INTERVIEWSMay/19/2016
[Interview]Seiho – “Collapse”(Part.1)
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 大阪を拠点とするプロデューサー、Seihoの3作目となるスタジオアルバム『Collapse』。2013年の前作『ABSTRAKTSEX』以降、Disclosure、Herbert、Toro Y Moi、SOPHIEなど海外アーティストの来日公演でのフロントアクトや、〈LuckyMe〉のObey Cityとのツアー、Avec Avecとのプロジェクト、Sugar’s Campaignでのメジャーリリースなど、正に休む間もない活動を続け、この3年の間にその存在感はさらに大きく確固としたものになっている。そして、国内から飛び出し、海外リリースとなった本作、「崩壊」と表されたタイトルは何を意味するのか、作品に込められた意図は何なのか、その真意を語ってもらった。

__今作は、LAのレーベル〈Leaving Records〉からリリースされますが、今年3月には「Low End Theory」やSXSWにも出演されて、海外からの反応や手応えはどのようなものでしたか。

アメリカツアーは、僕が思っていた以上に反響がよくて。たぶん、今向こうのモードに僕がちょうどハマっていて、僕が向こうに合わせて行ったというよりも、向こうが寄ってきた感じですね。3年前に行ったときより、すごい大きくそう感じて。あと、3年前に行ったときは、「はじめまして」の人と「SoundCloudで聞きました」っていう人がほとんどやったんですけど、今回は「3年前にお前が(ツアーに)来たことを2年間自慢できてよかったよ」っていう人たちがいたり、FacebookとかInstagramでフレンドになっている人たちが増えていたり。

それと、「Low End Theory」とか、もう前列2列ぐらいはフィリピン系とコリアン系の女の子たちが多かったんですよ。その子たちと後で話したとき、「(あなたが)アジアから出てきたから応援しに来た」と。人種の壁を越えられるような世界ってみんな言うけど、でもそうじゃないよな、やっぱりこういう方が大事だよな、というのをつくづく痛感しました。だからこそ、そこで改めて、アジアから出てきているっていうのとか、それこそ日本から出てきているっていうこととか、もっと言えば大阪から出てきているってことを強く意識させられました。

__なるほど。最近の生け花と牛乳のパフォーマンスですが、これを思いついたのはどのタイミングだったのでしょうか。主催されているイベントの「apostrophy」との関連性もあると思うのですが、これも日本的なものと捉えることもできると思います。このパフォーマンスのインスピレーションのもとになったものは何でしょうか。

3年前にアメリカにツアーで行ったときに、ボルチモアでCo LaとSentinlっていうアーティストが出演していて、例えばCo Laは、ステージでティッシュを使ったパフォーマンスをしていて。彼らは、ステージで使うパフォーマンスの道具を自分の家から持ってきていて、何かそこがすごくよかったんですよね。VJや照明とか、もっと火を上げるとか、演出だけどんどん過剰にはできるけども、アーティストが手の届く距離で演出して、しかもそれを自宅から持ってきているっていうところが、すごくよかったんです。それってこう、子供の頃に友達同士集まって電気パチパチしながら「ディスコ、ディスコ!」って言っていたのと何か近いようなニュアンスがあって、そこで僕はこういうパフォーマンスを自分のセットに取り入れたいなって思ったのが一つです。

まあでも、それが結果牛乳になったのは去年フランスのフェスに出て、それこそ超でっかいフェスで、しかもラインナップがメインステージ、サブステージ、メインステージ、サブステージっていう、よくある行き来できるパターンで、メインがMajor Lazerで、次が僕で、その後がケミカル・ブラザーズ(The Chemical Brothers)で。その時にメインステージ見てたらMajor Lazerのときに、テキーラかなんかを開けて飲んでたんですよね。それでめっちゃ盛り上がってるのを見て、飲むっていうのってめっちゃ盛り上がるんやなって(笑)。

__なるほど。

まあだからそれもあったんですけど、どっちかっていうと「apostrophy」を大阪で一回目やるって時に「牛乳と生け花」っていうテーマでやったんですよ。牛乳を置いて生け花を置いて、その瓶のなかに牛乳入れて。それで、ライブ中に僕がテンション上がって、その生け花取って飲んだっていうのが始まりの始まりなんですよね。それをちゃんとライブセットに毎回入れるようになったっていう感じです。

