ARTIST:

tofubeats

TITLE:
lost decade
RELEASE DATE:
2013/4/24
LABEL:
ONEPEACE / Warner Music Japan Inc.
FIND IT AT:
Amazon
REVIEWSMay/28/2013

[Review]tofubeats|lost decade

 日本の音楽業界が低迷しているとか、CDが売れないだとか、そういう現実的な話をされたところで、僕達は間違いなく消費したいものを消費しているだけだし…と考えるのは筆者の危機感がただ薄いからだけだろうか。若い世代はインターネット、例えば、iTunes Store、Beatportといった場所で、音楽の消費という行動と向き合う新たな手段を発見しているし、そうでなくとも、新たなポップスターはテレビやラジオに次々と登場している。

CD不況のまっただ中を走り抜けた僕らの年代にとって、もはやCDという媒体が音楽と向き合う上での絶対条件では決してないのだ。新譜のデータは発売と同時にiTunes Storeを介して自宅や出先から購入が出来るし、全世界の音がBeatportやBleepで検索が出来るし、更にはアーティスト自身が音楽ストアを開くことができるBandcampなんてサービスも登場している。Twitterを見れば日々人々の嗜好は変わり、クラブミュージックシーンひとつとっても、ダブステップ、EDM以降の目まぐるしい流行の変遷は、それについていけない人々を切り捨てるかの如くの残忍さである。IT社会に於ける情報の加速化には、もはやインターネット特有の同時多発的な情報伝達を介さないことには追いつけないのかもしれない。

 しかし、だからといって僕達は全くCDの価値を否定しているわけではない。むしろそれは物量を持った音楽データとして音楽以上の価値を持つ、魔法の媒体であることに気づきつつある。CD-ROMをプレイヤーに挿入する、ジャケットや歌詞カードを開いて読む、といった特別な行為は、音楽を視聴するということを引き立たせるための儀式と言っても差し支えない。音楽を聞くという行為を「宗教的」に位置づけてきた媒体には、CD以前にも、カセット、レコード等が挙げられるが、その効力がいつまで持続するかは誰にとっても知るところではない。しかし、レコードが今でも数々のDJやリスナーに愛されるように、CDもまた記念碑の様な役割を果たし続けるのだろう。

 tofubeatsが満を持してリリースしたアルバム『lost decade』。そもそも「lost decade」とは東京・早稲田にある「音楽喫茶 茶箱」で2010年頃から断続的に行われているDJイベントの名前である。その愛着のある名前をただアルバムにつけただけではなく、その名前には日本の経済不況になぞらえた「失われた10年」という意味合いが含まれると同時に、日本の音楽業界が少しずつ低迷し、CDが売れなくなってきた現代、更にはその「失われた10年」と呼ばれた時代を生きているtofubeatsという存在を的確に表現するためのタイトルであると考えられる。全17曲71分という大ボリュームの今作には、tofubeatsの異常なまでのポップス・ヒップホップ愛や、アンダーグラウンドへの理解、アイドルに対する情熱等がCD容量の許す限り詰め込まれている。

 このアルバムは、大きく前半と後半の部分に分けることができる。前半は「SO WHAT!? feat.仮谷せいら」や「ALL I WANNA DO」の様な底抜けな明るさをもつポップス、「Les Aventuriers feat.PUNPEE」や「Fresh Salad feat.SKY-HI」といった挑発的なチューンが続けて並び、作品のスタートを明るく彩る。特に異彩を放つのは、サウス系Hip-hopを発祥とし、現在ベースミュージック・カルチャーにおいて話題となっているTrapというジャンルを取り入れた「m3nt1on2u feat.オノマトペ大臣」である。低音が支配する重たい音像にオノマトペ大臣の軽快なシャウトのサンプリングが連呼され、さらにそれが非常にポップな形でまとめられた、tofubeatsならではの一曲である。

 「m3nt1on2u feat.オノマトペ大臣」から先は、徐々に内向的で、落ち着いた雰囲気の楽曲が中心となってくる。Screw(楽曲や音素材を低速で再生する行為)された声が特徴的な「I don’t care」や、SoundCloudでも先行で視聴が公開された、Garage調のグルーヴに、つぎはぎにコラージュされた声が重なる「time thieves」、iTunesでも配信されたアーバン系クラウドラップの傑作「夢の中まで feat.ERA」等の楽曲が続けて並んでいる。

