ARTIST:

Anderson .Paak

TITLE:
Malibu
RELEASE DATE:
2016.1.15
LABEL:
Steel Wool / OBE / Art Club / Empire
FIND IT AT:
REVIEWSJanuary/19/2017

[Review]Anderson .Paak | Malibu

 本作『Malibu』は、Anderson .Paakが自らの出自を背負った新たな名前による再出発に際して、異なるアイデンティティ、過去と現在の自分、異なる音楽性全てを共存させ、その間に自らの精神的充足を見出そうとする本人自身によるドキュメントであり、アメリカという国がアメリカン・ドリームの追従者を招き入れ、また再び排斥しようとしている状況下における貴重な試みである。

 狂乱の国家、アメリカ。マーティン・スコセッシが2013年の映画『ウルフ・オブ・ウォールストリート』で半ば皮肉も込めて描写したのは、アメリカン・ドリームの信奉者たちの狂乱と、それでもなお我々を魅了するその魔力だった。そして、新大統領トランプの誕生。今では個々の感情や信念が真実を駆逐する状況―”Post Truth”の時代が到来し、あの映画のような出来の悪いコメディにしか見えない現実が、日々ニュースとして垂れ流されている。信念は別の信念と対立し、異人種間、階層間の緊張、対立はメディアによって煽られるばかりだ。

 一方、あの国はそれでもなお、アメリカン・ドリームの名のもとに、出自の異なる人々が時にその才能を発揮させる懐の深さを垣間見せることがある。昨年、最もそのことを実感させたのはAnderson .Paakの活躍だった。

 ロサンゼルス郊外のオックスナードで、黒人の父と韓国人の母との間に生まれたその男は、かつてはBreezy Lovejoyという名義で活動していた。普段はマリファナ農園で働きながらもアンダーグラウンドで活動していたが、ある時その農園を解雇されてしまう。その時彼には妻と生まれたばかりの赤子がいた。しかし、捨てる神あれば拾う神あり、ホームレス寸前の家族を救ったのは、Sa-Raの中核として西海岸に聳えるShafiq Husaynだった。以後、彼の音楽制作を手伝う一方、徐々にソロとしての活動も増やし、2014年にはAnderson .Paak(朴は母親の名字)という自らの出自にまつわる名前に改名する。

 以降の活躍は周知の通り。デビューアルバム『Venice』(2014)のリリース、KnxwledgeとのユニットNxWorriesでの活動と、その楽曲が認められDr.Dre『Compton』(2015)に異例の6曲参加、A Tribe Called Quest復活作への参加、そしてグラミー賞ノミネート……とまさに破竹の勢いでの快進撃。たった2、3年でここまでの実績を築き上げたのはもちろん、新人としての注目度の高さも影響しただろうが、下積み時代に培われた驚異的なドラミング能力と、記名性の高いユニークながらも伸びやかで艶のある(本人も影響のひとつとして語る(*)、Goodie MobのメンバーだったCeeLo Greenのような)ヴォーカル・スタイル、師の影響も感じさせる音楽性の高さ等々、本来持っていたミュージシャンとしてのポテンシャルの高さが一気に開花したと見るのが妥当だろう。

 そして、本作『Malibu』自体も現在のアメリカのブラックミュージックと、それにクロスする音楽をも巻き込んだ大きな流れを瞬間的にドキュメント、または予期したような象徴的なアルバムだった。

 一つ目の大きな流れとして挙げられるのは、生演奏的質感を持ったヒップホップ、R&B/ソウルの潮流の多様化だろう。ヒップホップで言えば、Chance the Rapper『Coloring Book』(2016)におけるゴスペル表現にトラップも取り入れたクロスオーバー化、現代におけるポスト・Pファンク的表現を模索するために豹変したChildish Gambino『Awaken, My Love!』(2016)、〈Stones Throw〉的ビート感をバンド演奏も交えてアップデートするMndsgn『Body Wash』(2016)等、いくつもの作品で単なる生演奏化に留まらない表現が見られた。

 本作『Malibu』で見れば、バックバンドThe Free Nationalsのソウルフルな演奏に、ゴスペル、トラップ、フューチャービーツ等、多様な音楽が入り混じり、Anderson .Paak独自の作品として昇華されている。このような多様化がもたらされた背景には、ブラックミュージックの先端においてゴスペルやファンクといったプリミティブな表現に俄かに注目が集まり、如何にして現代的な文脈に接続するかという試みが増えている状況も一つの要因として考えられるだろう。あるいはそれは、過去の音楽的アーカイブを自分たちで再解釈して再現し直す、一つのサンプリング表現とも言えるものかもしれない。

 二つ目の大きな流れは、ヒップホップからクラブミュージックにまで至るアメリカ西海岸の台頭だ。本作で言えばScHoolboy Q、The Game、Dem Jointzの参加が象徴するのは、重鎮から新世代までが世代交代を重ねながら切磋琢磨するGファンク以降のヒップホップ、Madlibが象徴するのはJ.Dillaの遺志を受け継いだLow End Theoryのビート、POMOやKaytranadaらが象徴する主に西海岸を中心として盛り上がったフューチャービーツといったように、現在の西海岸の様々な側面が本作では集約されている。

