INTERVIEWSJune/21/2013

【Interview】Indians(インディアンズ)- “Somewhere Else”

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 チル・ウェイブ、ウィッチ・ハウス、ドリーミー・ポップ、クラウド・ラップ……主にインターネット上を介して活性化した新たな世代のための音楽、これらに共通して見られる夢想的で現実逃避的な傾向は、世代を超えて多くの人々の間で共振現象を巻き起こしている。現実は不条理そのものであることを、グロテスクなまでに意識せざるを得ない時代にあって、ある種の必然性、この時代の空気のようなものすらそこには感じ取ることが出来るように思われる。

 そして、その時代の末席に控えめながらも新たに加わったアーティスト、それがIndiansだ。デンマーク出身、Søren Løkke Juulという名の無名の青年が発表した楽曲「Magic Kids」は、瞬く間にインターネットを介して拡散し、話題を呼び、遂には〈4AD〉から声が掛かることとなった。そうして彼はIndiansとしての初のアルバム『Somewhere Else』を完成させ、現在では主にヨーロッパ、アメリカを中心に各地をツアーし、その美しく透き通ったファルセットと、幻惑的で微睡の中にあるようなキーボードによるハーモニーを、今度は現実により多くの人々の目の前で響き渡らせている。

 夢想家という言葉を人々が使う時、そこには往々にして嘲笑の意味が含まれることが一般的だ。古くはパスカルの時代から、「夢想」はただの空想、夢物語、現実逃避的で、無為な時間を過ごすだけの思考の姿だとされ、「思索」と対比して下位に位置づけられていたという。しかし、たった1曲で人生が変わってしまう時代にあって、誰が夢想をただの無為の時間として片づけられようか? 時に夢想は現実を異化し、反転させてしまう力さえも持っている。

 先日開催された<Hostess Club Weekender>の為に、来日していた彼に話を聞いた。

Indians
Søren Løkke Juul

_Bon Iverと比較されることが良くあるそうですが、どう思われますか? 影響を受けている部分はありますか?

彼の音楽自体は好きだから、比較されることは嫌いじゃない。でも、多分ファルセットを使った歌い方のせいで比べられているんだと思うけど、なぜ比べられるのかはあまり考えたことはなかったな。もしIndiansのライブに初めて来る人だったら、どういう音楽を想像していいか分からないはずだから、そういう時はBon Iverとかと比較された方がイメージが湧く、こういう曲調を期待していけばいいんだなということが分かるから、そういう意味では比較されることはすごくいいことだと思うけどね。特にIndiansは新しいプロジェクトだから、そうやって彼の音楽が好きなファンが来てくれたら、自分の音楽も広まっていくんじゃないかとは思う。

_そもそも、インターネット上で「Magic Kids」を公開し、それがきっかけとなって4ADとの契約にまでこぎつけた訳ですが、正直これほどの展開を予想していましたか?

もちろん当初は全くこういう風になるとは思ってなかったよ。レコードを作りたいとも思ってなかったんだ。最初はただ単に自分で楽しんでリビングで作った曲を、ビジュアルも作りたかったからiPhoneで撮った映像と一緒にビデオにして、それを個人のFacebookにアップしただけだった。そうしたら、そこで友達が反応してくれて、ビデオがシェアされていって、最終的にはスウェーデンの媒体が見つけてくれて、そこからさらに一気に広まっていった感じだったね。

_では、そもそもIndiansは個人的なプロジェクトとして始まったということですか?

Indiansは僕にとって個人的なプロジェクトであり、曲もそうだったから、「Magic Kids」を作って、皆にシェアすること自体も最初はとても不安で心配だった。でも、今はだいぶ慣れてきたよ。

_なぜIndiansを始めたのでしょうか?

もともとはあるバンドでキーボードプレイヤーとして活動していたんだけど、ただ後ろでキーボードを弾いてるだけの、守られてる環境に刺激を感じなくなってしまってたんだ。そんなの面白くないし、音楽を演奏することも単なる仕事に感じられるようになってきていた。でも自分が好きな音楽はそうやって終わらせるにはもったいないと思ったから、自分を追い込むために1人で活動することを決めて、バンドを辞めてIndiansを始めたんだ。

_では、音楽は自分の中で神聖なものであって、仕事とは切り離して、現在も活動しているということでしょうか?

そうだね。やはり僕にとってはとても大切なもので、それは子供のころから同じだった。自分の想像力を刺激するのが好きで、友達がヒーロー物の人形とかで遊んでいる中、僕はキーボードを弾きながら想像力を膨らましていた、別の世界に行くために。そういうことをずっと小さいころからやっていたから、音楽は自分の一部みたいなものなんだ。でもサッカーも好きで、ずっと友達ともやってたけどね。女の子にモテるためにはサッカーもやらなきゃダメだったから(笑)。

_それでは、現実逃避的な音楽、例えばドリーミー・ポップやチル・ウェイブ的な音楽がインターネット上で公開され、世界中の人々に受け入れられている状況をどう感じますか?

やはり音楽はシェアされていくべきものだと思うから、そうやって世界中に自分の音楽、ジャンルが広がっていくのはとても嬉しいね。ステージで演奏していても自分のためにやっているわけじゃなくて、観客に聴いてもらって、そこからまた人々に広げていってもらうために、僕は音楽をやっているから。音楽を作る時はゼロからスタートするから、僕は自分は発明家みたいなものだと思ってるんだけど、今普及している音楽も同じようにゼロから作られて、それが人々に広がっているから、そういう流れは嬉しいね。それにこの間、「Magic Kids」を聴いたファンからこんなメールをもらったんだ。そこには、その子はおじいさんを亡くしてしまって、でも「Magic Kids」を聴いたら悲しみを乗り越えられたと書いてあった。だから、そういう意味でも自分の音楽が広まっていくことはとても嬉しいことだね。

_では、最初は個人的なプロジェクトとして始まったものが、ある程度大勢の人々の前で演奏できる状況になって、自分以外の人々を意識したものに変わりましたか?

いや、逆に曲作りの段階では観客のことは全く考えないんだ。観客が気に入ってくれるかを考え始めたら怖くなってしまうから、集中して取り組むために自分のことを信じて、ある意味、自分勝手ではあるけど自分を満足させるために、曲を作ってる。だから、新曲をライブで演奏する時は常に怖いよ。観客がどう反応するか、全く想像がつかないからね。

_残念ながら最後の質問になってしまいました。ある種、現実逃避的な役割を音楽が担うことは、重要だと思いますか?

それは僕自身の問題でもあるんだけど、あまり現実が好きじゃない夢想家だから、音楽を使って現実逃避してしまう傾向はあると思う。周りが今を生きて、今やるべきことをやっている中で、自分は未来を想像して、先に先に夢を描いていってしまうから、周りと感覚的なズレが生じてしまうんだ。夢を描くから想像力が大きくなってしまって、それを達成できなかった時は周りの人をがっかりさせてしまう場合もあったりね。でももちろん、今を生きて今を楽しむことも大切だとは思っているよ。

取材:宮下瑠
1992年生まれ。UNCANNY編集部員。得意分野は、洋楽・邦楽問わずアンダーグラウンドから最新インディーズまで。青山学院大学総合文化政策学部在籍

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