ARTICLESMarch/23/2018

[Interview]”ツァイトガイストを探して” Nukeme × Houxo Que × LLLL (Part.2)

Part.1からのつづき)

LLLL:フォーエル……東京を拠点とするプロデューサー/音楽家 https://soundcloud.com/lllltokyo
Nukeme……ファッションデザイナー/アーティスト http://nukeme.nu/
Houxo Que……美術家 https://twitter.com/quehouxo

深海 —— 「神が適当に作ったフォルダ」

LLLL: Nukemeさん最近気になってるのは、深海生物?

Nukeme: この間、8000メートルまで潜って新しい生き物が見つかったんですよ

LLLL:最近常に新しいの出てきてますね。最近8000メートルより深いところに潜れるようになって、いろいろ捕まえてきた透明の深海魚、いっぱいいたじゃないですか。ほんと常に新しい発見があるんですよね、ほんと未知のフロンティアていう部分では、すごい、おもしろいな。しかも、宇宙で生命体頑張って発見しようとしてますけど、海の中にはまだまだ発見していない生物が沢山いる、何でだろうって思う。ほんとおもしろいですよ。フォルムも素晴らしいし、ほんと美しいですよ。

Nukeme: 深海生物は、神が適当に作ったデータなんじゃないかと思います。「深海」っていうフォルダにどんどん、ぶっこんでいく。神が。「その他」フォルダみたいな。とりあえずそこにぶっこんどこう、みたいな。

Houxo Que: そもそも、超越性だからね。だから自分たちの埒外で起きていることの象徴が神。

Nukeme: 使途不明金みたいなもんですよね。なんか金が動いてるけど、なんなのかわかんない、っていう。

Houxo Que: そう。だから神って「あとで考えよう」に近い。触らぬ神にたたりなしっていうのは、わからないことは神に任せとこうっていうこと。

LLLL: ほんとそう、いわゆるキルケゴールとか、僕が哲学は英語で学んでいるから日本語解らないんだけど、leap of faith、つまり信仰心に任せるしかないっていう、最終的なところに至っては。そこからキルケゴールの実存主義が始まってニーチェ、サルトルと続く、だからもう、神様はわからない。お手上げだよねっていうところが出発点ておもしろいよね。

Nukeme: Otto Pieneっていうドイツのアーティストの作品で、「神は死んだ」っていうニーチェに対して、「ニーチェは死んだ」 by 神っていう作品があって。その通りだなと思って。確かにニーチェは死んだ。それって、コンテンポラリーな感覚だなって思った。

LLLL: 最近のシャーロッツビルや、トランプとか、極右っていうか、その動きを見ていて思い出したのは、神様の死って、近代を生んだじゃないですか。科学が神様を乗り越えたり、そういった啓蒙の結果として、ホロコーストとか、第二次世界大戦とか色々とあった。最近、特にインターネットっていう媒体を介して、神様、実は死んでなかったね、みたいに感じる。シャーロッツビルや、ライトウイングっていう人たちの根本には、キリスト教の神様が言っているから正しいっていうのがある。

宗教、神、光

Houxo Que: シャーロッツビル、松明を焚いてたね。そもそも、その火というか光なんだけど、完全に宗教的なんだよね。めっちゃプリミティブ。

最近、仏教研究者の亀山隆彦先生が僕の個展に来てくれて、ちょっとお話ししていたんですけど、僕がディスプレイとかそういったメディアといろんな作品を作っていく中で、絶対的に、常にテーマの中心に座っているものに、光というものがある。

光って、宗教上で、ずっと、そもそもの神の象徴のように用いられてきたよね。キリスト教なんかではものすごく明確に、たちえばステンドグラスとかはかなり効果的に光を使ったメディアだと思う。ステンドグラス自体が、文字が読めなかった、識字率が低かった時代に聖書の物語を伝えるために用いられたっていうところで、現在のディスプレイとそう違いはない。

そもそも、洞窟のなかの光に通じるけれども、ずっと、神とか、神秘性とか超越性というものを、光に媒介させてきた。だから「ニーチェは死んだ」 by 神の神死んでなかったっていうのが、現代っぽいっていうのは、その神っていうのは、ディスプレイの光だって僕は思ってて、しかも、ニーチェに復讐するその俗っぽさも含めて、ディスプレイのありふれている陳腐さと似ている。

