ARTIST:

Kendrick Lamar

TITLE:
To Pimp A Butterfly
RELEASE DATE:
2015/3/15
LABEL:
Top Dawg / Aftermath / Interscope
FIND IT AT:
Amazon
REVIEWSJanuary/11/2016

[Review]Kendrick Lamar | To Pimp A Butterfly

改めて、Kendrick Lamarのサードアルバム『To Pimp A Butterfly』について。本作がどのような作品であるかはすでに各所で述べられているが、

“28才のケンドリック・ラマーは埃をかぶったレコード棚をもう一度ひっくり返して、新しくもないメッセージを驚異的なインパクトでみせている”

という野田努のこの一文(1)に集約されているのではないだろうか。

ここでの「新しくもないメッセージ」とはどういう意味か。例えば、この「メッセージ」の淵源は、1619年にまで遡る。1619年8月20日、ヴァージニア植民地のジェームズタウンで西インド諸島で売買される予定であったアフリカからの黒人20名が食料と引き換えに交換されたという。この取引こそが、北米アメリカにおける奴隷貿易売買の最初とされている(2)。17世紀の話だ。

リリックの中に何度か出てくる「キング・クンタ」。これは、アレックス・ヘイリーによる『Roots』 (3)の登場人物クンタ・キンテに由来する。『Roots』 は、奴隷貿易でアメリカに強制的に連れてこられたクンタ・キンテの生涯についての物語である。「奴隷貿易」をグーグルで画像検索すれば、当時の奴隷船の図面が出てくる。『Roots』でも描かれているが、当時アフリカから奴隷として強制的に連行された人々は、焼印を押され、手足を鎖で縛られ、船の中ですし詰めに寝かされて運ばれたという。不衛生な環境から、赤痢、天然痘、眼病などが蔓延し、航海の途中で死亡するものが多かったとも伝えられている。

アフリカ系アメリカ人の歴史は、奴隷制からの解放の歴史でもある。1865年、エイブラハム・リンカーンによって、アメリカ合衆国憲法修正第13条の成立により、法律上奴隷制は廃止されるが、この問題は事実上今もなお影響を与え続けている(例えば「マイケル・ブラウン射殺事件」とは?)。

「隔離しても平等」、「ジム・クロウ法」、「KKK」、「マルコムX」、「ローザ・パークス」、「マーティン・ルーサー・キング・ジュニア」、「公民権法」、「ロドニー・キング事件」、「ロス暴動」と、「新しくもないメッセージ」に紐づく歴史上のキーワードを挙げればキリがない。日本在住の筆者は、報道や書籍で知るしか方法はないが、Kendrick Lamarの本作に内在する「メッセージ」は、内的、外的であれ、それらで知り得た問題に起因していると想像するのは難くない。1850年代の奴隷制度廃止運動の指導者のひとりであるフレデリック・ダグラズは、スレイヴ・ナラティヴと呼ばれる自伝を出版している(4)。現代に生きるKendrick Lamarは、もちろん当時でいう奴隷ではないが、本作は、現代のスレイヴ・ナラティヴとも言える。それが、文学的にも、サウンド的にも、あるいは映像作品としても「驚異的なインパクトで」表現されている。

「埃をかぶったレコード棚をもう一度ひっくり返して」というのが、本作のもうひとつの魅力である。本作は、一聴してオーガニックな印象を受ける。リード・シングルでもある「i」では、The Isley Brothersの代表曲「That Lady」(1973)が大胆に引用されているが、音楽としてヒップホップを長く聴いている者であればここに共鳴した者も多かったように思う(The Isley Brothersは、サンプリングの定番でもあるから)。ほかにも、Boris Gardinerの「Every Nigger Is a Star」(1973)、Detroit Emeraldsの「You’re Getting a Little Too Smart」(1973)といったソウルミュージックや、James Brown、Michael Jackson、Afrika Bambaataaなど一部ヴォーカル、リリック等を細部に引用するなど、本作では伝統的なヒップホップの手法による多くの工夫が詳細に施されている。

本作『To Pimp A Butterfly』は、実に多様な要素を含んでおり、あらゆる側面から評する(または、聞き手同士が語り合う)ことができてしまう。従って、ここで記した内容もその一部でしかない。もちろん、リリックや背景を理解せずともシンプルに音だけを聴いて楽しむことも十分に可能であるが、もし聞き手が、トニ・モリスン(5)を読むように文学的な作品として本作を捉えようとすれば、本作に内在する「新しくもないメッセージ」、すなわち普遍的なメッセージの牢乎たる存在に気がつくことになるのである。

(1) 『ele-king 17』(Pヴァイン、2015)、p30
(2) ベンジャミン・クォールズ著 明石紀雄、岩本裕子、落合昭子訳『アメリカ黒人の歴史』(明石書店、1994) 、猿谷要『歴史物語アフリカ系アメリカ人』(朝日新聞社、2000) などを参照
(3) アレックス・ヘイリーによる『Roots』のTVシリーズ版(1977)は、現在もDVDでレンタルできる
(4) フレデリック・ダグラス、岡田誠一訳『数奇なる奴隷の人生 フレデリック・ダグラス自伝』(法政大学出版局、1993)
(5) ノーベル文学賞を受賞したアフリカ系アメリカ人の作家。代表作は『ビラヴド』(1987)など

文:T_L (UNCANNY)