11曲目に配置された、tofubeats流R&Bナンバーともいえる「No.1 feat.G.RINA」は、「SO WHAT!? feat.仮谷せいら」を『lost decade』の陽の最たる部分とするならば、アルバムの陰の部分を代表する楽曲であろう。G.RINAの艶やかなボーカルにセクシーなベースライン、そしてシンプルなシンセリードが絡み合う名曲である。その後アルバムはBandcampで配信されていた「touch A」、iTunesで全国1位を記録した言わずと知れた名作「水星 feat.オノマトペ大臣」、NuDisco風のトラックにtofubeatsのローファイな歌声が重なる「synthesizer」と続き、南波志帆をボーカルに招いた表題曲「LOST DECADE feat.南波志帆」に終着する。71分にも及ぶアルバムのフィナーレに相応しい多幸感あふれるサウンドに合わせ、「失われた10年」の終わりを南波志帆が優しく告げる。

 『lost decade』とは、先述した通り、日本の昨今の経済不況、さらに言えば音楽不況、CD不況を指摘した言葉であるが、そのような名前を冠したアルバムがCDとして全国流通される意味合いには深いものがある。そもそも、この様な日本の音楽業界に対する皮肉な行動はネットレーベルというカルチャーにおいて続いてきたものである。

tofubeatsの所属するMaltine Recordsは過去に『MP3 Killed The CD Star?』というコンピレーションCDをリリースした(現在はMaltine Recordsのサイトから無料でダウンロードすることが可能)。しかし、販売形態は1枚のMIXCDと空のCDRで、そのCDに記載されたダウンロードURLにアクセスすることで音源を入手できる、という当時としてはかなり斬新な手法であり、加えて主宰のtomadは当時、今後はMaltine RecordsのリリースとしてCDを出すことは無い、という趣旨の発言までしていた。数々の人間や業者を媒介して店頭に並ぶCDと、アーティストからほぼ直に音源が配信されることすら多いインターネット、それらの言わば間の子といえる『MP3 Killed The CD Star?』は日本の音楽の販売形態、流通形態に物を申した作品であったとすら言える。

 インターネット的な要素を包み隠さず利用した『MP3 Killed The CD Star?』と比較し、『lost decade』は、楽曲のアレンジや歌詞、起用したアーティストやシンガーからも見ても取れるように、ある側面ではとてもJ-POP的なスタンスで制作されたアルバムと言える。しかし、TrapやScrewといった全くJ-POP的ではない新しい音楽ジャンルや斬新な手法を取り入れ、それらも含め一つのポップスの作品として成立させるその様は、そのタイトルと相まって、ある意味日本の音楽業界に対する「挑戦状」と取ることすら出来る。

 現在、tofubeatsは『lost decade』のリミックス集のリリースをアナウンスしており、SoundCloudには「朝が来るまで終わることのないダンスを」のセルフリミックスである「∆s∆d∆n(dj newtown rework)」と、アルバム収録作のリミックスである「No.1(dj newtown lose velocity / $∠0vv D0∨∨√)」が公開されている(2013年5月28日現在)。あえて音楽的な定義付けをすることは避けるが、「失われた10年」を通過したこの2曲を聞けば、tofubeatsの音楽に対する実験的な精神、野心的な情熱がうかがえることだろう。

 今、日本は、IT化から巻き起こった情報化社会、そしてそれに付随する違法ダウンロード、音楽業界自体の不況といった負の側面を乗り越え、データだけが浮遊する軽やかな音楽の時代に到達しようとしている。すでに様々な音楽配信サイトが登場している中、今後CDはますます売れなくなるかもしれないし、レコードと同じようにコレクターなどの一部の人々だけに愛される「宗教装置」の側面がますます強くなるかもしれない。『lost decade』はtofubeatsの時代に対する優れた洞察力でもって、最新の音楽カルチャーを武器に、CDという媒体を利用し、日本の音楽業界に送られた「挑戦状」にして「実験作」であり、これからの新たな音楽の時代の幕開けを担うtofubeatsという人間の「記念碑」である。もっとも、僕らにとって、そしてtofubeatsにとっても、現状は新たな時代と言うにはそれほど大げさなことではないのかもしれない。僕たちは、「ドキドキする瞬間 ワクワクする瞬間」を求めるままに生産し、消費することで、自ずと見えてきた今に立っているだけなのだから。

文:和田瑞生
1992年生まれ。UNCANNY編集部員。ネットレーベル中心のカルチャーの中で育ち、自身でも楽曲制作/DJ活動を行なっている。青山学院大学総合文化政策学部在籍。