ARTIST:

Daughter

TITLE:
Not To Disappear
RELEASE DATE:
2016/1/15
LABEL:
4AD / Hostess
FIND IT AT:
Amazon
REVIEWSFebruary/17/2016

[Review]Daughter | Not To Disappear

 「消えること」とは何を意味するのか。今作のタイトルを『Not To Disappear』とした理由について、DaughterのヴォーカルElena Tonraは本サイトのインタビューで次のように述べている。

“[……]ちょっとデリケートな部分と、その中にある葛藤だったりとか強さが表現されていて。例えばこのアルバムの歌詞っていうのはちょっと孤独だったり、そういうフィーリングに関するものが多いんですね。なので、そういうか弱さの中でも消えないっていうか、そういう微妙な部分を表したかったんです”

 消えるということ、孤独をテーマとした作品として、たとえば、Majical Cloudzの『Are You Alone?』というアルバムに収録された「Are You Alone?」がある。この曲では、Radioheadの「Motion Picture Soundtrack」の歌詞から、次の箇所が引用されている。

“Red wine and sleeping pills / Cheap sex and sad films”

 「Motion Picture Soundtrack」が収録されている『Kid A』の収録曲を見てみよう。「Everything In Its Right Place」、「How To Disappear Completely」といった曲のタイトルは、本作に収録された「Doing The Right Thing」やアルバム・タイトルでもある「Not To Disappear」を連想させるのに十分である。Radioheadが『Kid A』の次にリリースしたアルバムのタイトルは『Amnesiac』、つまり「健忘・記憶喪失」を意味している。

 Daughterは本作で、消えることを単純に肯定することはしない。”How to disappear …”ではなく、”Not to disappear”である。しかし、収録された曲、その歌詞、MVは、「消えないこと」への意志を表明している分、「消えること」の陰鬱さをより一層際立たせるものとなっている。

 Daughterの「Doing The Right Thing」と「Numbers」のMVを見てみよう。両者のMVにおいては、赤という色が象徴的に使用されている。

 「Doing The Right Thing」のMVは、アルツハイマーを患っている老婦人と、その夫の物語である。この曲は、作詞を担当するElenaによって、アルツハイマーを患っている彼女の祖母の視点で書かれたという。老婦人がかつて着ていたであろう「赤いドレス」、夫が途中ですれ違う若いカップルの男の「赤の上着」(このカップルはDaughterのセカンドEP『The Wild Youth』のジャケットを模倣している)、登場する子供たちの服、そして子供が蹴り飛ばす「赤い缶」。そして、老婦人は薄暗い部屋にひとり静かにたたずみ、映画を観ている(映画の字幕は歌詞の一部)。

 「Numbers」では、感覚が麻痺し、何も感じないと歌っている(「I feel numb in this kingdom」)。「Numbers」のMVのメインキャラクターは、歌詞の内容を体現しているとElenaは語っている。MVでは、再び赤が強調される。メインキャラクターの口紅、彼女の着ているドレス、写真を留めるクリップ、メガホン(大きな声を出すためのものだ)、怪我をしている女性の足から流れ出る血、主人公に話しかける男、バンドメンバーであるIgorのシャツ(IgorはヴォーカルのElenaと、かつて恋愛関係にあった)。

 認知症患者に見られる症状で、「感情残像」というものがある。過去に言ったこと、聞いたこと、やったことの記憶は消えても、その時に生じた感情は、心の中に残像のように残るといわれている。「Doing The Right Thing」のMVの中で、夫はクリーニング屋に彼女の赤いドレスを取りに行き、妻の元を訪れ、そのドレスを妻に差し出す。ドレスに対する妻の無関心は、甲斐のない努力、徒労感を喚起する。MVの赤には、過去を想起させるものとして期待され、”Not to Disappear”という意志と、同時にそれが果たせないという感情もまた埋め込まれている。

 MVの色も、映画の字幕の歌詞も、想起に対しては無力であるように見える。歌詞と楽曲のバランスについて、本サイトのインタビューでバンドメンバーのIgorはこう語っている。

“音と歌詞でコントラストがあるっていうのがいいと思うんです。なので、歌詞がさっき言ったようなパーソナルなちょっと暗い内容だったとしても、それをこう明るくポジティブに美しくできるのが音だと思うんですね。だからそういう音の役割というものをみんなで話し合ったりとか、この歌詞に対してこの音は何ができるかっていうのを考えてみんなで曲を作ったりとかもします”

 聴覚は、五感の中でも感情に対して最も敏感であるという。冒頭に紹介したインタビューでElenaの語っていた、「デリケート」「孤独」「か弱さ」の中に見いだす「強さ」は、何を見ても関心を示さず、耳元で囁く言葉(歌詞)もまた、反対の耳へと素通りしているように感じられたときに、なお残り続ける聴覚に対する期待であり、それはそのまま音楽に対する期待でもある。そして、音は、大きな音(例えば拡声器を使うような)である必要はない。繊細で、か細い「囁き」で十分なのだ。Daughterの新作は、そのようなことを教えてくれる。

文:小林香織
1994年生まれ。青山学院大学総合文化政策学部在籍。インディ、ポップ、アメリカのカルチャーなどを担当。