- INTERVIEWSMarch/28/2013
【Interview】 How To Dress Well(ハウ・トゥ・ドレス・ウェル) – “Total Loss”
チル・ウェイヴとは、そもそも一人の青年が大学卒業後の就職も決まらないモラトリアムな状況下にあって創作した、一種の現実逃避的な音楽だった。そこには、閉塞感を抱える現代とは対照的なものとしての、ディスコ/エレクトロなどの80年代的なシンセ・サウンドに象徴される輝かしかった時代への憧れ、又はそのオリジナルなき模倣=シミュラークルとしての姿も見出し得るように思われる。しかし、広大なネットの海で増殖した無数のシミュラークルが作り出した巨大な波によって、それは一躍時代の寵児として持て囃されることになり、またそれゆえにシミュラークルを越えるシミュラークル=ポスト・チルウェイヴが、早々とその海から出現してくることも必然の流れだった。
How To Dress Wellは、ゴシックな感覚を持ったポスト・チルウェイヴとしてのウィッチ・ハウスにおいて、初期から活動してきたアーティストのひとりである。自身のブログに投稿した音源によって一躍、注目を浴び、ファースト・アルバムの『Love Remains』では、界隈においては誰よりもいち早くその「声」を響かせた。それは正に新たな時代の「産声」と呼ぶにふさわしいものだったのかもしれない。その中性的な美声とウィッチ・ハウス特有の歪な音響とのアンビバレンツな関係性がスリリングな音楽によって、彼は波の先端に躍り出たのだ。そうして、彼は再び、去年リリースした新しいアルバム『Total Loss』では、その声により根源的に切実な響きを伴って、より優雅で多彩な音楽の纏い方=How To Dress Wellを発見したかのような姿で我々の前に現れた。そして、今度はR&Bシンガーの未来形として、徐々に時代に迎えいれられつつあるようにも見える。
そもそもオリジナルなき模倣としての性質を備えたチル・ウェイヴには、過去の音楽の積み重ねでしか表現し得ないという、ポスト・モダン以降のアイロニカルな批評精神が皮膚感覚として沁み込んでいるような面がある。しかし、ネット上で育まれたスクリューの子孫として同族とも言えるヴェイパーウェイヴなど、ハイパーリアルな世界に対して醒めた視線を向けるメタのメタのメタのメタ……的な意識の産物と比較すると、How To Dress Wellの声はより根源的なものを希求しているように聞こえる、例えそれがアイロニカルな精神に支えられているとしても。「愛は続かない」ものという逆説としての『Love Remains』に対して、『Total Loss』で得たものは一体何だったのだろうか。2度目の来日公演に際して、今回インタビューを試みた。
How To Dress Well
トム・クレル
_『Total Loss』は前作『Love Remains』以上に非常にアンビエントで完成度が高い作品ですが、最初からこの方向性を意識して制作に入ったのでしょうか?
それはアンビエント・ミュージック寄りだという意味かな?
_はい、そうですね。
それはむしろ逆だね。自分にとっては『Love Remains』の方が、一つの大きな音であるアンビエントなノイズの層の水面下で全ての楽曲が奏でられているという部分で、アンビエントな要素が強い作品だと思っているんだ。それに比べて今回の『Total Loss』は、例えば「Running Back」に関してはアンビエントな要素が強いかもしれないけれど、「Cold Nites」という曲などはアンビエントな要素が全くない曲だし、アルバムとしてはより多彩で躍動感がある作品だという点において、アンビエントな作品だとは思ってないよ。
_なるほど……。
まあ、なぜそう思うかというと、僕自身アンビエント・ミュージックが非常に大好きで、何をもってアンビエントかという部分に関しては非常に強いこだわりを持っているからでもある訳なんだよね。Jefre Cantu RedesmaやBrian Enoといった人たちを僕は非常に尊敬していて、今まで彼らからはとても大きな影響を受けてきた。そして、Brian Enoなどのいわゆるアンビエント・ミュージックを確立してきた人たちに対する尊敬の念が非常に大きいこともあって、「アンビエント・ミュージックとは何か?」と言った時に、その音楽を聴いた人を熟考に導く音楽、そういう音楽が本来のアンビエント・ミュージックだと僕は思っているんだ。
_分かりました。しかし、そのような意味でのアンビエント・ミュージックではないとしても、広い意味でのノイズや実験音楽的な要素の細部に、前作よりもこだわった部分はありましたよね?
確かにその通りかもしれないね。
_本作は前作が持っていたダークで歪な感触よりも、多彩できめ細かく美しい感触を持っていると思いました。なぜこのような作品になったのでしょうか?
