INTERVIEWSNovember/13/2021

[Interview]Arushi Jain - Under The Lilac Sky

   

 インドに古くから存在する演奏体系であるラーガは、特徴的な音階のみにとどまらず、演奏するのに相応しい時間帯、感情といった諸要素によって分類され、その種類は幾多にも及ぶ。インドのデリー出身、現在はニューヨークを拠点とする、Arushi Jain(アルシ・ジャイン)は、この複雑な理論を軸に据えたインド古典音楽を、モジュラーシンセサイザーを用いることで現代的な電子音楽に昇華し、独自のサウンドスケープを展開するアーティストだ。

 本インタビューでは、〈Leaving Records〉から発表され、国内盤は〈PLANCHA〉よりCD盤として今秋発売された彼女のアルバム『Under the Lilac Sky』の制作背景を中心にその詳細を聞いた。

__今回のアルバムを〈Leaving Records〉からリリースすることになった経緯について教えてください。

〈Leaving Records〉から、今回の私のアルバム『Under The Lilac Sky』をリリースしたことは、まさに運命的だったと思います。Matthew(〈Leaving Records〉のレーベルオーナー、Matthewdavid)と私は、2018年の初めに、LAに行ったときに知り合いになりました。あるとき、公園で行われる〈Leaving Records〉の有名なイベントに行ったことがあります。イベントには一人で行きました。それが私にとって、一番わくわくする理想的な楽しみ方なんです。あのときの公園でのイベントは本当に特別なもので、〈Leaving Records〉のコミュニティからとてもよいエネルギーをもらいました。

Matthewは、私の作品『With & Without』を聴いてくれて、今回のパンデミックの間に開催された〈Leaving Records〉のオンライン配信のプロジェクトでの演奏も依頼してくれたんです。パンデミックの間、私はアルバムの制作に没頭していたのですが、どうリリースするかはまったく考えていませんでした。でもその後、アルバムをどこでリリースするか探していたときに、Matthewから突然メッセージが来て、私のことが少し話に出ていて、彼は私のことをずっと考えてくれていて、もし私が持っている音源で、〈Leaving Records〉からリリースしたいものがあれば、ぜひ聴きたいと話してくれました。そしてまさに私は、フルアルバムを完成させていたんです。

__幼少期から、あなたの故郷である北インドの伝統音楽、ヒンドゥスターニー音楽のヴォーカルトレーニングを始めたとのことですが、その時期に、技法だけではなく、その音楽の持つ文化的な意味についても学んだのでしょうか。

はい、そうです。ヒンドゥスターニー音楽の文化的な意味についても多くのことを学びました。私はその文化の中で生き、生まれ育ったのです。ただ、ヒンディー語や多くの曲で書かれている古い方言を理解していないために、音楽において見過ごされている文脈はたくさんあります。多くのテクストは、献身や愛について書かれていますが、私が若い頃はその意味を十分に理解していませんでした。恋をしたこともなければ、崇高な力を信じる必要性を感じたこともなかったので、私が幼いために理解できないことを歌うようなこともありました。もちろん、音楽への敬意に加えて、先生への敬意、年長者への敬意といった、文化的な実践もありました。

__工学とプログラミングを学ぶために、アメリカのスタンフォード大学へと進学したとのことですが、その頃の将来のビジョンはどのようなものでしたか。音楽家として、それらの知識を応用するアイデアはすでに持っていたのでしょうか。

スタンフォード大学に1年生として入学したとき、私はグリーンアーキテクチャーを学びたいと思っていました。しかし、スタンフォード大学には、コンピュータサイエンスのクラスを取るように促され、最終的にはソフトウェア・エンジニアになる道を選びました。

実は、大学で音楽の道に進むつもりはありませんでした。大学のアカペラグループに入ろうとは考えていましたが、オーディションのときに、ヒンディー語で歌っていると、英語で歌うように言われることが多くて、それが私にとっては少し難しいことだったんです。とても辛い経験でしたね。とても不安に感じてしまって、歌うのを完全にやめてしまいました。大きなカルチャーショックでした。それからしばらくして、大学4年生の後半になって、大学のCCRMA(Center for Computer Music and Research in Acoustics)のクラスを受講したとき、そこでコンピュータサイエンスと音楽を結びつける方法を見つけ出したんです。

__プレスリリースでは、今作『Under the Lilac Sky』は、夕暮れ時のラーガを集めたもので、日没から夜にかけて聴くことを推奨している、と説明されています。夕暮れの時間帯を選択したのはなぜですか。

この時間帯を選んだのは、純粋に私が音楽を作りたいと思った時間だからです。私はフルタイムの仕事をしていますが、パンデミックの間、仕事が終わってから何時間も音楽、特にこのアルバムの制作に没頭することがよくありました。こうした時期だったので、姉以外の誰とも交流せず、サンフランシスコのカストロ地区を夕暮れ時に一人で散歩したり、尊敬するアーティストの夕暮れ時のラーガ演奏を聴きながら、自分自身を見つめ直したりすることもありました。そうしていると、頭の中が真っ白になり、気分が高揚してきて、パンデミック中のこの個人的な素晴らしい体験をすべての人々と共有したいと思ったんです。まさに音楽は、人生を人々と共有するための私の手段とも言えますね。

