- INTERVIEWSJune/26/2013
【Interview】Seiho – “ABSTRAKTSEX”
どこか馴染み深い様相を持ちながら、その鋭い感性と複雑な構造的技法でもって、リスナーに常に新しい感覚を与えてきた、関西を代表する最重要アーティスト、Seihoの2ndアルバム『ABSTRAKTSEX』が遂にリリースされた。昨年10月にフリーダウンロード形式で公開された「I Feel Rave」と同時にアルバムのリリースが告知され、その間にも代官山UNITで行われたGold Pandaの来日公演への出演や、Sonar Sound Tokyo 2013では彼が主宰するDay Tripper Recordsの面々がShowcaseという形で出演。そして来る7月に、恵比寿Liquid Roomにて行われるMount Kimbieの来日公演に出演することが決定、もはや彼の名前を聞かない日は無いというほどの人気ぶりである。
『ABSTRAKTSEX』が表現する世界は、淡く、崩れ去りそうでありながら、次の瞬間には違う姿を見せているような、とても曖昧なものであり、内向的でありながら、ひとところに落ち着かず、ふと見せるぎらついた表情が、我々リスナーを驚かせる。留まるべきと当たり前に信じていたことが揺らいでゆく世界観は、類稀なポップセンスとバランス感覚を持つSeiho独特のものであり、「実体を持たない、曖昧な性(行為)」という意味を持つ『ABSTRAKTSEX』という言葉が示すそのままのことでもある。
『ABSTRAKTSEX』を紐解くもう一つのキーは、Seihoが主宰するDay Tripper Recordsの存在である。「ダウンロード配信が主流の今こそ、あえて物として、手触りまでをも楽しめる作品を」というサイトに書かれた文章の通り、Day Tripper Recordsの主な活動はインターネット上で活躍するアーティストのフィジカルリリースである。インターネットというデジタルなフィールドを現実の場へと持ち込むこの試みは、言わば拡張現実にも近いものである。デジタルとフィジカルを交差させ、境目を曖昧にさせるDay Tripper Recordsの活動は、『ABSTRAKTSEX』において一つの到達点を迎えた。また、『ABSTRAKTSEX』の世界観は、今作がDay Tripper Recordsからリリースされたもので無ければ成し得なかったものであろう。
今回行われたインタビューは、Seihoの持つ哲学や世界観、そして『ABSTRAKTSEX』の世界により近づくためのヒントであることは間違いない。関西のミュージックシーンを見つめてきた彼が見る世界とは一体どんなものなのだろう。
//『ABSTRAKTSEX』について//
_今回発売される『ABSTRAKTSEX』ですが、今作はどのようなコンセプトにおいて作られたものですか?
バラバラの曲の中から自分が作りたいサウンドをまとめていって、アルバム全体を構築していきました。タイトルにも関わることなんですが、『ABSTRAKTSEX』というタイトルをつける前に90年代前半の情報誌を読んでて、インターネットを通じたコミュニケーションの話でバーチャルセックスの記事をとくに色々と読んでいました。チャットセックス的なものから、物理的に快楽をデータ化して相手に転送してみたいなものまで色々あって、そういうとこが今回のアルバムには色濃く反映されてるかな、と。
_今作には「Diamond Cloth」「Digital Elite」「Gynoid Feminism」といった、無機質なもの/機械的なものを連想させるタイトルの楽曲が多く収録されていますが、そういったインターネット的な部分が関わっていたりもするのですか?
インターネットももちろん関わってます。ただ、僕の中では無機質なものと有機質なものの間が好きで、シリコンドール的な(笑)。冷たいのに、シルクみたいな手触りで、肉体的な温かみもあって、すぐに折れそうで崩れそうな柔らかさと、いきり立つ硬さが共存してるような。
_『ABSTRAKTSEX』には、RolandのTR-808の音や、MIDI音源の様なスラップベースの音等、懐古的な音を多用したトラックが多く見られ、また、先日もMIDI音源をフィーチャーした「Someone To Call My Lover (Seiho bootleg mix)」を公開していました。その様な音を使うことにこだわりはあるのでしょうか?
あえて”懐古的”な音をつかってるわけではないです。ただ、僕は既知感をうまく利用した音楽にすごく興味があります。サンプリングとかオマージュのようなものから、もっと広い概念的なものまで。GM音源を聴いて、普通の女の子とかが「カラオケみたい」っていうことって凄く面白くて、曲単位とかではなく、音とイメージがセットになって認識されてるものが世の中にはいっぱいあるんだなと。TR-808や909の音、レイブピアノ、全て同じ理由で使ってます。
_なるほど。
付け加えて、その音とそのイメージみたいなのは、さっき言ったような懐古的なものだけじゃなく「Seihoの音」って部分でもかなり意識はしてます。これはAvec Avecとよく話すことで、お分かりのとおり彼もそれを凄く意識してると思います。
//作りたいものは様式ではなくその造形や哲学//
_楽曲についての質問に移らせていただきます。「Evning (with Phoenix Troy)」ですが、参加しているPhoenix Troyはイギリスのアーティストということで、今作でコラボレートするにあたりどういう経緯があったのでしょうか?