なぜかというと、『Total Loss』という作品はアルバムが持っている様々な要素が明白に浮き彫りになるように作ったからだね。『Love Remains』では全ての音楽的影響をグシャッと1つに混ぜてしまった。それに対して、『Total Loss』はノイズやアンビエントからの影響や、ニュー・ジャック・スウィングといったR&BやTracy Chapmanといったフォークからの影響など、自分が今までに受けてきた音楽的影響が明白に聴こえてくる作品だと思っているよ。
_しかし、本作の制作背景には、あなたの亡くなった親友が関係しているとも聞きましたが、それでもなぜ前作よりもダークな作品にはならなかったのでしょうか?
このアルバムを作っていて自分で分かったことというのは、すごく辛い経験をした時、特に自分にとって大切な人を失ってしまった時に、その経験から立ち直る為にはいろいろなプロセスがあるということだった。始めはそれが信じられないという否定だとか、深い悲しみだとか、怒りだとかいろいろな感情があって、それを段階的に経験していく訳だね。そして、特に僕にとって印象的だったのは、亡くなった親友の葬式に行った時のことだったんだ。普通はとても悲しい場面な訳だけれど、その時は友達みんなで集まっていたら、自然と生前の彼の面白くて楽しいエピソードを語ることになっていて、なぜかみんな笑っていたんだ。亡くなった人だからこそ、その人の素晴らしかった部分を称えて、それを喜びとして受け止めるということは、不思議なことに生きている人に対してはなかなかやらないことだよね。そこに大きなパラドックスがあるとは思うんだけれども、失ったからこそ、その人の過去のいい部分を称えることがあるんだということを、その時初めて経験したんだ。だから今回のアルバムが多彩で表現がきめ細かい作品になった理由は、悲しみを乗り越える為の様々な段階で経験する様々な感情、そのプロセスの形を僕なりに様々な形で、1曲1曲の中で表現したかったからなんだ。
_ではその過程では、悲しみを癒すために作曲するようなこともあったのでしょうか?
作曲しているときは作業に集中して、一生懸命制作しているだけだったけれども、結局アルバムが出来上がってから作曲していた時期を振り返った時に、自分自身はこういうことを感じていたんだという、その時々の感情を再発見出来たことに関しては多くを学んだと思う。
_それでは、あなたの亡くなった親友に捧げられたという『Just Once EP』と『Total Loss』との関係はどのようなものなのでしょうか?
『Just Once EP』は去年の春に制作した作品だけど、その時は正に『Total Loss』の曲も同時に作っていた時期だった。親友を失った後も僕は曲を書き続けていた訳だけれども、その時作っていた曲は、自分の中でなぜかしっくりこなくて、こういう音楽であるべきじゃないという思いがあったんだ。だから、一旦『Total Loss』の曲作りを止めて、全く違うことをやろうと思った。そして、彼に捧げる記念碑的な作品を作ろうと思って、作ったのが『Just Once EP』だった。これを去年の3月に2週間かけて作ったんだ。そして、それを作ったすぐ後の4月、5月をかけて、その流れで『Total Loss』の曲を完成させた。『Total Loss』は6月、7月にツアーをした後、8月にレコーディングをしたんだけれども、僕の中では『Just Once EP』と『Total Loss』は非常に密接に繋がっていて、『Love Remains』と『Total Loss』を合成させたものが『Just Once EP』の中には詰まっているんだ。
_なるほど。では今回、ロディ・マクドナルド氏をプロデューサーとして起用したことは、今作の高いクオリティにも関係していると思いますが、そこにはワールドワイドな視点から音楽を発信する意図があったのでしょうか?
いや、実際のところ、彼が関わる段階では作品は85%完成していたんだよね。そんな時に<Domino>のスタッフで友人でもあるジャックから、「ロディという人が君と連絡を取りたいと言っている」というメールが送られてきてね。僕はその時点では誰それ?という感じだったんだけれど、その後に「実は僕はThe xxやAdeleをプロデュースしていて、君の音楽が大好きなんだけれども、もし良かったら一緒にスタジオに入って一緒に音楽を作ってみませんか?」とロディから言われたんだ。その段階では実際にスタジオに入ってみて『Total Loss』を彼と作ろうとしていたというよりも、経験豊富な人と何かやって、学べることがあればいいかなという感じだった。だけど、実際一緒にやってみたら本当に素晴らしくてね。すっかり意気投合して、結果的に毎日10時間、しかも5日間連続で彼とスタジオで過ごすことになっちゃったよ(笑)。彼はトラックを聴かせると、例えば空間の使い方とか、音色をもうちょっとこういう風にやった方がいいんじゃないかとか、本当に細かい部分にいろいろなアドバイスをくれたんだ。だから、僕はベルリンからロンドンへのいつ帰るかも分からない片道切符を買って、彼と一緒にロンドンでアルバムを作ることにした。それで結局、5週間連続でロンドンで作業をしたんだけれど、決して仕事代が安いプロデューサーではなかったにも関わらず、彼はほとんどタダ同然でやってくれたんだよね。
_彼はどのようなプロデュースをあなたに?
