ARTIST:

Daft Punk

TITLE:
Random Access Memories
RELEASE DATE:
2013/5/22
LABEL:
SMJI
FIND IT AT:
Amazon
REVIEWSJune/10/2013

【Review】Daft Punk | Random Access Memories

 5月に、8年ぶりとなるダフト・パンクの新作『ランダム・アクセス・メモリーズ』がリリースされた。手元の資料によれば、本作は、全米アルバムチャート「ビルボード200」で1位を獲得、さらに、iTunesのチャートでは、5月31日の段階で、日本を含む世界97カ国で1位を獲得したとのことである。

 すでに多くのブログやレビューでも紹介されているように(というよりは、誰が聴いてもすぐわかるように)、本作の最も大きな特徴は、70年代〜80年代前半のディスコ・サウンドを完全に再現しているところだろう。実際に、ナイル・ロジャースやジョルジオ・モロダーなどの参加が大きな話題となっているが、ラストの「Contact」を除いては、サンプリングを使用せず、すべてミュージシャンとのセッションでレコーディングを行ったという。

 実際に本作を聴いてみると、ナイル・ロジャースを筆頭に一流ミュージシャンが脇を固めた「Give Life Back To Music」から洗練されたディスコ・サウンドがスタートする。さらに続く、ジョルジオ・モロダーによる語りから始まる「Giorgio By Mordor」、ザ・ストロークスのジュリアン・カサブランカスが参加した「Instant Crush」、ポール・ウィリアムスとの共演作「Touch」、リード・シングルとなったファレル・ウィリアムスが参加した「Get Lucky」と、それぞれが”ディスコ”の持つ魅力を最大限に引き出している。ダンスミュージックとして極めて秀逸で、祝祭的であり、その歌詞はよくある日常を綴り、誰もが共感可能な作品として鮮やかに表現されている。

 本作は、パソコンのみで制作される現代の音楽へのアンチテーゼとして、よく引き合いに出されるが、サンプリングではなく、生音で演奏するというアイデアそのものは、元々ダフト・パンクだけに限ったことではない。例えば、ザ・ルーツは、ヒップホップのバンドとして実際に生の演奏を核としているし、ギャングスターの故グールーに至っては、90年代にすでに、ロイ・エアーズ、ドナルド・バードなど、サンプリングソースとして人気が高かったジャズミュージシャンたちとのセッション・アルバム『ジャズマタズ』をリリースしている。従って、ただ、ダフト・パンクが当時のディスコ・サウンドを忠実に再現したことだけで本作の魅力を語るには説明が不十分に思える。そして、それは実際誰もが同じように感じることでもあろう。

 例えば、時代背景がひとつの起因として考えられる。そもそもディスコとは何か。現在のダンスミュージックの源流であるディスコは、ディスコ・クラシックとして、数多くのクラシックが存在し、それらは、ハウスDJをはじめ、多くのDJがプレイし続けている。まさに、ジョルジオ・モロダーやナイル・ロジャースがプロデュースを施した作品たちは、今現在でもフロアーに魔法をかける至高のクラシックとして存在しているのだ。リアリティを語るヒップホップと異なり、ディスコは、現実を一度棚上げするような共感・共鳴の音楽とも言える。ダンスフロアでは、時に文字通りカタルシスとして、実際に涙を流す者さえいる。ただ、それらは、確かにずっと続いてきたことだが、世界中のチャートで1位を獲得するほど一般的なものではなく、あくまで街のクラブでひっそりと行われてきた儀式だ。

 未来に対する漠然とした不安。例えば、ITの急速な進化、発展途上国の人口爆発と先進国の高齢化による人口構造の変化、そしてグローバリゼーションによる自由と平等という名の下にある、超競争という現実。リンダ・グラットンは、「いつも時間に追われ続ける未来」「孤独にさいなまれる未来」「繁栄から締め出される世界」として、3つの未来像を提示した(註1)。確かに90年代に比べて、時間が細切れになり、人との繋がりが希薄になってきている現実は、本で描かれた2025年ではない今でも感じることだが、「勝者総取りで広がる格差」は、(少なくとも日本では)まだグラットンが予測する絶望的なレベルまでには至ってはいない(ように思える)。

 ただ、よく若者論で語られるように、仮にファストファッション、ファストフード、格安ファミレスなどがあって、あとはネットが繋がっていれば未来永劫十分幸せだと本当に思っているなら、少なくとも大学生は今すぐ就職活動をやめて適度に働く実家暮らしのフリーターの道を選択しても十分幸福感を維持できるわけだが、実際ほとんどの大学生は、解禁日に就職サイトのサーバーがダウンするほど、無意識レベルで「勝利したい」と考えている。これは別に驚くことではない。大学生に限らず誰もが、「幸せになりたい(物質的に豊かになりたい)」と思う方がおそらく一般的だ(あるいは、「不幸になりたくない」の方が正しいのかもしれない)。そして、グラットンに言われるまでもなく、誰だってそう遠くない未来が不安なのだ。そういった漠然とした未来への不安が、”ディスコ”という言葉と言葉そのものの意味が持っている”それ”と強くシンクロするのは、ごく自然の流れではないだろうか。

 さらにダフト・パンクのキャラクター設定は、その逃避を加速させる。トーマ・バンガルテルとギ=マニュエル・ド・オメン=クリストの2人のフランス人は、ダフト・パンクとして、実際に仮面(ペルソナ)を被っているイメージをジャケットやミュージックビデオで打ち出している。現代社会では、仮面を被るように誰もが複数の人格を使い分けると指摘したのはユングだが、本作では、あくまで「設定として」そのような仮面を被った国籍も正体も不明な2人組のアンドロイドが突然現れ、アナログな最高級のディスコ・サウンドを聴かせてくれる。そして、顔の見える特定の誰かではない、この未来からの予言者を彷彿とさせる「人間を超越した何者か」という設定があるからこそ、彼らが作り出す物語は、国境を越えて多くの人々の心情に入り込んでくるのではないだろうか。

 思えば、2000年にリリースした彼らの代表曲「ワン・モア・タイム」もまた祝祭的な歌だった。日本では、昨年12月に放送されたauのCMでの起用が記憶に新しいが、「もう一度お祝いをするんだ」「音楽が僕を自由にしてくれる」といったメッセージは、今こそ私たちが誰かに言ってほしい言葉なのかもしれない。

 最後に、このアルバムの最大の魅力は、やはりダフト・パンクのダンスミュージックに対する純粋な愛だろう。もちろん、発表している以上、彼らは、他者に聴いてもらうために音楽を制作しているわけだが、それ以上に、アルバムからは過去、未来、現在のダンスミュージックに対する彼らの深い愛情を感じ取ることができる。これを言ってしまうと、実際身も蓋もないのだが、結局はそこに尽きる。

 時に音楽は、記憶(メモリー)という過去の残滓を呼び戻す。本作では、それが、ダフト・パンクのダンスミュージックに対する深い愛情というフィルターを通して、新譜という形で現在から未来へとアップデートされて、聴く者の耳へと届けられている。従って、これは決して、古い音楽を現代に再現しただけの単純な懐古主義の作品ではない。受け取る者の感度も必要だが、ここではすでに、記憶は、新たな意味へと変換されている。そして、いくらテクノロジーが進化し、環境が変わろうが、人間は交換可能な存在ではない。ダフト・パンクと優れた共演者たちは、本作でそれを証明しているのだ。

註1: リンダ・グラットン、池村千秋訳『ワーク・シフト』(プレジデント社、2012)より

文:T_L
UNCANNY編集部所属。プルーフリーディング担当。