ARTIST:

Sharon Van Etten

TITLE:
Are We There
RELEASE DATE:
2014/6/18
LABEL:
Hostess / Jagjaguwar
FIND IT AT:
Amazon
REVIEWSOctober/12/2014

[Review]Sharon Van Etten | Are We There

このアルバムが発表されたのは今年の6月だが、今年が終わる前に書き残しておこうと思う。何度も書こうとはしていたが、日常に忙殺されてしまっているうちに、今年の夏も終わってしまった。

そういったこの夏に購入した書籍の中から、東浩紀は、新著『弱いつながり』の中で以下のように述べている。

“自分を変えるためには、環境を変えるしかない。人間は環境に抵抗することはできない。環境を改変することもできない。だとすれば、環境を変える=移動するしかない” (1)

同じようなことを、7〜8年程前にある日本の若手映像作家が、女性誌に連載していたコラムの中で書いていたのを覚えている。彼は、移動するどころか、人生を変えたければ、思い切って違う街へと住む場所を変える必要があると主張していた。実際、人生の中で住む街が変わることは、その人の人生を変える大きな転機となる。それはネットで場所と言う概念を超えて、ヴァーチャルにつながるようになった今でも変わっていない。そして、誰もが人生を進めていく中で経験する(あるいは、経験したことのある)ことでもある。

Sharon Van Ettenは、ニュージャージー州のクリントンで生まれた。テネシー州の大学へと進学し、その後、故郷であるニュージャージーへと戻っている。ジャケットにあるモノクロの写真は、テネシーからニュージャージーへと戻る頃に、彼女が友人のレベッカを車内で撮影したものだという(2)。その後、二人は、別々の街でそれぞれの人生を歩むことになるのだが、車内から外に向けて何かを叫ぶその姿は、今いる場所を離れて、次の場所へと進もうとしている彼女たちの当時の高揚した感情を見事に表象している。そして、それがカラーではないモノクロで映し出されることで、見るものにそれが過去であるという時間的概念を抱かせる。

そして、このジャケットの写真に存在するそれは、アルバム全体をも覆っている。その詩の中で彼女は、愛について、日常の生活について、人生について、彼女自身について、思うことを存分に書き記している。それは、彼女自身、特に彼女の抱える苦悩や葛藤と言った弱さをそのままさらけ出していることでもあるし、それが苦手な人もいるだろう。ただ、それらをストレートに解釈することもできるが、ある種のメタファーとして解釈できる余地も十分に残されている。さらに、サウンドに関しては、ピアノやギター、ストリングスなどを中心とした古典的な構成でありながらも、オルタナティヴなアレンジが程よく加わることで音の難易度が絶妙に増しており、シンプルながらも奥の方で複雑さが絡み合っているような印象を受ける。こういったどこか文学的なセンスは、まさにブルックリンという彼女が住む環境が与えた彼女へのギフトなのかもしれない。

自明であるが、身体的な経験は、常に身の回りで起きている。住む場所を変えることが、嫌でも人生を大きく変えていくのはそのためでもある。また、誰もがこのアルバムジャケットにあるような、モノクロ写真のような記憶があるはずだ。彼女たちのように何かに向けて叫んだことを覚えておくこと、それ自体が大切なことだと私はいまでも思っている。

*(1)…東浩紀『弱いつながり』(幻冬社、2014)、p7
*(2)…事実関係については、国内盤のライナーノーツを参照した。

文・Yuki.M