ARTICLESJune/10/2017

[19]On Beat! by Chihiro Ito – The Stone Roses “The Very Best Of The Stone Roses”

石と薔薇、スーパーフラットとジャクソン・ポロックと私。

「これからはオーディエンス(が主役)の時代だ!」というのは、私が90年代に音楽雑誌で何度も見ていたThe Stone Rosesの言葉です。私にとって、思い入れのあるものほど、客観的に見ることは難しいのですが、このバンドもまさにそんなバンドの一つです。

1983年、イギリスのマンチェスターでIan Brown(Vo)、John Squire(G)、Mani(B)、Reni(Dr)で結成されたこのバンドは活動休止や解散期間が長かったり、各メンバーのバンド以外の活動も多いとはいえ、オリジナルアルバムは2枚のみ。後は編集盤やシングル盤のみしか発表されていません。

私が彼らを初めて知ったのは、フジテレビ系列で夜中に放映していた、イギリス音楽の番組の”BEAT UK”で、1995年に発売された彼らのシングル曲”Love Spreads”でした。この曲は初登場で、1位になっていました。この番組では、「なぜこのバンドが1位?」ということが結構ありました。それは、私の知らなかった音楽業界の流れもあったかもしれないですし、イギリスという国の地乗りや歴史も関係していたのかもしれません。

この時、見た彼らは、すでに完成された個性的なミュージシャンでしかありませんでした。しかし、当時は彼らは今でいう、ニートの様な扱いをされ、イギリスの大型野外音楽フェスティバル、Reading Festivalのトリをつとめて、最初の曲でIanが歌の音を外し、ボロボロに批評されたという逸話や、レコード会社に勝手にレコードを発売された腹いせに、会社やその車や周辺にペンキをぶちまけたこと、90年にデビューから短い間でスパイクアイランドでオープニングアクトを10時間も行った後に行った彼らのライブには、多くが若者達の約3万人を動員した(数字などは、ガーディアン紙の記事による)など、今考えると賛否両論のめちゃくちゃな話題ばかりといった印象でした。

ともかく、彼らのドキュメンタリー映画『Made of Stone』(2013年、イギリス)を見れば、彼らが実力派のバンドという事や、幾つかの事件などが、とてもわかりやすく描かれているので、オススメです(このドキュメンタリー映画は、NETFLIXなどの有料動画配信サイトでも見ることができます)。また、ミスをとても恐れる日本人特有の意識には信じられないような、彼らの事件が、Webで検索したりすれば、沢山出てくるのですが、そのある意味飾らない素の姿に、共感し尊敬の念を抱きます。

話はだいぶ飛びますが、現代美術家のアーティスト、村上隆は「スーパーフラット」という概念で90年代に世界的に一世を風靡しました。

村上にとってこの「スーパーフラット」とは、絵画や彫刻、デザインといった造形的な意味にだけではなく、時代やジャンル、既存の価値観から解放された作品ひとつひとつの並列性を重視した枠組みを超えた活動の意味も含んでいるそうです。これは変化し続ける作家の様々なすべての活動や、生き方までも含めた意味合いだそうです。

僕が特に関心のある事は、彼の作品の良いとか、悪いとかいう月並みな議論ではなく、西洋美術史が土台にある現在の世界の現代美術界の状況に、新しい価値観で開拓を行ったという部分です。

解釈は多々ありますが、それらは結果的には日本の持つアニメや漫画などの文化を現代美術の世界に持ち込んだわけです。それは、西洋美術史が主流の現代美術界において、まるでよそ者としての挑戦であった様に思わざるえません。そんな、よそ者が、平等に扱ってほしいという、願いを私はこの「スーパーフラット」から感じ取りました。もちろん、そこには彼の平面作品が、日本画から影響を受けた、画面上に出っ張りのないフラットな状態でつくられていたという絵画の構造的な部分も含まれるとも思いますが。

“平等に扱ってほしい”というのは弱い者、少数派、よそ者の意見であると言えます。決して強い者、多数派、主流の立場の者が率先して言うことではないのではないでしょうか。そんな人がもしいたら、かなりの変わり者だと思います。

