっていう言葉があるはずなんだけど、それがどうしても抜け落ちている。
僕は本当は、完璧なものを作りたかったんです。なのに、この作品は、そういう欠落を内包している。そういった部分も、自分らしいなとは思いますが。
(2018.2.6、東京・青山にて)
Plateau:
1. Echo (Prelude)
2. Circle
3. Throb
4. Hide & Seek
5. Frail Ghosts
6. Plateau
7. Echo
8. riverrun
アシスタント: 加来愛美
1997年生まれ、福岡出身。青山学院大学総合文化政策学部在籍。音楽藝術研究部に所属。