__ありがとうございます。では、アルバムについてお伺いします。オフィシャルの解説文に「セカンドライフの世界」というのがあって、個人的には、それが本当にしっくりきました。それを踏まえて、コンセプトを改めてお伺いしたいです。

2009年の終わりに〈Day Tripper〉を始めたんですよ。たぶん12月とかに。で、自分でレーベル始めて、その前ぐらいに僕大学卒業してこれから音楽だけでやって行こうと思って就職もせずにそのままいたんですよ。一応ちょっと就職したんですけど、そこもきっかけがあってレーベル始めることになって。それで、その時に立てた目標みたいなのがあって、自分で自分のレーベルをやりたいとか、イベントやりたいとか、逆に自分のフェスに出たいとか、あとなんかいろいろ目標があったんですけど、それが2013年ぐらいに結構叶って、なんかこう僕の中で5年単位くらいで考えてたのに、めっちゃ早く叶っちゃったなみたいな……。うれしいことなんですけど、なんかこうブレーキは全然かかってないのにエンジンがかからない状態っていうか、全然踏み込んでも感触ないみたいな、今までは例えばこう「Sónar」に出れるってなったら、めっちゃ加速してた気がするのに、そういうフェスのオファーが来ても加速にはなってないみたいな感じで。そういう状況が2013年、2014年くらいから始まってて。この感じやっぱ来たか、っていうのがすごい大きかったんですよ。

なんかそれは僕だけの話でもなくて、2015年の終わりとかにみんなで集まって居酒屋とかで「去年何聞いた?」とか「面白かったのある?」ってなったら大体二通りに分かれてて、「最近旧譜しか聞いてない」、「自分が中学校の時に聞いてたのしか聞いてない」っていうのと、「最近あそこら辺が面白くて」って言ってるのが大体2013年の終わりにリリースされてるものみたいな。それこそDisclosureとかCashmere Catとかも2013年の終わりに出てるんですよ。そんな話になってて、やっぱり2014年、2015年は止まったなっていう感覚が僕にはあって。そうなってくると逆にさっき言ったみたいに目標がなくなったんで、作るものがもう無くなったんですよね。僕の場合ライフスタイルの中に作るっていう行為が含まれてるんで、作り続けてはいるんですけど、ある程度今までは目標があって作れていたんで。どんどん出来はするけど何にもなっていない状態っていうか、自分のためにしかなっていない状態が続いてて。で、それがずっと続いたとき、2015年の真ん中くらいに「Collapse」って一曲目ができたときに、「もしかしたら今まで作ってきたこういう日記的なものをまとめたら作品になるんじゃないかな」と思って、もう一回まとめ直した感じなんですよ。

その時にさっきの「セカンドライフの世界」っていうのも僕的にも作ってた時点では全然意識はしていなくて、その曲の方がだいぶ先に行っちゃってて。僕がこう何回も繰り返して聞いて理解を深めていかなきゃいけない曲が多くて、これと並行して2014年、2015年はやっぱりこうアクセル踏めなくなった分、人としゃべることがめっちゃ増えたんですよね。なんかこう、冬の時期はやっぱこうみんなで寄せ合ってしゃべろうよみたいな。で、結構みんなでうだうだしゃべってて、それこそokadadaとかトーフくん(tofubeats)とかMetomeくんとか、〈Day Tripper〉のメンバーとか。 「次どういうの流行るかなぁ」とか言うのが楽しかった時期なんですね。