印刷とか、古代から光の反射を通して視覚情報を得ていたっていうの事実は変わりはないんだけれども、それってようは、光源は外にあって、それによって得られる反射光があった。反射光。これに対してステンドグラスやディスプレイは、透過光で、奥に光源あって、光は自分の方に向かってきているわけよ。

亀山先生と話していたときに、仏教の中での光っていうのが、どういうふうに扱われていたかっていうところで、いや、そもそも、如来とかそういった仏教上の神たちは……。

Nukeme: 後光系だよね。

Houxo Que: 後光というより、全部光なんだとあれは。光の集合体として扱われている。だから、金で塗られていて、光そのものなんだと。だから、神的なものをそのように光として考えるとディスプレイは「世俗化した超越性だ」って話してくれたんだよね。

インターネットのカルチャーではないんだけど、ポケモンの、所謂ポリゴンショックで、光の効果というものが明確に出てしまった事件があった。赤と青と白という人間にとって心理的に非常に強い色を24ヘルツで明滅させ続けると、当時熱中して見ていた子供がてんかんになって倒れるという。症例はあるけどまだ、原理がわかっていない。光過敏神経症

(参考資料: テレビ東京「アニメ番組等の映像効果に関する製作ガイドライン」, テレビ東京 開局35周年記念事業 特別講座「テレビが視聴者に与える身体的、社会的影響について」)

光って身体化してはわかっていないような気がする。一点に集まると物が燃えたりとか。原理があるのはわかるけど、なんだか不思議に感じてしまう。

“Blue Whale”(青い鯨)—— 文字(テキスト)と光(ディスプレイ)

LLLL: 最近すごい気になったことがあって、”Blue Whale”(「青い鯨」)っていうロシアのゲームがありますよね。

Nukeme: 自殺ゲームですね。

LLLL: そうそう。

Houxo Que: 光が宗教的っていうのにさっきの話につながるんだけど、手書きで、おまえ、ちょっと飛び降りてみろよって書いても、実際本当に飛び降りないと思うんだけど、それがディスプレイに表示されてサインが出てくることによって、いきなり真に迫ってくることがありますね。

Nukeme: スピード感なんですかね。

Houxo Que: まず単純に、光ってるもの、光源の方を見ているとき、被写界深度を目で測れないんですよ。例えばあそこにあるホワイトボードとか、自分から5~6メートル離れてるんだっていうのは、見てわかる。だけど、あれが、もし液晶のディスプレイだったら、画面の中を見ているだけだと、自分の身体からどの程度の距離にあるかわからない。実際、ずっと画面を見ていると、影がないからわからない。カメラでもオートフォーカスって発光体には効かないんですよ。被写界深度が測れないから。

自分の身体とどのくらい距離が離れているかわからない対象は、ある意味、自分にとっての超越的な存在のように見えてしまう。BlueWhaleってゲーミフィケーションの悪用という部分が語られているけれど、さらにディスプレイの、光源を見ることの効果が入っていて、だから洗脳効果が高いんじゃないかな。自分の関心から見てもBlueWhaleは、来るところまで来たという感じがする。

Nukeme: 僕、インターネットに初めて触れたのが中学生の時で、2001年頃で、ダイヤルアップからISDN、そこからADSLになる過渡期だったんだけど。

Houxo Que: パソ通は体験していない?

Nukeme: 体験してない。僕がネットに触れたときは、ネオ麦茶事件で2ちゃんねるがマスコミに叩かれて,その後も時々ニュース出たり出なかったりという時期で、geocitiesがすごく元気で、みんな無料サーバー借りてホームページを作ってて、その頃は「テキスト系サイト」っていうのが流行ってた。最初は「侍魂」とか,ネタ系のサイトを見てたんだけど、『完全自殺マニュアル』を持ってた友達に影響されて、100日後に自殺するって宣言して、100日間日記を書き続ける「終わる世界」っていうサイトとか、「南条あやの保護室」とか見てた。いわゆるメンヘラというか、自分の中にある、整理できない鬱屈とした気持ちを吐き出す場所として、インターネットがあるという認識があった。