 さらに、そのような流れの中に垣間見えるのは、いわゆるJazz the New Chapter(JTNC)と呼ばれる新世代のジャズ・ミュージシャンたちの活躍だ。インタールード「Water Fall (Interluuube)」では、Robert Glasper、Chris Dave、Pino Palladino、Isaiah Sharkeyといった、Kendrick LamarからD’angeloにまで繋がるミュージシャンたちが参加し、本作で主にキーボードを担当したSam Barshはイスラエルの才人Avishai Cohenの作品からKendrick Lamar『To Pimp a Butterfly』(2015)にまで参加した強者である。

 直接の参加ではないが、「Without You (feat. Rapsody)」で9th Wonderが大胆にサンプリングしたのは、Hiatus Kaiyote 「Molasses」のメロウなトラックに漂うエクレティックなムードそのもの。『Malibu』全体で見ても、冒頭のジャズ色も強い「The Bird」から常に漂うエクレティックなムードは、単なるフィーチャー以上に現在のジャズの文脈と共有するものがある。

 しかし、これだけでもまだ咀嚼しきれない魅力が本作にはある。それは西に留まらず東海岸からシカゴ、アトランタといった中西部、南部にまで至る広大な音楽的文脈を繋ぎ、過去と現在を共存させることができる高い音楽性とその裏に潜む試みだ。

 東海岸寄りの文脈では、Talib Kweli、9th Wonder、Hi-Tekといったベテランたちが、「The Season / Carry Me」「Come Down」という本作でも中核となる楽曲に参加し、シカゴからはBJ the Chicago Kidが「The Waters」にて、業界の荒波を海に例え共鳴する。その広大な文脈を繋ぐ手腕は、時にOutKastにも例えられるが、特にOutKastの『SpeakerBoxxx/The Love Below』(2003)はAnderson .Paak自身にとっても重要な作品であり、現在のKanye WestからFrank Oceanにまで至る先進的な表現を切り開いたアルバムと評価している(*)

 つまり、西と東の血に南部の先進的な遺伝子が加わり、『Malibu』の中ではモータウンのソウルからブームバップ、トラップ、フューチャービーツに至る過去と現在が交錯する中、本作ではそれらが違和感なく共存している。楽曲の構造だけでなく声のエフェクトやリバーブの効果によって音同士の遠近感や結びつきを、カットアップ/コラージュのように巧みにずらし配置するミックスの手法にもその秘密は潜んでいそうである。

 さらに、本作の裏に潜む試みとは何か。最後の楽曲「The Dreamer」の冒頭では、60年代のサーファーのドキュメンタリーからサンプリングされたこんな声が挿入されている。

“I enjoy some of the old and I enjoy the new. And if I can find a balance between it, that’s where I find my satisfaction(ぼくは、古いものも新しいものも楽しむ。 もし、その間にバランスを見いだせるなら、そこはまさにぼくが満足する場所だよ)”

 過去と現在の間に橋を架け、その間に自らの居場所を模索するという試み。薬物中毒の父を抱え、暴力に怯える過酷な経験を経た少年時代、黒人の血と韓国人の血という異なるアイデンティティ。そんな少年の感情の捌け口、内省を促し、問題に対処するための唯一の手段は音楽であり(**)、『Malibu』の多彩な音楽性は、幼少期から母や姉たちが聴いていたソウルやR&B、ヒップホップを聴いて育ち、バプティスト教会のゴスペルに衝撃を受け、Dr.DreやSnoop Doggに熱狂した音楽的記憶そのものだ(*)

 そして本作では折に触れ、彼自身の過去、家族のことが回想的に触れられる。人生とは物語であり、その解釈は多様に存在し得る。Anderson .Paakにとって人生は音楽とともにあり、過去と現在の様々な文脈を繋げ、再解釈して新たな音楽を創造すること、それは自らの出自、苦難、記憶といった過去の自分と、現在の自分を繋ぎ直し、新たな物語を紡ぐことに他ならない。アメリカで出会った異なる血の両親のもとに生まれ育ち、アメリカで家族を作り、憧れの場所へ。そして、いま再びアメリカによって排斥されようとしているのは、そうした人々の物語だ。

 しかし、もはや今のAnderson .Paakにとってその活躍する領域はアメリカだけに留まらない。最初はK-Popのソングライターとして頭角を現し、現在ソロでの活動に注目が集まる韓国人シンガーDEANとのコラボレーション「Put My Hands on You feat. Anderson .Paak」や、日本を拠点に活動するB.S.C Crew創設者であるクウェート人MC/プロデューサー2RABUとのコラボレーション「Freedom-2RABU feat. Anderson .Paak & DJ taiji」等、異なる境界に橋を架ける動きはますます加速している。Flying LotusやPharrell Williamsとの共演、The Free Nationalsの新作のニュースも報じられたばかりだ。

 「The Dreamer」で彼の姪たちからなる聖歌隊、Timan Family Choirはこう繰り返している。

 ”Don’t Stop Now, Keep Dreaming(踏み止まるな、夢を追い続けるんだ)”

 狂乱の国家アメリカ、そしてその夢を追う者たち。今後も私たちが、彼が追うその夢の行く先に注目する価値は大いにあるだろう。

参考文献
(*)…Pitchforkのインタビューより
http://pitchfork.com/features/rising/9827-anderson-paak-and-the-power-of-positive-rb/

(**)…Rap GeniusのAnderson. Paak自身による投稿より
https://genius.com/8710547

文・宮下瑠
1992年生まれ。得意分野は、洋楽・邦楽問わずアンダーグラウンドから最新インディーズまで。UNCANNY編集部員(非常勤)。