それってなんていうか、逆に言えばもう前に進んでない時期っていうかしゃべってるだけなんですけど、なんかそん時に僕うっすら「他人の決断」っていうワードがすごい頭に引っかかってて。で、そのあとに2013年の真ん中ぐらいに東京の展示会でサイモン・フジワラってアーティストが作品を出展してて、僕はそれ見に行けなかったんですけど、後からネットでその作品を追っかけてみたら、その作品自体は器が何個も割れてる作品で、ビデオがもう一つ付いていて。サイモン・フジワラって人は、父親が日本人で母親がイギリス人のハーフで、父親は小さい頃に離婚してて、日本に帰ってて、母親とその息子の二人で育つんですけど、そのサイモン・フジワラが、おっきくなった時にお父さんに会いに行くんです、日本に。で、行く前にお金払って役者を雇って、「お父さんの代わりになってください」ってお願いするんですよ。で、その役者にお父さんの資料を渡して空港で会って、「お父さん、久々」みたいな。で、役者も「久々の再会やな、ハグしよう」みたいになって。で、「日本に旅行に行こう」みたいなのをイギリスでやってるんですよ。

それを繰り返して、しかも思い出の話をして本当にお父さんになりきってもらった俳優に明日出発って時に「昨日はありがとう」って言って、「あなたに一つだけお願いがある」って、それはサイモン・フジワラが、お父さんのお土産を考えてて。それが、お父さんがすごい昔から好きやったバーナード・リーチの器で、「バーナード・リーチの作品はすごい高いけど頑張ってバイトして買ったんや」、「このバーナード・リーチも言ったら日本の有田焼きとか日本の焼き物とロイヤルコペンハーゲンみたいな西洋のやつの合わせ技やからなんかこう自分ともリンクする」みたいな、「これをお土産に持っていきたいねん」みたいな。それと、6歳かなんかの時にお父さんと二人で陶芸を作りに行っていて、「これがお父さんとの本当に最後の思い出で、これはずっと家に自分の勉強部屋に飾ってあるんだけど、どっちかを持っていくけど、どっちかを壊してほしい」ってお願いするんですよ、俳優に。なんかビデオ自体は、本当にもっとカットアップされてて、ぐしゃぐしゃなんですけど、ビデオはそこで終わってて。作品自体は割れてる器がいっぱいあるみたいな作品で。なんかこう本当の決断みたいなのはこれぐらいの人に任した方がいいっていうか、僕たちは決断をすることよりも、こういう人たちを探すことの方が重要なんじゃないか、みたいなところが2014年、2015年であったんですよ。

本当の答えをみんなで考えるよりも「一番近い他人」の存在を見つけてみよう、みたいな。「この人」を探すことに、みんな力入れた方がいいんんじゃないかっていうのがあったんですよ。それは、僕のなかでモダンとポストモダンでちょっと揺れ動いていたところもあって、ポストモダンの感覚を信じたほうがいいのか、それとも自分が今までバックボーンで持ってきたモダニズムを信じたほうがいいのかっていうので、でもここじゃないかって、間を探すことの方が重要やったみたいな部分が、2014年、2015年にすごいあったんですよ。で、そこをずっと探してたら、「Collapse」っていうのが出来たときに、その僕にとって「一番近い他人」っていうのが全くいなかったみたいな世界、それがさっきのセカンドライフ的な、人がいないみたいな状態で。なんかこれはちょっと寂しい話ではあるんですけどでも、川に流れてる水とか雨が降ってくる現象と、コンビニにジュースが陳列されてたり、スーパーに野菜が届くのは僕にとって同じ自然みたいな。こっちは人が運んでるじゃないですかって言われても、いや人を運んでくるのも自然じゃないですかってなって。人はいるのに人がいないんですよね。

なんかオートマティックな世界っていうか、そういう世界の感じのところに入って、なんか僕の反省でもあるんですけど、その「一番近い他人」を選択しようとしたときに、やっぱり僕は自分自身の決断と環境にしかまだ委ねてないんじゃないか、今日は雨が降ったから傘をさすとかっていう環境には左右されるし、あの人すごい怒ってくるから怖いから逃げようとかみたいな、環境によっては選択しているけども、これは人の決断ではなくてどうしてもやっぱり環境に左右されている自分の決断でしかまだ動けてないっていうのが2013年、2014年、「一番近い他人」を考えたときに気付いたんですよ。なんかそれがけっこう色濃く作品に出てるっていうか、まあけっこう。

