- EVENT REPORTSNovember/20/2013
【Live Report】Christpher Chu(クリス・チュー) (POP ETC) — 10月25日 at VACANT
POP ETCのヴォーカル、クリス・チューは3ヶ月間日本に滞在して作曲を行うことを発表した。また、一ヶ月に一度ライブを行うことが決まっており、今回はその三日間の内の一日目を見ることができた。会場は彼が以前2011年に来日し、震災復興のためのチャリティライブをした際にも使用していた原宿Vacant。オレンジ色の薄明かりに座布団を敷いたボトルクレートの椅子が並べられた会場はどこか日本の家屋にいるようなアットホーム感と、秘密基地にいるような好奇の空気が入り交じっていた。
はじめ、少し恥ずかしそうに挨拶をしたクリス・チューは1曲目に、昨年リリースしたアルバム『POP ETC』から「Half Way To Heaven」を演奏した。演奏をし始めると、さっきまで恥ずかしそうにしていたシャイな青年は姿を消し、目の前には惜しみなく感情を放出しているプロの演奏者の姿があった。彼の曲への集中力とは裏腹に、ライブはリラックスした空気の中進み、途中、「セットリストはないから…次は何をやろうかな」と言うと、観客も暖かくそれを見守る、というような場面もみられた。そこのちぐはぐな感じに一瞬、違和感を覚えたが、多分それは、彼が何をするのも自然体だから作り出せるものなのだろう。曲に対する熱を持ちながらも、自然体であるが故に肩に力が入りすぎていない。その結果、全体に柔和な空気が生まれるのである。実はその効果たるや絶大で、終始リラックスモードな観客たちはより曲に感情移入してしまう。加えて曲と曲の間の時間を感じさせないため、彼の魔法は途切れることが無い。
独自の暖かさを保ったままライブは進み、続けて、ごく最近作曲されたであろう「Backside World」や「So Far Away」と名付けられた新曲や、女性コーラスを呼んでのビートルズの「If I Fell」のカバー曲などを交えながら、やや淡々と、しかし一曲一曲を大切にエモーショナルに弾き語っていた。曲を紹介する時に「これは日本語ではなんて言うのかな」と問いかけ、観客を喜ばせていた。そもそもこのライブの趣旨からもわかる通り、日本語を尋ねる彼からは強い好奇心が感じられた。また、照れたように笑う仕草なども合わさって、まるで子供がそのまま大人になったような印象を受けた。
そして最後は、2011年に来日した際にもラストを飾ったThe Morning Benders時代の楽曲「Excuse」を観客の合唱に合わせて歌った。ショウが終わると幸福感と満足感がこみ上げ、その次に魔法が解けてしまったような寂しさが残った。そして、このショウは、アコースティックは確実に彼の底流にある表現方法であるという確信を得るものだった。電子音で装飾されたアルバム『POP ETC』の曲をアコースティックで演奏しても、全く違和感無く、それどころかより曲の持つメッセージが伝わってきた。さらに昔の曲と織り交ぜながら演奏をしても良い意味で変化を感じることは無かった。
The Morning BendersからPOP ETCへの変遷はまさに彼のピーターパンの精神を表しているようだ。The Morning BendersとPOP ETCをクリス・チューの中にある二つの層として考えると、The Morning Bendersの「アコースティック」は一番深い層にある。POP ETCで新しく取り入れた電子的表現方法は、彼らが時の流れと共にややストカスティックな思考から意識的思考へと進化を遂げる中で手に入れた一番新しい層にあたる。彼は生まれ変わったわけではない。この大きくわけて二つの層を内在させた存在へと進化したのである。時の流れの中で新しい層を手に入れて自らそれを自分の中に編み込んだのだ。これは彼がいつも自然体であることと、旺盛な好奇心をいつまでも持ち続けていることによって得ることのできた進化である。
さらに、音楽の中枢神経が完全に電子機器と繋がっていくなかで、ポップ・ミュージックの在り様は変態を遂げてきた。その変化をキャッチした彼がPOP ETCプロジェクトを始めたのは脈々と続く音楽史においてごく自然な流れであり、それどころか彼は時代と共に変遷を遂げてきたポップ・ミュージックの現在の在り方をPOP ETCを持って我々に指し示しているのではないだろうか。このように多層性を持つクリス・チューが今後どのような層を編み込み、さらなる新たな層を見せてくれるのかが楽しみである。
取材・文:永田夏帆
1992年生まれ。UNCANNY編集部員。趣味はベースと90年代アメリカのポップカルチャー。青山学院大学在籍の現役大学生。
Photo: Ryosuke Kikuchi