__同じく、プレスリリースであなたは「より深く聴けば聴くほど、より多くの色合いが見えてきます」と説明しています。この色合いを見せるという部分で、制作にあたり特に意識したことはありますか。

音楽を聴くということは、私にとってその意図が大切だと考えています。なぜあなたはここにいるのか、なぜ特定の作品を聴こうと思ったのか、疑問に思いませんか? 疑問を持たず、ただ単に娯楽として聴いていたのであれば、そのアルバムが持つすべてのものを受け取ることはできないと思うからです。

『Under The Lilac Sky』は、自分の内面に触れることができ、制作していてとても楽しかったのですが、同時に自分自身についても多くのことを知ることができました。これは私が、私の作品を聴いてくれるみなさんに望むことでもあります。しかし、自分のことを知るためには、自分で努力しなければなりません。このアルバムは、あなたを導くことしかできません。あなたが個人的な習慣の何かをしているとき、あるいは散歩に出かけているとき、朝のコーヒーを入れているとき、朝思いついたことを書き留めているときなど、あなたが自分自身のために行っていることの何でもいいのですが、このアルバムはガイドであり、手引きであり、平凡になりがちな毎日の中に存在する驚きや奇跡を思い出させてくれるためのアルバムなのです。

__同じくあなたは、作品における人間の声の大切さについても言及しています。さまざまな楽器がある中で、人間の声はどのようなものと捉えていますか。

私の声は、私だけのものです。あなたの声があなただけのものであるように。つまり、私の声帯は唯一のものとして作られているので、私と同じ楽器を持っている人は世界中に一人もいないと言えます。だからこそ、重要でない訳がありませんよね。もし何かをあなたらしく響かせたいのであれば、あなたにしかないものを使ってみてください。そうすれば、いつまでもあなたにとって、唯一のものであり続けることになると思います。

__アートワークでもモジュラー・シンセサイザーを携えている写真が採用されていますが、音楽制作において、モジュラー・シンセサイザーを選択したのはなぜですか。

私がモジュラー・シンセサイザーを選んだのか、モジュラー・シンセサイザーが私を選んだのかはわかりません。でも、実際に触って作業して、作ってみた瞬間に、この楽器だと思いました。私の脳がそれを理解したのです。その理由の大部分は、私がソフトウェア・エンジニアとしての経歴を持っていることと関係していると思います。私がモジュラー・ユニットを理解する方法は、エンジニアとして考えるように長年訓練してきたことで培われたものです。とにかく楽しいので、出会えたことはとても幸運だと思っています。

__「意図的に聴くことでリスナーを自分自身の内面へと誘います」とあなた自身が解説するように、本作は極めて瞑想的なものになっています。現在起きている、世界的なパンデミックのような混沌とした環境の中において、音楽が導く瞑想について、あなたの考えを聞かせてください。

私の音楽は、聴く人にとって瞑想的な作品だと思います。なぜなら、私が音楽を作る過程は、とてもリラックスしていて、極めて内省的なものだからです。私にとって作曲は瞑想でもあります。そしてパンデミックの間、アルバムを制作することで、私は正気を保つことができたのです。解放ですね。人によって対処法は異なりますが、音楽が自分自身に忠実でいることを助けてくれるのであれば、それに反論する人はいないでしょう。パンデミックの影響で、人々が幸せを感じていた人生の一部につぎ込む機会を失ったとすると、これまで以上に、自分自身を探求するための別の手段を模索する機会があると言えます。音楽はそれを提供してくれるものだと思います。

__現在はニューヨークへ移住したとのことですが、今後の活動予定について教えてください。

新しい挑戦をしたいと思ってニューヨークに引っ越しましたが、今のところとても良かったと思っています。ときどき、自分がここで何をしているのかよくわからなくなることもありますが、辛抱強くいようと心がけています。また、そうしたときは、時間が解決してくれると信じています。次のアルバムを作るのが楽しみです。それがもうすぐ実現することもわかっています。次々とアイデアが生まれ、エネルギーも高まっているので、待ち切れませんね。

Under the Lilac Sky:
1. Richer Than Blood
2. Look How Far We Have Come
3. The Sun Swirls Within You
4. My People Have Deep Roots
5. Cultivating Self Love
6. Under The Lilac Sky
7. Live at MEZZANINE, San Francisco 2019 (excerpt) [Bonus Track]

 

Photo by  Ishita Singh

 

インタビュー・翻訳・文:浅井虎太朗、綾村翔太、栗原玲乃、高島多希(UNCANNY, 青山学院大学総合文化政策学部)
編集:東海林修(UNCANNY)