SoundCloudで、「Evningにラップのせたから聴いてよー」的な感じでPhoenix Troyからメッセージがあって、そのボーカル、彼の他の作品を聴いて彼の独特の声と凄くロマンチックな部分に惹かれて正式にオファーして一緒に作ることになりました。
_『ABSTRAKTSEX』には、全体的に煙たいような、気だるいようなオーラが流れているような感じがするのですが、Phoenix Troyのラップはまさにそれ、という感じがしました。
そうですね。あの粘っこい声が僕のトラックに合ってると思います。ただ、歌ってることは凄くロマンチックなんですけどね。簡単に言えば「僕のかわいいベイビーちゃん」って内容です(笑)。でも、汚い言葉が全然なくて。美しいんです。
_4曲目の「Diamond Cloth」は、普段のSeihoさんの音に比べて、非常に重厚な仕上がりで、ここからどうなるんだろう、という気持ちを引き立たせてくれますね。
あの曲だけミックスの方法論も全然違うんですよね。
_なるほど、そして、5曲目「Hell’s Angels」や6曲目「Digital Elite」では、Trap的な音をSeihoさんの音に昇華したような印象があります。先日のSonar Sound Tokyo 2013のライブでも途中でTrapの様な展開が入りましたが、SeihoさんはTrap Musicをどのように解釈していますか?
Trap、Juke、今で言うとジャージー(Jersey Club)とかもそのジャンルの礼儀作法とかはあると思うのですが、僕の中では、これもさっき話した通り、様式の既知感なんですよね。ただ、Trapに関しては特殊で、もともとサウス系のヒップホップは苦手でした。だけどヒップホップを歴史的に遡って聴くと、サウスの良さが理解できた瞬間があるんですよね。これはテクノとか、ノイズミュージックとかも同じで、ある瞬間に理解できるときがくるんですよ。これは他のインタビューの時に出た話しなんですけど、ウニが苦手だったのに北海道で食べてウニが食べれるようになりました、的な。それと僕自身は、様式にはあまりこだわってません。様式というか、出来上がったものの最後の艶出しやそれを構成する音色みたいな原材料などに今はこだわりがなく、作りたいものはその造形であったり、そもそも形に見えないようなもっと哲学的な部分であったり。
_ジャンルミュージックの様式を使うことで、そのジャンルを表現するのではなく、最終的に完成する造形の為にそういった音を使う、ということでしょうか?
そういう感じです!
_なるほど。そして、個人的にですが、5曲目「Hell’s Angels」〜7曲目「I Feel Rave」の展開が凄く好きで、その辺りを何度も繰り返し聞いています。
嬉しいです。そうですね、1曲目〜3曲目、5曲目〜7曲目、7曲目〜11曲目、このまとまりは結構意識しましたね。
//『ABSTRAKTSEX』における「I Feel Rave」とは?//
_そして7曲目「I Feel Rave」は言わずと知れたSeihoさんの代表曲ですが、今回新たにMVが撮影されました。シンプルな映像と後半の展開が印象的なMVですが、何かモチーフやテーマなどはあるのでしょうか?
今回のジャケットの案が YouTubeの音楽チャンネルのオマージュで、あのモチーフは決まってました。
_ジャケットが先だったんですね。
そうですね。MVはそれに合わせて作っていて、タンブラーで流れてくるような綺麗で可愛くてちょっとエロい女の子の短いシーケンスを組み合わせて作りたかったのであぁいう形になりました。でも、そのバラバラのシーケンスを通してみることで何か別のエモーショナルが出てくる流れにしたかったんです。あと海外の女の子のセーラーが見たかったんです。
_バラバラだったいくつかの像が、並べられることで一つの形になるのは、まさにタンブラー的ですね。後半の、女の子が花瓶やテレビを壊すシーンも凄く印象的でした。
今回は撮影も編集も全部一人でやったので、結構好き勝手やりました。
_「I Feel Rave」は昨年10月にフリーダウンロードで公開されてから非常に大きな反響がありました。単曲で聞いてもやはり素晴らしいのですが、アルバムの中でも他の楽曲を引き立たせるような位置に立っており、違った耀きが感じられました。アルバム内のどういう位置に置こうか、など、やはり考えたのでしょうか。
うーん。これに関しては色々思うことあります。「I Feel Rave」はメイン料理ですけど、僕が本当に食べてもらいたい料理は他にあります。よく使うたとえがあるんですが、僕がレタス農家だとしておいしいレタスを作ることに努力するのはあたりまえなのですが、レタスそのものをお客さんに皿に乗せて出すより、僕はそのレタスがもっともおいしく感じられるハンバーガーとか他の料理を作ることをいつも考えています。「I Feel Rave」はまさにそういった存在ですねー。
_なるほど。9曲目「Clipping Music」も昨年末に公開された作品です。手拍子のビートと高速のリズムが特徴的ですね。この楽曲の土台はJuke的な要素から持ってきたものですか?
