ARTIST:

Real Estate

TITLE:
Atlas
RELEASE DATE:
2014/3/26
LABEL:
Domino / Hostess
FIND IT AT:
Amazon
REVIEWSMay/30/2014

【Review】Real Estate | Atlas

 ニュージャージー出身の5人組インディーポップバンド、Real Estateは、高校の幼なじみであるフロントマンのマーティン・コートニー、ギタリストのマット・モンダニル、ベースのアレックス・ブリーカーらを中心に2008年に結成された。その後、幾度かのメンバーチェンジを経て、2011年にドラムのジャクソン・ポリスを、そして今作からキーボーディストに元Girlsのサポートメンバーとして活躍したマット・コールマンを加え、現在の5人組編成に至る。

 彼らは結成して間もない2009年に7インチシングル「Fake Blues」を、その後にセルフタイトルアルバムの『Real Estate』をリリースすると、これがPitchforkやNMEはもちろん国内外の様々なメディアから称賛を受け、たちまち米国インディ・ミュージックシーンの人気者となった。その後も順調にキャリアを積み重ね、2011年にはArctic MonkeysやFranz Ferdinandなどのビッグネームを多数抱える英国の名門レーベル〈Domino〉へ移籍し、セカンドアルバムとなる『Days』をリリース、その地位を確固たるものにした。今やアメリカ本国での人気はもちろん、ジャパンツアーのチケットさえも完売させてしまう様な世界を股にかける人気者に成長したReal Estateだが、彼らの音楽には常に故郷、ニュージャージー州リッジウッドの情景が描かれている。人口約2万5千人の、とても小さく、のどかな郊外の街で育った彼らが産み出す音楽は、どこかノスタルジックであり、都会の喧噪から産み出されるジャンクさなどが排除された、クリーンで透明感のあるものだ。もし彼らが、ハドソン川を挟んだ向かい側に位置する人口830万人を誇る大都市、ニューヨーク出身だったならば、きっと全く別の音楽を産み出していただろう。

 そんなReal Estateの約2年半ぶりの新譜は、歴代の作品と比べてドラスティックな変化こそしていないが、以前の作品群と比較して、さらに上質でクリーンとも言えるサウンドに進化している。その一因としてあげられるのが今作のプロデューサー、トム・シックの手腕だ。She and Him や、時にはオノ・ヨーコなどの作品制作にも携わった彼のマスタリングにより、従来の作品と比べ各パートの音の棲み分けが格段に良くなり、例えば1作目で感じたシューゲイザーに近い様な音のばらつきが無くなって、今作をより耳触りの良い上質なポップサウンドに昇華させている。故郷を離れていった若者が恋人と電話して久しぶりに帰郷するというストーリーの「Had To Hear」で幕を開ける今作は、その故郷(もちろん彼らにとってのニュージャージー)を中心に様々な物語を繰り広げ、続く2曲目「Past Lives」では時が流れることによって故郷の街が自分の知っている街では無くなってしまったけれど、それでも“変わらないもの”はあるという、変化の中に感じるノスタルジアと、その中に残っている普遍さを歌い上げ、これは今作において最も彼らが表現したいことのように感じた。3曲目の「Talking Backwards」や、5曲目の「The Bend」では恋人同士のもどかしいすれ違いが瑞々しいギターサウンドと、どこか懐かしいメロディで歌われていて、続く他の楽曲たちにも共通する、彼らの描くノスタルジックな音像は都会の喧噪や粗雑な物から離れた郊外の情景を思い起こさずにはいられない。

 Real Estateはアルバムごとに音楽性をガラリと変えたりはしない。むしろファーストアルバム『Real Estate』から確固とした世界観の下、普遍的なポップサウンドを奏で続けている。そしてその世界観の根幹にあるのは、何度も述べている通り彼らの故郷、ニュージャージーだ。都会の喧噪から解き放たれ、無駄なものが排除された、美しく素朴な村出身の彼らだからこそ、この上質なポップスを作り上げる事が出来るのだ。今作『Atlas』において彼らは、今まで培ってきた世界観に忠実でありながら、以前の作品と比べ、より上質に、さらに洗練させることに成功し、そのサウンドは普遍的でありながらも着実に進化している。また、今作2曲目「Past Lives」で歌われている、故郷が変化して行く事へのノスタルジアと言うのは、きっと彼ら自身が故郷に帰った時に感じたものだったのだと思う。片田舎の高校生がわずか5年ほどで世界を股にかけるインディ・ポップシーンの人気者となり、久しぶりに故郷へ帰ってみたら、見える物は多かれ少なかれ変わってくるはずだ。しかし、彼らは、それでも“変わらないもの”がある、と歌っている。時の経過と共に故郷の街も、自分自身さえも変わっていってしまうけれど、その中に必ず残っている“変わらないもの”の大切さ——それが、本作『Atlas』(=地図)の中で描かれていることなのだ。

文・武部泰彦
1993年生まれ。青山学院大学文学部在籍。インディーポップやシューゲイザーを好む。