当時は「メンヘラ」っていう言葉じゃなくて、「精神系」って言ってた。中学生とか高校生が、学校で誰にも言えないことをネットで言う。そうすると自分と同じようなことを感じている他のだれかが、リプライを返してくれるっていう構造に、みんなどっぷりはまってた。ちょいちょい自殺しますとか、本人が死んだのでこのサイトは閉鎖されますとかもあった。Blue Whaleってそれに加えてゲーム性があったから、実際的な影響力をもってしまったんじゃないかなと思うんだよね。インターネットって気持ちと気持ちがダイレクトに繋がっちゃうから、感情をドライブさせるのに適した場所だと思う。

LLLL: イスラム原理主義も、エクストリームライトウィングも同志が簡単に見つかると。

Nukeme: そう。Twitterの炎上とかもそう。怒り、悲しみ、抑鬱、ネガティヴな感情のムードとかトーンを伝播させるのに、インターネットはすごく向いてる。

Houxo Que: 最近たまに思うんだけど、今のインターネットってオルタナティブであって、バーチャルではないんだよね。ここでのバーチャルっていうのは、ここには実際にはないけど遊戯的に空間を想像することだと思うんだよ。今のインターネットは、もう一つ別のレイヤー空間みたいな、現実のオルタナティブという扱いが強まっている。「ネットで真実に気づきました!」みたいな。インターネットカルチャーやゲームもそれを単純に加速させるように機能している部分がある。

ゲーム、オンラインゲーム、自分のアカウントでキャラクターがあって、しかもそのキャラクターで活動していると、徐々に人と交流して、コミュニティができて、そのうちオフ会とかしちゃって、冒険とか戦いとかよりも人付き合いの方がメインコンテンツになっちゃったりしてさ。あれ?これって現実と変わんないじゃんって。本当はバーチャルなものだったのに、整備されて人間が沢山はいってきたら、そうなっちゃった感じ。もしかしたらBlueWhaleって、そういうゲーム環境の文脈があるのかもしれない。

Houxo Que – Solo exhibition “SHINE” (2017) photo by Ujin Matsuo

サイボーグ化 —— 機械への変身

LLLL: Queくん最近気になってる人とかいるの? 作家でもいいし、カニクレーンとかでもいいよ。

Houxo Que: カニクレーン(笑)。最近インプットみたいなものになんか結構ね、あんまり頼らなくなってきたんだよなぁ、どうしたんだろうね。

LLLL: それはもう作家として研ぎ澄まされてきてるんじゃない、あんまり色んなものに影響されないっていいことじゃない?

Houxo Que: ただ単純に育児でめちゃくちゃ忙しいっていうのもあると思うんだけど、なんか育児で取られるリソースがすごくて、なんか自分の知的好奇心を発揮させるために使う体力みたいなものよりも先に制作の方に回しちゃうんだよね。

LLLL: そっか~、インプットって時間かかるもんね。

Houxo Que: そう、インプットはね、本当に時間的に余白がないと実はできない行為で。

LLLL: 制作できないと俺たち終わりだもんね。

Houxo Que: そう、制作の方を優先しちゃうじゃない。時間があると。で、インプットするために結構ボカーンとした時間の使い方をしなくちゃいけなくて、それをしようとするとなんかその為の訓練が必要となっちゃうんだよね。今の生活だと。

LLLL: ちなみにアウトプット変わった? インプットしないことによって。それすごい興味ある。

Houxo Que: いやなんも変わってないかな。だけど、何かにインプレッションされる為のなにかこう刺激になる新しい作家を見つけようみたいな、探索、インベスティゲーションみたいなことはしなくなってきてて、どちらかというと自分のエクスプレッションの為のインベスティゲーションの方が増えたかな。もちろん、出会いがないってわけじゃないんだけど。

LLLL: あーじゃあもうインプットするとしたらそれが制作の一部になっちゃってるっていうことかな?

Houxo Que: そう、だからそのままもう自分の作品に循環するような構造になっちゃってるから単純にこの作家面白いんだよねっていうことはむしろフィルターに入んなくなってきてる。

Nukeme: だからハードウェアばっかり見てる?