__かなりパーソナルなコンセプトなんですね。作品の音がまさにセカンドライフ的な近未来感があったので、芸術家って最初にみんなが気付くよりも先にその先のところを表現したりするっていう意味で、何となくそれを表現したのかなと思っていました。他のアーティストも含めて、同時多発的に出るっていうのも音楽の面白いところのひとつではないかと。

「合ってる」って言い方おかしいですけど、なんか起きるんですよね。僕は、今から考えて過去を振り返ると、そういうことがすごいなんていうか、そう捉えれらるんですよね。でもなんか僕はやっぱりどうしてもその当事者であるアーティストなんですよね。アーティストって、「当事者」と「ニュース記者」と「当事者の発言」みたいな3つパターンがあって、僕はやっぱり3種類目の人間なんで、その自分に降りかかった事件を自分なりに答えるしかできないんですよね。例えば、OPN(Oneohtrix Point Never)はやっぱりニュース記者なんですよね。事件をきっちり捉えて、それを人にわかりやすく言うみたいな。結局いうとArcaは当事者でしかないっていう。あの人は、発言せずに事件を、事実を述べるみたいな。ていう、たぶんアーティストは3パターンいて、だからでも、起こっている事件はたぶんさっき言ったみたいな「同じこと」なんですよね。

第三世界っていうか。こことそこじゃないところの話をみんなで一回しないといけない時期に来たっていう話ではあるかなと。第三世界、3つ目の世界を考えるみたいな。3つ目の世界っていうのがそのちょっとベタな話なんですけど、お土産物とかが結構近くて、日本のはちまきとか刀を持ってる日本人はいないけど、海外の人ははちまきと刀を買っていくみたいな。それが3つ目の日本の世界みたいなところに日本像をおいて、僕がさっきの牛乳の話もそうなんですけど、新しい日本像を人工的じゃないにしても、もうちょっと作りだしていく動きをしたいなっていうのは、さっきの日本の話とつながってきたりするんですけど、2020年にオリンピックがある時に、日本へようこそっていう看板があってそこになにが並ぶかっていう。なんか僕はやっぱここから5年くらいでその日本像をどう作るかを挑戦したいなっていう思いが強いんですよね。これはあんまり、なんか5年後に言いたいんですけどね、本当は。

__では、タイトルは、そういう意味での”Collapse”、いわゆる「崩壊」というように、一回崩壊させてリスタートするような理由などもあるのでしょうか。

僕的には結構前向きな意味ではつけてて。ただ「破壊」にしなかったんですよね。「崩壊」っていう意識がないものにつけたかったっていうか、僕たちは普通に生活してたり、幸せな生活を送っているけど崩壊しちゃうみたいな。なんていうかな、それは崩壊と生命の誕生が繰り返されてるだけで、それに人の意識はほとんど入ってない状態っていうか。誰かが壊したりとか、誰かが人工的に生み出したりっていうんじゃなくて、自然に壊れて自然にまた立ってみたいなのとかが、繰り返されてる状態をつけたかったっていう。

Part.2につづく)

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■リリース情報
Artist: Seiho
Title: Collapse
Label: BEAT RECORDS / LEAVING RECORDS
Price: 2,200yen (tax out)
Release date: 2016.05.18
Format: 日本盤CD(ライナーノーツ封入/ボーナス・トラック追加収録)

1. COLLAPSE (Demoware)
2. Plastic
3. Edible Chrysanthemum
4. Deep House
5. Exhibition
6. The Dish
7. Rubber
8. Peach and Pomegranate
9. The Vase
10. DO NOT LEAVE WET
11. Ballet No.6 (Bonus track only for Japan)

■公演情報
Seiho
Collapse Release Party

2016/6/30 (THU) WWW

[SPECIAL BAND SET]
Seiho with
Kan Sano [Key.]
松下マサナオ [Ds.] (Yasei Collective)
and more.

前売TICKET ¥3,500(税込/1ドリンク代別途)
19:00 OPEN
INFO: BEATINK 03 5768 1277

インタビュー・文:T_L

アシスタント:千葉ゆりあ
1996年生まれ。青山学院大学総合文化政策学部在籍。ポップスをメインとした洋楽を得意とする。