ARTIST:

Tei Shi

TITLE:
Crawl Space
RELEASE DATE:
2017/3/31
LABEL:
Downtown/Interscope Records
FIND IT AT:
Amazon, Apple Music, Spotify
REVIEWSApril/14/2017

[Review]Tei Shi − Crawl Space

 私たちの前に、かつて抑圧されたものが回帰して現れる〈不安なもの〉の正体とは何か(1)。本作のタイトル”crawl space”とは、床下や屋根裏といった狭い空間を意味する。アルバムには、自身の幼少期に録音した音声「Way to Record」、「Bad Singer」、「Bad Girl」が収録され、幼少期の彼女自身である「私」が、自傷的な言葉をつぶやいている。子どもの頃の彼女は、自身を「最悪な歌い手」であり、「最悪な女性」であると(何かに)告白している。

 アルゼンチンで生まれ、現在はブルックリンを拠点とする女性シンガーソングライター、Tei Shiは、2013年にEP『Saudade』でデビューし、2015年に2作目となるEP『Verde』をリリースしており、本作『Crawl Space』は、彼女の初のスタジオ・アルバムとなる。全15曲が収録された本作で彼女は、R&Bをベースにした独特な音楽性と穏やかだが説得力のある歌声を披露している。そして、本作に於いて彼女は、〈不安なもの〉との内なる闘争を描いている。

 本作を最も象徴する「Keep Running」は、先に述べた幼少期の音声によるイントロダクション「Way to Record」の次に収録される実質的なアルバムのファースト・トラックであり、シングル・トラックである。この曲について彼女は、下記のように説明しており(2)、ここで彼女は、過去からの干渉を乗り越え前へと進んでいこうとする強い意志を表明する。

“この曲は、いわば一緒に人生の障害に立ち向かい、困難を引き受ける、あなたの愛する人に差し出された手のようなものです。良い時も悪い時も一緒に戦う、相手のためなら何でもするような愛のようなもの”

 Agostina Gálvez監督によるMVでは、官能的な姿でカラオケを歌う彼女が現れ、静かに忍び寄る困難や問題のメタファーとしてタランチュラが象徴的に描かれる。深夜の自室といった状況は、彼女が説明する愛、すなわち「私」か「私たちふたり」の範囲に於ける問題の境界を示唆しているとも取れる。

 同じくMVが公開されている「How Far」で彼女は、関係が破滅的になった時に、私たちが何をすべきかについて歌っている。前述の「Keep Running」とは異なり、そのトラックは一切の派手さを喪失し、よりシリアスな展開を見せる。曲のクライマックスで、(関係を)諦めるまでにどのくらいなのか(How Far)と問う彼女は、状況を乗り越えるために「変えてみせる」と繰り返し、その対象は、最後には相手である「あなた」へと向かう。

 Tei Shiの母国、アルゼンチンの公用語であるスペイン語で歌うトラック「Como Si」もまた、自らを圧迫する存在からの開放がテーマとなっている。瞑想的でエスニックな雰囲気を持つこの楽曲で繰り返される「Pasan los dias, pesan las noches」という言葉は、「日々を過ごす、夜が重荷になっていく」という意味を持つ。ブエノスアイレスで生まれ、ボゴタ、コロンビア、バンクーバーと幼い頃から各地を転々としてきた彼女は、8歳から作曲を覚え、歌手、演奏家、アーティストとしての自分自身を夢見始めたという(3)。そして、この決断によって彼女は、夜の恐怖に苦しみ、不眠症に陥ることになる。彼女はその恐怖と立ち向かうために毎晩自宅の”crawl space”に身を潜め、それは彼女のアイデンティティを形成する象徴的な場所となったという。

 このように、本作で彼女は、回帰する〈不安なもの〉からの克服を繰り返し表現している。Tei Shiの姿は、私たちにひとつの抵抗の手段を提示する。彼女は、周囲に潜む、あるいは自分自身に内在する敵を攻略するために、自分を苦しめる存在に正面から対峙する。彼女の抵抗の音楽は、自らの弱さを認めるところから始まる。それは自伝的とも言える本作で表された彼女自身の強さを通じて、私たちの変化(change)をも促すテクストとなっている。

(1)…フロイト『ドストエフスキーと父親殺し/不気味なもの』中山元訳、光文社、2011年、177頁参照
(2)…プレスリリースを参照
(3)…同じく、プレスリリースを参照

文・志田麻緒
1996年生まれ。青山学院大学総合文化政策学部在籍。和声やソルフェージュ、楽典などを学びながら幅広いジャンルの音楽を楽しむ。