Houxo Que: そうそう、役に立つか立たないかみたいな。

Nukeme: 使えるからね実際。

Houxo Que: そうそう、だからカニクレーンっていう重機が面白いっていうのも、言ったら一般的に何かを吊るして持ち上げる為だけの重機なんだけど、例えばそれが墓地で墓石を設置する時によく使われていて、結構、写真とかネットとか動画にもあがってるんだけど、なんかこんな工業的なものがこう、墓っていう空間に存在してることの面白さを考えていった時に、でもなんかこれにディスプレイ吊るしたら超かっこいいんじゃないかとか。

Nukeme: ディスプレイ吊るせるしね。60キロとか余裕だよね。

Houxo Que: 俺タチコマとか、『パトレイバー2』のイクストルとかなんかそういう、言ったら自分の体もあういう風になりたい位の気持ちがあるんで。

Nukeme: ビッグドッグとかね。

Houxo Que: そうそう、そういうのに対する憧れとか結構あって、でもなんかその現代の機械に対する興味っていうのはずっとあるかもしれない。多分それは結構あるし自分の身体の次のホスト先みたいな感じで見てる節はちょっとあって、なんか一回中国で、200㎡の壁画を描いた時に、人間としての自分の身体の限界みたいなものにぶち当たるんですよ。11日間で200㎡を1人でリフト動かしながら描くっていうのは、「これ以上は無理だ!」っていうラインが明確にズバーンって見える時があって、「あーだめだー、俺の体だけじゃだめだー!」ってなる時があって、その時に、「いや~なんかもう虫みたいに登っていけたらいいのにな」とか「もっと姿勢制御が安定してたらいいのにな」とか自分の身体に対する信用のなさみたいなのが結構もう出てきてしまって。

Nukeme: それはさーでもウサイン・ボルトが、100m9秒切りたかったとしても、「よし、バイクに乗ろう!」みたいには思わないじゃん。そこだよね、やっぱりQue君も機械化すればいいのに(笑)。

LLLL: そうそうそう(笑)。

Houxo Que: いや、子どもの頃からね、あんまり運動神経も良くなかったし体もそんな強くなかったの。で、自分の身体に対するコンプレックスみたいなのがちょっとあって。あーなんかちょっと不便だし取り替えたいみたいな。

LLLL: でもライブペインティングとか一緒に仕事させてもらうと、すごいフィジカルな作家だなって思った。凄く動くんだ! みたいな。

Nukeme: 絵って筋肉で描いてんだってよく言うじゃない。

Houxo Que: 体で描いていくものなんだけど、だから体動かすんだったら工場とかで肘が二個ついてるロボットとかあるじゃない、あれで描けた方がいいだろうなみたいなそういう気持ちになるんだよ。別に肉の体である必要はなくない?って思うし。今は人体で描いているけど、身体そのものを別のものに変えてもいいんだったらそうしたいなって思いますよね。

Nukeme: 今時外科手術とかもできるわけだしね。

Houxo Que: でもまだ、長い作家人生を送っていく上で問題が起きないレベルで運用可能なほど技術が発達してないからまだ変えてないんだけど。機械化する身体が一般化されたらさっさと変えて描くと思う。

意識の変化 ——— 瞑想、深い眠り

LLLL: 変える、変身というと、僕ここ一年、お酒、アルコールっていうのを一切絶ってシラフでして。そうすると意識がいかに幾つもの層を持ってるか改めて気づかされて、シラフである自分っていうことを見て、酔っ払っていたっていう変性意識を持っていた自分を絶ったりとか、コーヒーを飲んでカフェインに酔って、また変性意識になったりとか、いくつもの意識を持ってるっていうことを改めて気がつかされるということがある。

Nukeme: 最近僕は絵をいっぱい見ているんです。絵というか自分の中で絵画がブームになってて。絵画って僕は元々観るのが苦手なメディアっていうか、どう観たらいいかわからないメディアだったんです。それが最近、急に「わかるかも!」に変わったのが楽しくて。Louisa Gagliardi っていう作家がいてすごく好きなんですけど、なんかこう、アクリルっぽい質感で描く人なんですね。モチーフがすごい好きで。

LLLL: なんか僕が昨日マン・レイ観てきたからかわかんないですけど、普通になんかシュールレアリストの延長線にいそうな感じは若干しますね。

Nukeme: シュールレアリスムとか、シチュアシオニスムとかはすごい好きで、最近改めてブームが来てるって感じなんですよね。自分の中の再解釈ブーム。あとは、インターネットで自分が気になる画像とか言葉とかをひたすら収集してて、例えばFacebookだと、無言でおもしろ動画をシェアしまくったりしてますね。ライフワークです。