彼の何が素晴らしいかというと、僕がやりたいことをものすごく明確に理解してくれて、僕の選択や決断を自分に任せてくれるところだった。例えばTimberlandみたいな人が手掛けたアルバムを聴くと、曲によってはすごいTimberlandっぽいなって部分が分かる。でもロディがいろいろな人と仕事をして、それぞれを違うサウンドに仕上げているのは、彼がアーティスト自身に決断を委ねて、アーティストの創造性のままに音を作らせる手助けをしてくれるプロデューサーだからなんだ。僕は彼と仕事が出来てすごく良かったんだけれど、それは彼にこういうプロデュースをしてもらいたいからと言う意図からではなくて、結果的にすごくいい人だったからなんだよね。
_なるほど。では、本作は元々あなたが持っていたR&Bへの志向が全面的に開花した作品だと思いましたが、あなたの音楽は実験音楽的な要素も非常に強いですよね?あなたの音楽的なルーツはどこにあるのでしょうか?
うーん…、分からないな。
_しかし、Janet JacksonやR.Kellyなど、R&Bシンガーの曲を多くカバーしていますよね?
確かにWhitney Houstonとか、女性のR&Bシンガーの曲は子供のころはすごく良く聴いていたね。子供の頃の一番最初の音楽体験がそもそもR&Bで、母親がWhitney Houstonを歌っていたのを聴いたことが、自分にとっては音楽という存在を認識した初体験だったんだ。
_では、あなたのルーツはR&Bにあるのでしょうか?
全てだね。How To Dress Wellとして音楽を作り始めたのが2004年からだったんだけど、そもそも最初の頃はコテコテの実験音楽を作っていて、45分間ひたすらドローンだけとか、45分間ひたすらホワイトノイズだけとか、そういうものばかり作っていたんだ。でも、そこからもっと自分の中に根源的にあるものを音楽的に表現しなきゃという意識が芽生えて、今までに言ってきたような僕が影響を受けてきたもの全てを、音楽の中に出していこうという気持ちになったんだよね。つまり僕がやっていることは現代におけるフォーク・ミュージックなんだ。フォーク・ミュージックって言えば、アメリカだと軒下でおじさんがギターを持って歌っているようなものというイメージがあるけれど、そもそも1930年代のアメリカにおいては、日常の中にあって自分が感じたものをフォーク・シンガーたちは表現していた訳だよね。それを踏まえて現代における日常は何かと考えると、コンピューターを皆が見ていて、街に出れば大画面から音楽がガンガン流れていて、実験的な音楽もたくさん存在するという状況の中で僕らは生活している。そういった自分が吸収している日常のものを、自分が影響を受けた全ての要素を全部合成させて、融合させて、表現した音楽、つまり僕が考える音楽の未来形というものを僕は表現しているんだ。R&Bなどの自分の音楽的な原体験から、一番最初に自分がぶっ飛んだ音楽、例えばBlack DiceやYellow Swansまで、そういったものを融合させた音楽を僕はつくっている。それが僕のプロジェクトなんだ。だからこそ、Justin Timberlakeにしても、Frank Oceanにしても僕にとってはまったく別の音楽だとは思えないんだよね。
取材:宮下瑠
1992年生まれ。UNCANNY編集部員。得意分野は、洋楽・邦楽問わずアンダーグラウンドから最新インディーズまで。青山学院大学総合文化政策学部在籍。
■リリース情報
Artist: How To Dress Well (ハウ・トゥ・ドレス・ウェル)
Title: Total Loss (トータル・ロス)
Label: WEIRD WORLD / HOSTESS
Number: HSE-10128 (オリジナル品番:WEIRD014CDJ)
Price: ¥2,100
※初回仕様限定盤のみボーナストラック・ダウンロードコード付ステッカー封入
(フォーマット: mp3)、歌詞対訳、ライナーノーツ付
1. When I Was In Trouble
2. Cold Nites
3. Say My Name Or Say Whatever
4. Running Back
5. & It Was U
6. World I Need You, Won’t Be Without You (Proem)
7. Struggle
8. How Many?
9. Talking To You
10. Set It Right
11. Ocean Floor For Everything
ダウンロード・ボーナストラック(mp3)
1. Set It Right (Acapella)
2. Again(*ジャネット・ジャクソンのカヴァー)
3. Blue Crystal Fire (*ロビー・バショーのカヴァー)