ARTIST:

Boards of Canada

TITLE:
Tomorrow’s Harvest
RELEASE DATE:
2013/06/05
LABEL:
Warp Records / Beat Records
FIND IT AT:
Amazon
REVIEWSJune/25/2013

【Review】Boards of Canada | Tomorrow’s Harvest

 ジョン・カーペンター監督による、1988年公開の『ゼイリブ』(They Live)というSFカルト映画がある。この映画は、「OBEY」のポスターで知られる(あるいは、オバマ大統領をモチーフにした「HOPE」のポスターで知られる)シェパード・フェアリーのインスピレーションの元になったとも言われている作品だが、その設定は以下のようになっている。

 実は、世界はすでにエイリアンに支配されており、エイリアンに協力した者だけが、特権階級の仲間になることができる。エイリアンは人間になりすましているため、通常では全く気がつかない。ところが、あるサングラスをかけると、人間になりすましたエイリアンの姿が見え、さらに、サングラス越しからは、テレビや街の広告に組み込まれた「OBEY(従え)」「STAY ASLEEP(眠っていろ)」「CONSUME(消費しろ)」「NO THOUGHT(考えるな)」といった隠された支配者からのメッセージが見える。

 これは、もちろんフィクションだが、仮に現実になった場合、私たちはいくつかの選択に迫られる。エイリアンと戦う、エイリアンの仲間に入れてもらう、何もせずにやり過ごす……など。事実、現実の社会は、『ゼイリブ』の世界のようなものである。そして、その歪んだ象徴秩序を前にして、私たちは常に大なり小なり選択を迫られながら生きている。あるいは、システムの中で生活していることそのものに最後まで全く気がつかないこともある。映画『マトリックス』の中で描かれた仮想現実の世界で眠るように。

 エレクトロニカという、ひとつの音楽カテゴリーが世界的に流行したのは、2000年前後になる。日本でもSTUDIO VOICE誌が、2001年の11月号で「ポストテクノ/エレクトロニカの新世紀」という特集を組んでいる。当時、オウテカ、ボーズ・オブ・カナダが所属したマンチェスターのレーベル〈Skam〉、プレフューズ73のデビュー・シングルをリリースしているマイアミの〈Beta Bodega〉、リチャード・デヴァイン、プレフューズ73の別名義でもあるデラローサ・アンド・アソーラ、オットー・フォン・シラクなどが所属した〈Schematic〉、マシーンドラム、マルコム・カイプなどが所属した〈Merck〉など、その他多くのレーベルから数多くのエレクトロニカに区分け可能な作品がリリースされた。そして、ボーズ・オブ・カナダは、後に〈Warp〉に移籍し、1998年に〈Skam〉との連名でファースト・アルバム『Music Has The Right to Children』をリリースしている。

 本作、『Tomorrow’s Harvest』は、そのボーズ・オブ・カナダの8年ぶりとなる新作となる。事前のリリース情報を複雑なかたちで提供し、ファンに解読させるといったPR手法が話題となったが、溢れる既存のメディアの中に隠されたコードを探し当てさせる行為そのものもまた、彼ららしいスタイルと言えよう。

 アルバムはこれから始まる物語全体を暗示するような「Gemini」で幕を開け、リード・シングルともなった「Reach for the Dead」へと続く。同曲のミュージックビデオでは、砂漠と廃墟となった家屋が映されているが、アルバム全体のイメージを象徴した映像に仕上がっている。「Jacquard Causeway」、「Cold Earth」、「Split Your Infinities」など、陰鬱なサウンドが続くが、後半の「Nothing Is Real」、「Sundown」、「New Seeds」などは、「Reach for the Dead」のミュージックビデオの中でも描かれているような、荒廃した世界に存在する不思議な美を想起させる。

 また、ボーズ・オブ・カナダの特徴のひとつは、その洗練されたメロディだが、チルウェイヴのそれとは思想の部分で異なる。チルウェイヴが現実逃避の音楽だとすれば、ボーズ・オブ・カナダの音楽は、むしろ現実を炙り出す。先述した2000年前後のエレクトロニカ作品の多くは、後のチルウェイヴとは異なり、そのような背景を持っていた。例えばマイアミの〈Beta Bodega〉は、ライブを行う時はフェイスマスクを被ることで匿名性を維持し、リリースするすべてのアートワークに政治的なメッセージを加え提示していた(当時は、世界同時多発テロが発生し、世界が動揺していた時期でもあった)。

 今作に於けるボーズ・オブ・カナダは、当時のエレクトロニカのそれとも異なっている。今作は、ポスト・エレクトロニカ、ポスト・チルウェイヴでもない、いずれにしても、どのジャンルとも言えない独自性を持つ。ひとつ、変わらないのは、UKチャート7位、USビルボードチャート13位を獲得する存在になっても、彼らが今でも巨大なシステムとは真逆のインディペンデントな立場にいることだろう。彼らが登場してからすでに20年以上が経過しているが、いまだに彼らは、盲目的に従うことにも、眠り続けることにも、考えることをやめてしまうことにも抵抗する存在であり続けている。

レビュー/文・T_L (UNCANNY)