Facebook上の活動は、なんか日常の中にある狂気みたいなのが自分の中にテーマとしてあって、例えば本人は所属グループ内だとそんなおかしくないっていうか、ただ楽しいからやってるみたいな遊びが、一歩引いたところから見ると完全に気が狂った集団に見えることってあるじゃないですか。距離感によって。シュールレアリストってちょっとそういうところがあるなと思って。要は認知体験の話をしてると思うんですよね。自分が普段見てる世界とか、想像してることとか、どのくらい他人と共有できてるのか本当はわからないし、なんなら「なぜ自分はこう感じるのか?」ということも自分でわからない。自分の認知って実は狂ってんじゃないか、狂うってそもそもなんだ?みたいなことを、対象化してくれるところがあると思うんですよね、おもしろ動画が。

LLLL: アハ体験がある?

Nukeme: アハ体験がある(笑)。うん、なんかこう意識とか、日常の非日常性を対象化してくれるのがシュールレアリストだなぁと思って。それをポストインターネットを経由させると、インスタグラムのエフェクトもちょっと夢っぽい感じあるじゃないですか。あと、僕の親戚が岡山で精神科を経営してるんですけど、そこにですね、アイソレーションタンク、感覚遮断装置を置いてるんです。クリニックの中に。何度か入れさせてもらって、すごく感覚として面白いというか、瞑想状態に入るのをサポートしてくれる機械みたいな感じなんです。それで僕、結構うまいこと瞑想状態に入れて、日常では得られないようなリラックスした状態が得られて楽しかったんですよ。

LLLL: Nukemeさんが思ってることって、意識と無意識と存在意識とみたいな、やっぱ瞑想とかもそうじゃないですか。別の意識に気持ちを持っていくっていう

Nukeme: それでいうと今、瞑想、超いいなと思っていて、今年(2017年)の始めとかめちゃくちゃ気持ちがスピってました。というのも僕、不眠症なんですよ。もう3、4年通院してるんですけど。スリーピングピルを飲まないと眠れないというのがデフォルトなんですよ。で、そうなった時にいかに自分の心を癒すかみたいな方法を色々考えてて、その過程でカポエイラを始めたりとかしたんですけど、運動すれば寝れるじゃないかとか。

Houxo Que: また始まったの(笑)?

Nukeme: そう、一時期忙しくて行けてなかったんですけど、また始まったんですよ。運動すれば寝れるんじゃないかとか、アイマスクをすれば寝れるんじゃないかとか、アロマ焚いたりとか、考えられる努力は大体したんですけど。めちゃくちゃストロングゼロ飲んでみたりとか。

LLLL: で、電話するんでしょ(笑)? 覚えてないんでしょ?

Nukeme: そう、電話しまくってるのにまったく覚えてないし、一人で家で飲んでゲロ吐くまでいっちゃうんですよね。その過程で、瞑想とかアイソレーションタンクとかに出会い、瞑想してたらうまく瞑想できるようになって、瞑想について調べてる過程で現代魔術 っていうのにも出会ってですね。最初は先入観があって、いわゆるお化けが見えるとかUFOとか、TVでやるようなオカルト的なものなんでしょっていう懐疑感を抱いてたんですけど、実はそうじゃないと。

もうちょっとこう、人の精神に対して、アクチュアルに影響を与えるものなんだっていう風に発想がぐるっと変わって、そっからですね。マインドを変えるために、瞑想や儀式も含めて、思考の殻を破る方法があって、それを体系化したのが魔術なんだと。そのタイミングがちょうどアイソレーションタンクに出会ったタイミングでもあったので、どうやって意識して自分の無意識を変えるかみたいなことにすごいフォーカスしていったんですね。

Houxo Que: LLLLさんも不眠症っぽいよね、

LLLL: 不眠症だし瞑想もやってるし、でも最近ちょっとやらなくなったんですけど、で、全然寝てないっていう。でも確かに、瞑想で寝れるっていうのはすごいわかる。

Houxo Que: 不眠症ってどんな感じなの? 寝れないのが続いてさ、寝れないまま次の日いくの?

LLLL: うん、そういう時もあるよ。

Houxo Que: それで眠くなったりしないの?