いえ、Drum’n’bassです。でも基盤になってるのはAutonomicです。Submerse – Tearsにインスピレーションを受けました。
_なるほど。そして、「Clipping Music」に続く「Gynoid Feminism」「Heaven」もアルバムの中で繋がって展開しているように感じられました。収束に向かってヒートダウンしながらも、要所要所で印象的な展開がある感じが格好良かったです。
ここらへんはリスナーへのリップサービスというより、個人的な嗜好で。やっぱりループをベースにしてるけど、「曲」を作ってる意識が強いんですよね。
_確かに、「Heaven」もフィナーレを飾る様な盛り上がりが最後に見えたり、自由に作っている感じが強くします。
そうですね。
//Day Tripper Recordsから見たフィジカルとデジタル//
_最後に、Day Tripper Recordsについてお聞きします。現在Seihoさんが主宰されておりますDay Tripper Recordsは、関西を中心に活躍するアーティストや、インターネットに存在する隠れた才能をCD、カセットといった形式で多数リリースしています。Seihoさん自らもフリーダウンロードを積極的に行う中、一方Day Tripper Recordsとしてはフィジカルをリリースし続ける、このこだわりは素晴らしいものだと感じました。そこで、Seihoさんが考える、デジタルとフィジカルそれぞれの立ち位置について教えていただけたらと思います。
Day Tripper Recordsはデジタル配信やネットレーベルがありきで作りました。ネットレーベル的な立ち居地でフィジカルをリリースすることができないのか、と。僕がフィジカルにこだわっている理由はいくつかあります。ひとつは、ものが好きだから。学生の頃、Day Tripper Recordsを始める直前にプロダクトのデザインをする機会があり、やっぱり物が出来上がったときの感動、それが誰かの手に渡ったときの感動はいまだに興奮します。あとは、ベタな言い方をするとアルバム単位で聴く音楽のあり方についてです。音楽に優劣はありません、だから一曲で聴く音楽、iPodに入れて聴く音楽、どれも僕はすばらしいし、それぞれの特性があると思っています。
_なるほど。
ただ、その中でアルバムをCDデッキに入れて通して聴くこと、カセットプレイヤーをリサイクルショップで買ってきて、僕らの音楽を聴くこと、これも音楽体験としてすばらしい事なんですよね。あとは、作り手の話で。更新不可能で、これからも残り続ける”もの”をつくることでクリエイターは一歩前進します。物になって店頭に並んで、誰かの手に渡って、その人の家でずっと保管されることを前提に作る音楽は決断と責任などを伴うと思います。
_情報の書き換えが効いて、無限にそれが生産されるデジタルという環境と、生産が制限されて固定されるフィジカルという環境、という対立は僕もDay Tripper Recordsと触れてから考えているテーマの一つでした。逆に、個人的な話ですが、初めてネットレーベルに触れた時、気軽に作品をコンパイルできる楽しさも感じました。
そうそう。そういうことですよね。でも、データもネットに放出された段階で同じような影響はあると思うんですが。Twitterの発言とかFacebookの写真とかまで、意識するのはしんどいし、この情報過多の世界に浸るのも楽しいし。まぁ、一長一短あるってことですよね。
_なるほど。
あと、自分で手を動かしてカセットのジャケット作ったり、お店に営業行ったりすることで作品に愛情がどんどん増していくんですよね。これはレーベルやってみて気がついて本当によかったことです。
_最後に、Day Tripper Recordsで今後リリース予定のアーティストなど、差し支えなければ教えていただけますか。
Harada Yusakuくんのカセットと、eadonmmのCDですかね。あとは、デモテープなど随時募集してます。色々な人と関わって、色々な人の曲をリリースしたいです。
_ありがとうございました。
取材・文:和田瑞生
1992年生まれ。UNCANNY編集部員。ネットレーベル中心のカルチャーの中で育ち、自身でも楽曲制作/DJ活動を行なっている。青山学院大学総合文化政策学部在籍。
Artist: Seiho
Title: ABSTRAKTSEX
Number : DTR-010
Price : 2,520yen
Release Date: 2013/6/19
Digipak CD
1. I Remember RHEIMS
2. Evning (with Phoenix Troy)
3. One More Dressed to Kill
4. Diamond Cloth
5. Hell’s Angels
6. Digital Elite
7. I Feel Rave
8. Silent Creek
9. Clipping Music
10. Gynoid Feminism
11. Heaven