ARTIST:

Earth Trax × Newborn Jr.

TITLE:
Sax & Flute
RELEASE DATE:
14 October 2016
LABEL:
Rhythm Section International
FIND IT AT:
Bandcamp
REVIEWSNovember/17/2016

[Review]Earth Trax × Newborn Jr. | Sax & Flute

 ここ数年、ディープハウスの状況が変わってきている。いや、あるいは十数年の話か。元々はシカゴから生まれ、MoodymannやTheo Parrishらを通して脈々と受け継がれ、更新されてきたディープハウスは、NY・デトロイトによる深化を経たのち、徐々にUK~ヨーロッパへも伝播し、Floating Points、Dekmantel周辺等による文脈の複雑化・再構築を経て、ロウハウスの文脈へ、そしてオーストラリア、カナダといった周縁へ。

 J Dilla以降のビ-ト、ドイツのBerghain / Panorama Bar周辺やスペイン、イタリア、北欧のディープテクノによるハードミニマル、ミニマルダブの更新、北欧のニューディスコ/バレアリックの台頭といったヒップホップ、テクノ、ディスコの出来事とも複雑に絡み合いつつ、それはじわじわと雪解け水が大海へ流れ込むようにいくつもの支流に分かれ、現在のクラブミュージックの至る所に片鱗を見出すことができるようになった。そして、UKのレーベル〈Rhythm Section International〉から、その1つの結晶が生まれた。大海全体はあまりに広く深く果てしなく、全貌はつかめない。しかし、このテキストではその結晶、Earth Trax×Newborn Jr.『Sax & Flute』を通して、現在のディープハウスの一端を垣間見てみることとしたい。

 この作品は「Sax Track」「Flute Track」の2曲によって構成されている。「Sax Track」はタメのあるリズムから始まるトラックだ。最初はビートとベースだけが空間に鳴り響く。そして徐々にギターの反復リフ、霞のようにアンビエントなシンセ音が加わる。すると、ビートもよりJ Dilla的なタメとズレが効いたブレイクビーツへ発展していく。そこにさらにサックスのフレーズとヴィブラフォンが加わると、メランコリックなバレアリックサウンドとレイトナイトなディープハウスの間を縫うようなサウンドが全容を現す。しかし、全体的に擦れたカセットで再生したような靄のかかった音像から受ける印象は、ニューエイジ感が強い。

 「Flute Track」もタイトル通り、フルートをフィーチャーしたトラックだ。本人たちによれば今回使用したのは往年のサンプリング・キーボードE-muのプリセット音らしく、フェイバリットに挙げるGolden Girls「Kinetic (Morleys Apollo Mix)」のようなアンビエントハウス(1)や、バレアリックディスコの雰囲気をまといつつ、それらの要素が上手く調和されている。このようにたった2曲だけでも、ヒップホップ、ハウス、ニューエイジ、ディスコの様々な文脈が交錯しつつ、全体的にはサックスとフルートが効いたジャジーなディープハウスとして成立している。このサウンドはそもそもどこから来たものなのか、このサウンドを成立させる現在のディープハウスの文脈とはどのようなものなのか? さらに話を進めよう。

 Earth Trax、Newborn Jr.は共にポーランド出身のアーティストだ。それぞれEarth TraxはBartosz KruczyńskiやThe Phantomといった別名義、Ptakiのメンバーとして、Newborn Jr.はMatat Professionals等として活動し、これまで主にバレアリックディスコ寄りのトラックやアンビエントハウスを中心に発表してきた。そして、今回彼らをピックアップしたのがロンドン南東部、ペッカムを拠点とする新鋭レーベル〈Rhythm Section International〉だ。このレーベルは、今までにも「ロンドンからのKamasi Washingtonへの回答」と評されるジャズグループYussef Kamaalのメンバーとしても活動し、かのGilles Petersonも注目する(2)プロデューサーHenry Wu から、Hiatus Kaiyoteのバッキング・ヴォーカルも務めたR&BシンガーJace XLに至るまで世界中の才能をピックアップしてきた。そして、Moodymann、Theo Parrish、J Dillaら先人の精神性を引き継ぎつつ、ジャズ、R&Bといったブラックミュージックとディープハウス/ビートダウンの関係を更新し続けている存在である。ジャンルに限らずそのリリースの幅は広いが、その中でも今回は異色なピックアップだったと言えるだろう。

 そこで、さらにもう1つの重要なトピックが、世界的なニューエイジ・リバイバルの流れである。かつてニューエイジは、” Music for hot tubbers(風呂に浸かるヒッピーたちのための音楽)”と嘲笑され、歴史から見捨てられてきた音楽だった。しかし、2010年代初頭、バレアリックディスコの文脈からニューエイジとの結びつきが強まった時からか、始まりはいつだったのか定かではないが、おそらくバレアリック側からの再評価、ヴェイパーウェイヴの興隆、メルボルンやバンクーバーの〈Mood Hut〉、〈1080p〉を中心とした新しいハウスの興隆など複数の流れが重なり、ここ数年で世界中のクラブリスナーの関心が徐々にニューエイジに傾いてきていたことは確かだ。

 それを受けて、現在では〈International Feel〉、〈Music From Memory〉、〈RVNG Intl.〉〈Leaving Records〉、〈Growing Bin〉といったレーベルからの数々の再発音源や新譜を通して、再解釈された新しいニューエイジ像が徐々に築かれつつある。Earth Trax自身もまた、Bartosz Kruczyński名義で〈Growing Bin〉から『Baltic Beat』をリリースしており、ここではメランコリックで現代的なニューエイジを聴くことができる(より詳しくは『FACT』のニューエイジ特集(3)を参照のこと)。

 つまり、今までの話をまとめると、様々な文脈が重なり、いくつもの流れが流入してきた結果、現在のディープハウスは巨大な実験場と化している。そして、そこで聴くことができるのは周縁から沸き起こる豊饒さの賜物であると言えるだろう。

 かつて文化人類学の世界では、周縁は、「洗練と秩序の反対の極をなす否定性の刻印を押されながらも、他者性の持つ多義的な豊穣性を再生産」(4)するとして積極的に意味づけられたという。そして、文化は常に「中心と周縁」のせめぎあいの中で発展してきた経緯を持つことは歴史を見れば明らかだ。

 過去幾度も国家の分裂、統合の危機を経験してきた東欧のポーランド、かつてロンドン周辺においても最も治安の悪い地域とされていたペッカム(*5)、見捨てられていた音楽であるニューエイジ等を結んだ結果、結晶化されたのが本作に於ける「周縁が育んだ豊饒さ」であり、現在のディープハウスの豊饒さ、多義性をも示唆しているのがこの作品であると言えるのではないだろうか。

(1)DUMMYインタビューより: http://www.dummymag.com/lists/the-10-best-sax-and-flute-tracks-according-to-earth-trax-and-newborn-jr
(2)ARBANインタビューより: http://arban-mag.com/interview_detail/47
(3)FACT ’’The New Wave of New Age”より: http://www.factmag.com/2016/08/16/new-age-matthewdavid-deadboy-sam-kidel/
(4)山口昌男『山口昌男著作集5 周縁』(筑摩書房、2003/1977)、p320より:
(5)朝日新聞「<41>生まれ変わったロンドン南東部のまち」より: http://www.asahi.com/and_w/life/SDI2015021672801.html

文・宮下瑠
1992年生まれ。得意分野は、洋楽・邦楽問わずアンダーグラウンドから最新インディーズまで。UNCANNY編集部員(非常勤)。