Nukeme: しないんですよね~。でも最近眠くなるようになった。眠くなるっていう感覚が戻ってきた。

Houxo Que: 俺さ、一度も不眠症になったことないどころかさ、いつでも寝れるんだよね。今この場でも、寝ろって言われたらすぐ寝れるの。

Nukeme: うらやましい。ほんとに、失って初めて気付く系の幸せで、眠りって。なんだろうね、失うと全くわかんないよね。今までどうやって寝てたか。

LLLL: でもほんとに瞑想ってなんか怪しいとかスピリチュアル(笑)みたいに言われるけど単純に変性意識と触れ合うことができるっていうデバイスでは、ほんとにオススメですよね。うまくなったらほんとに楽しいし。

Houxo Que: 瞑想なのかな、俺寝る前必ずスイッチみたいなのがあってさ、妄想始めるのなんか。

LLLL: 無意識スイッチがあるんじゃない?ちゃんとそういう。俺はそれはないんだよね。

Houxo Que: でもそれね、絵描いてる時もあるんだよ。

LLLL: それはなんとなくわかる。

Nukeme: 僕たぶんね、無意識スイッチのつまむところがボキッと折れたんですよ。

Houxo Que: あーなるほどね。

Nukeme: スイッチ触れなくなったんですよ。

Houxo Que: 俺押しすぎて、すぐ入るようになっちゃった。チャタリング起きてる(笑)。

Nukeme – NUKEMECAPS

古き良きインターネット

LLLL: なんかさっき言ってたみんなにオススメしてるっていうのなんだろう?

Houxo Que:野食ハンマープライス」っていう。

LLLL: 「野食ハンマープライス」? へー、なんですか。

Houxo Que: ありとあらゆるものを食べている人のブログなんだけどね、

Nukeme: それいいですよね~。

Houxo Que: これ、ちゃんと美味いか不味いか感想も書いてくれてて、クリオネなんかは信じらんねぇくらい不味いらしい。この人の欲望、なんでも食いたいっていう欲望どっから来るのか全然わかんないんだよね。

LLLL: 俺、最近思ってるんだけど、いわゆるアウトサイダーアート ってあるじゃないですか。

Houxo Que: まあ俺はそのアウトサイダーって言葉そのものがあんまり好きじゃないんだけど、いわゆるその健常かどうかとかそういう話じゃなくて、この人は食の制度としての外側という。

LLLL: うんそうだね、それでも全然いいと思う、外側ね。インターネットのすごいところってこういう、いわゆるアウトサイダー的な立ち位置にいる人の記録がすごく如実に出てくるところですね。

Houxo Que: 産業として制度化されてない食い物たちを美味しく楽しく頂くかという。で、その中でなんか美味いっぽいみたいな、これは美味いっぽいぞみたいな感じでこう探り当てて、きのこやら、やばそうな貝とかを食ってみたりとかして。

LLLL: てか、いたって真面目じゃん、こういう人たちって。茶化してないじゃん、自分のことを。

Nukeme: 「古き良きインターネット」感ありますよね。いかに「いいね」が稼げるかとか、広告的な経済原理にインターネットが巻き込まれてしまった今、こういう、なんの実用性もない、ただの個人の信仰みたいなものが粛々とアップロードされてることにほっこりします。

LLLL: 単純に美しいなと思っちゃいますね、僕。

Houxo Que: 神秘的な空間がディスプレイの中に広がってるっていう話をしたけど、最近テキスト書く為に久々にベンヤミンを読み直していて。古代の社会的機能の中にどういう風に芸術作品があったかというと、古代の魔術の形式だった時に、人に見られると言うのは本当に副次的効果というか偶然おきることにすぎなかった。人間よりも精霊とかに見られることの方がはるかに重要だった。だから芸術作品は見られることよりも、むしろ存在することに意味があるとされてたんだよね。

で、ある種インターネットに過去にあった文化の一つとしてなんかそういう礼拝的な価値っていうのはどこかにある気がしている。SNSっていうのは展示的な価値がに重きを置いていて見られることが前提。いいねをされてシェアされるという力学の世界なんだけど、それに対してやっぱ「古き良きインターネット」って言われるものって、非常に礼拝的で、みんなに忘れ去られてたホームページにまだ残ってたよこのファイルみたいな、まだ残ってたよこのホームページみたいなすごい有り難がられるというか。