話をバンドにもどします。

The Stone Rosesはある種、「スーパーフラット」を体現している様な節があると私は思っています。

それは冒頭に上げた彼らの言葉、「これからはオーディエンス(が主役)の時代だ!」からも明らかだと思います。これはこれからの音楽は、ステージ上のスターのための音楽ではなく、そこに来ている観客が主役になるのだという意味も含まれています。彼らの音楽に裏打ちされた普遍的な歌詞や耳障りの良さ。とりわけ、この踊れるドラムの音の正確さやリズム、音質は特殊な強度を持っている様に聞こえます。村上隆の「スーパーフラット」とは違い、彼らが音楽界に持ち込んだものは、結果的にはダンサブルな人力ドラムやマッドチェスタームーブメントであったりするのですが。

実際に数年前に彼らのライブを見た時は、私は殆どの曲を歌う事ができました。長く聞き込んでいた、とてもキャッチーとは言えない彼らの曲たちが、料理でいうと、まるでスープのダシのように確実に私に染み込んでいたのは自分自身でも驚いてしまいました。今年4月の来日公演も好評を博した様です。

なぜ彼らの音楽を、こんなに聞き込んだのかというと、少し制作の時の話になりますが、10代後半の私は、彼らの音楽や言葉にとても共感し、感慨していました。それは、彼らもそうであったように、モノづくりから、指向性、はたまた歴史上の伝説を単なる遠くの物語と捉えずに自分に引き寄せる力などにも及びます。そして、それらを分析し、どうやって実行できるか。気力を保ち続けるか。

一つの事を続けているといろいろな出来事や事故、誘惑により、幾度となく道を踏み外しそうになる事が多々あります。私にとって、それはアーティストデビューから13年になる今も、全く同じ事なのです。同世代のアーティスト仲間もアーティストをやめてしまう人間も増えてきました。それは考え出すとキリがないほど、深い沼の様です。

また、The Stone Rosesのアートワークを見て、私が真っ先に思い浮かべてしまうのが、壮絶な生き方をした、アメリカの巨匠画家のジャクソン・ポロック(1912-56年)です。

彼はキャンバスを床に広げ、ハケやコテで空中から塗料を滴らせる「ドリッピング」や、絵の具を垂らしながら線を描く「ポーリング」という技法を使う画家です。ジャンルでいうと、抽象表現主義を代表する画家です。The Stone Rosesのほぼ全てのアートワークは、美術大学出身のギタリスト、John Squireの制作した作品です。彼の作品はそんな、ポロックの影響を強く受けながらも、自分の表現を追求し、苦悩する様がみえます。

私は、個展が近づき、アトリエだけでは入りきれない大きい作品を制作しなければいけない時、場所がなくなると真夜中に近所の高速道路の下にある公園で、大きな絵を描きます。そんな時は、いろいろな音楽を聴きながら、そのエネルギーを借りることも少なくありません。

そして、そんな精神が緊迫した中、彼らの音楽が流れるとすぐに思い浮ぶ色は、いぶし銀や、金、銅などの色だった。

Artist: The Stone Roses
Title: The Very Best Of The Stone Roses
Release date: 4th November 2002
Label: Silvertone Records

THE SUPPRESSION
伊藤知宏個展/Chihiro Ito solo exhibition
日程: 2017年6月10日(土)-25(日) 水曜定休
会場: 代田橋 納戸 / gallery DEN5
〒168-0063 東京都杉並区和泉1-3-15 沖縄タウン市場入口
納戸(16時〜23時) | gallery DEN5(15時〜21時)

「SUPPRESSION(=抑圧)されているような絵だね。今の世の中みたい。」と
友人のアーティストに言われたのが、今回の作品展のタイトルの由来です。
ご高覧、宜しくお願いいたします。

HP: http://chihiroito.tumblr.com

文・画:伊藤知宏
1980生まれ。阿佐ヶ谷育ちの新進現代美術家。東京、アメリカ(ヴァーモント・スタジオ・センターのアジアン・アニュアル・フェローシップの1位を受賞)、フランス、ポルトガル(欧州文化首都招待[2012]、O da Casa!招待[2013])、セルビア(NPO日本・ユーゴアートプロジェクト招待)、中国を中心にギャラリー、美術館、路地などでも作品展を行う。谷川俊太郎・賢作氏らともコラボレーションも行う。6月に東京のGallery DEN5と名古屋のGallery Valureで個展。11月に今年の欧州文化首都のPafos2017関連企画でキプロスに招待され、国境が分断された首都のニコシアで作品を発表予定。東京在住。”人と犬の目が一つになったときに作品が出来ると思う。”