ARTIST:

Seiho

TITLE:
ABSTRAKTSEX
RELEASE DATE:
2013/06/19
LABEL:
Daytripper Records
FIND IT AT:
Amazon
REVIEWSAugust/17/2013

【Review】Seiho | ABSTRAKTSEX

 2013年5月13日、国連食糧農業機関(FAO)が昆虫食を推奨する報告書を発表した。木のおがくずや腐葉土から家畜よりも効率的に良質なタンパク質を摂取できる昆虫食は来るべき人口増加時代に向けて「未来の食事」として全世界で注目されている。そもそも日本でもイナゴや蜂の子といった虫の幼虫を中心に昆虫は食べられているし、少し海の向こうを見れば、韓国の絹産業の廃棄物を有効活用した蚕のさなぎのスープや、タイや南洋の地域ではタガメなどの素揚げを提供している屋台はいたるところで見ることができる。「脚があるものなら椅子以外」なんでも食べると言われる中国は言うに及ばず、特に中国料理におけるセミの唐揚げは幼虫、成虫共に珍味とし宮廷料理のごちそうなどで振舞われているという。セミの捕獲から食事に至る日本の記事としてDPZのこの記事を紹介しておこう。これによると幼虫と成虫は味が違いながら両方共かなり美味で、幼虫はまるでナッツのような植物性の上質なタンパク質の味で…

と、ここまで読んで「これはSeihoのアルバムのレビューじゃないの?」と疑問を持った方も大勢いるだろう。もちろんその通りです。なぜ冒頭で昆虫食のような一部の人にはグロテスクな話題を出したのかというと、多分に自分のイマジネーションの問題でしかない。

 今や関西を拠点に「ネット配信なしのフィジカルレーベル」として一躍注目されている〈Daytripper Records〉のレーベルオーナーにして、Avec AvecとのポップユニットSugar’s Campaignとして出す音源も度々話題、一目見たら忘れられないファッションからDJでのアグレッシブなアクション、そして言うまでもない個人名義での楽曲に至るまで一つの美学が貫かれているSeihoの活動の一挙一動に注目して止まないリスナーは自分を含め数多くいるだろう。そんな彼の、無料配信された「I Feel Rave」。この、なるだけ大きな会場で、できるだけ大きな音で、可能な限り大勢の人間と共に聴くことを目的にデザインされたようなこの楽曲の圧倒的なアンセム性に期待を煽られ、このアルバムはリリースされた。

 アルバムを聴いていこう。一曲目「I Remember Rheims」ベティーナ・ランスに捧げられた冒頭の一曲目でエヴァンスのフレージングが奏でられてこのアルバムは始まるが、ここで彼の1stアルバムであり、Daytripperの第一弾でもあった前作「Mercury」の冒頭がアーマッド・ジャマルからの引用フレーズであったことを思い出す人も多いだろう。今作ではダブステップ、Vaporwave、TRAPなど、現在新たに生まれている様々なジャンルを吸収しそれを自分なりの形で再構成し直している彼の音楽であるが、そもそものルーツがジャズであるということがここで表明されている。

 二曲目「Evning (With Phoenix Troy)」、ここで彼の提示するエロティックなイメージ「冷たいのに、シルクみたいな手触りで、肉体的な温かみもあって、すぐに折れそうで崩れそうな柔らかさと、いきり立つ硬さ」というものが提示されている。Seihoの音楽の特徴としてプリセットのシンセの音や、80年代フュージョンのような輪郭のはっきりしたベースなどが挙げられるが、彼がこれらの音を多用するのは、自身のサウンドイメージと固定させるのは言うまでもなく、それぞれの音が倍音やノイズ成分が少なく、音価情報に落とし込み易い(簡単に言えば、譜面情報にしやすい)こともあるだろう。その点で、彼はトラックメイカーという現代的な呼称よりももっとモダンな「作曲家」と呼んだほうが良いようなところがある。そこにPhoenix Troyの「口唇的な」ラップが合わさることで、音に対するフェティシズムぎりぎりの官能を引き出すという、彼の楽曲の特徴がよく現れているといってもよい。

 また、彼の作品に於ける一つの特徴として、独特なリズムマシンの使い方がある。彼の楽曲には、一つにベースとなる重厚なビートに加えて、TR-808のカウベルやタムの音、また、水の音といった非常に柔らかい、「軽い」音を使っている点である。この、使い方を誤ってしまうと曲そのものを破壊しかねないような一見違和感のあるこれらの音を、まるで調香師が香水を調合するときのような繊細なバランスによって成り立たせ、それぞれのリズムがお互いに響き合い、ポリフォニックを思わせるような響きをリズムにおいてさえ響かせている。例えば「I Feel Rave」や「Digital Elite」の中で、四拍目で現れるカウベルの響き、また、今作の以前にネットで配信された「underwater」でのタム、ベース、ハンドクラップなどの処理の豊かさに注目したい。特に彼のカウベルの多用は特徴的で、この音を聞くたびに、筆者は飛行機の中でのアナウンス音を連想させる。彼の音楽によってイメージを離陸させられた我々のシートベルトを外させてくれるのだ。重力への解放、その飛躍、彼の音楽は、イメージの短期旅行(daytrip)を誘うのだ。

 この感覚の二重性は彼の作品に通底している美学であり、例えば我々が初めてiPodを触った時に感じるような「金属なのに艶かしい」といった感覚や、大理石の像を思い出させる。イメージの二重性、相反する2つの情報を認識した時、我々の感覚は時間処理が間に合わずに混乱を見せる。その幸福な混乱こそが「エロティック」な感覚であり、光の乱反射が我々に光沢を認識させるように、情報の乱反射が我々にエロティックな官能を与える。

 ここで冒頭のイメージに戻ると、この、技法としては「固い」作曲方法を取りながら、中では非常になめらかな、触覚的なイメージにまで音像を仕上げていく楽曲イメージが、「固い外殻」と「柔らかい中身」を持ち、見た目のギャップから口に入れた瞬間に歯と唇、舌でそれぞれの快楽を与えながらエロティックな印象を残す昆虫食、特に甲虫類と非常に近いものを感じる。触感だけなら少し品種が違うだけのエビやカニなどの甲殻類でいいではないかという指摘もあろうが、虫を食べるといった一見ソバージュな行為が、そのまま未来の姿として提言されているという奇妙なアンビバレンスとそこはかとないユーモア感、合わせて、「One More Dressed To Kill」の中間部、「Digital Elite」に見られる暴力的とも言えるような展開、まるで『2001年宇宙の旅』のスターゲイトの突入シーンに合わせて、現代のトラップを経てスターチャイルドの誕生までを描いたような怒涛の展開を見せる「Hell’s Angels」の持つfuture感(そもそもDaytripperというレーベル自体がケムール人をアイコンにしたレーベルであることを忘れてはいけない)、Wiredなどの科学情報雑誌から発想したタイトルという、デジタルと生々しさ、未来と野蛮さといった逆に思われるような要素を同一化した楽曲イメージと自分の中では一致したのだ。食とsexがいかにエロティックな体験として近いことは説明不要だろう。もちろん、偉大な音響アルケミストの先行者であるMassive Attack「Mezzanine」からの連想もあるだろう。といっても、筆者は昆虫を一切食べたことはなく、まさに「ABSTRAKT」な感覚でしかないのだが。

文:神野龍一
1985年生まれ。「関西ソーカル」をオノマトペ大臣と共に主宰。音楽だけではなく、文学や思想などにも興味あり。執筆依頼募集中。