LLLL: でもアカシックレコードじゃないけど、インターネットってやっぱり単純に全てを記録しておきたいっていうか記録されるべき場所っていう考えはあるよね。

Houxo Que: まぁひとつの幻想だけどねそれは。決して事実はその通りではないんだけど。でも僕自撮りは魂のアップロードだと思ってるんで。

Nukeme: そうね、自分のかけらをアップロードしていくというか、祈りみたいな。

Houxo Que: そうそう、だから祈りに近いよね、行為としては。

LLLL「Memories (feat. yeule)」(ZOOM LENS, 2017)

Part.3、最終回へつづく)

Main Visual: Houxo Que

Information

Nukeme:
「フリクリクリ展」
18年の時を経て続編公開が発表されたアニメ作品「フリクリ」。フリクリ好きなクリエイターによる作品展示やフリクリ公式資料も展示。

日程: 2018年4月4日(水)〜2018年4月15日(日)
時間: 11:00-20:00
会場: GALLERY X BY PARCO (渋谷区宇田川町13-17)
入場料: 無料

参加クリエイター: ウエダハジメ、陽子、F*Kaori、GraphersRock、Jenny Kaori、NC帝國、Nukeme、Utomaru

Houxo Que:
ATELIAIR (アトリエア)
東京を代表するクリエイターやアーティストが想像をかきたて、「エア」の解釈と新しい表現に挑む場所「ATELIAIR」が期間限定オープンします。一般開放期間中、来場者はこの場所から生み出されていく最先端のクリエイションを体験できます。

日程: 2018年3月17日(土) – 3月25日(日)
時間: 17日(土)12:00 – 20:00, 18日(日)- 25日(日) 11:00 – 20:00
場所: 東京都渋谷区神宮前6-19-21
入場料: 無料
INSTAGRAM: @ateliair_tokyo

参加クリエイター: ALEXANDER JULIAN, BIEN, HOUXO QUE, KENICHI ASANO, KOTA IGUCHI, MAGMA, MAITO OTAKE, MEGURU YAMAGUCHI, YANG02, YUDAI NISHI etc.

Houxo Que『apple』
展示期間: 2018年3月2日(金)- 2018年4月1日(日)
開廊時間: 12:00 – 19:00(木 – 日曜日)
会場: Gallery OUT of PLACE TOKIO
休廊日: 月・火・水曜日 休廊

“この度 Gallery OUT of PLACE TOKIO では、2018年3 – 4月期の展覧会として Houxo Que『apple』を開催いたします。
Houxo Queはグラフィティに出自を持ち、ストリートでの壁画制作を主に作家活動を始めました。近年ではディスプレイに直接蛍光画材を用いてペイントする絵画作品「16,777,216view」シリーズを中心に、現代美術の分野で活動の幅を広げています。
Houxo Queは絵画における光の重要性をしばしば強調しますが、その真意は、現代社会の中で我々が日常的に目にする光の多くがディスプレイから発せられている事に着眼し発表して来た「16,777,216view」シリーズに込められています。今回の新シリーズ『apple』では大胆にも、今や現代人の生活とは切り離せないデバイス(iPhoneやiPadなど)を支持体にしています。
今回展示される作品はインターネットを通して向こう側の世界とリアルタイムに繋がっている現代社会を象徴し、鑑賞者は作品を「見る」と同時に「見られている」と云うアンビバレントな状況に身を置くことになります。鑑賞者に光の深淵を覗き込ませる様な、Houxo Queのリアルタイムな絵画を是非この機会にご高覧ください。(Gallery OUT of PLACE TOKIO、公式ウェブサイトより)”

LLLL:
ZOOM LENS Presents: FATHOM
日程: 2018年4月8日 (日)
時間: 16:00 to 22:00
会場: CIRCUS Tokyo
料金: 2,500yen(Door) / 2,000yen(Adv)

出演:
テンテンコ/Tentenko [LIVE]
Sho Asakawa (PLASTICZOOMS) [DJ SET]
Meishi Smile
LLLL
Yeule [JAPAN DEBUT]
小林うてな/Utena Kobayashi
Ermhoi
Smany & Nyan-Nyan Orchestra

企画: LLLL + UNCANNY

構成: T_L + MMHT

アシスタント:
平田梨紗
1997年生まれ。青山学院大学総合文化政策学部在籍。

神ひより
1998年生まれ、青森出身。青山学院大学総合文化政策学部在籍。音楽藝術研究部に所属。