ARTIST:

Battles

TITLE:
La Di Da Di
RELEASE DATE:
2015/09/15
LABEL:
Warp / Beat Records
FIND IT AT:
Amazon, iTunes
REVIEWSSeptember/30/2015

[Review]Battles | La Di Da Di

つい先日、平面を埋め尽くすことが可能な15番目の5角形が発見された、というニュースがあった。平面充填可能な5角形を特定するアルゴリズムによって発見されたという(他の14種類についてはtilepentに記載されている)。

平面を充填する多角形は、一度に全体を相似拡大・縮小しても、充填するという要件を満たすことにはかわりない。縮小と拡大は自由である。また、複数の多角形の組み合わせでも充填は可能である。1種類で埋め尽くすことが好みだという人もいれば、そうではないという人もいるだろう。

Battlesの”La Di Da Di”は、前作”Gloss Drop”から4年振り、通算3作目のアルバムである。アートワークの果物や目玉焼き等々のカラフルさがまず目を引くが、その下には、不揃いな大きさの要素のカラーチャートが配置されている。

Battlesの”La Di Da Di”は、アルバムのアートワークのように、要素を複数用意し、拡大縮小に自由度をもたせてはいるものの、ヴォーカルを排除している。緊密でありながら余裕をもたせるように構成されている。この方法は、構成要素自体の数を切り詰め、拡大というよりは縮小によって構成していくものとは、一見すると異質であるようにみえるが、充填するという方向においては一致している。

“La Di Da Di”を何度も聴き直すと、「これを手放しで優れているものとして肯定して良いものだろうか」と不安になることがある。要するに「ここはカッコ悪いんじゃないか」ということだ。しかし、その不安は、構成要素を複数用意し、その大きさもまた複数確保しつつ、緊密な構成を維持しようという大胆さへの不安であるようにも思える。

そして、1曲聴き終えるたびに、ほっとするような解放感がある。この解放感は奇妙なものである。この解放感は、最小要素に切り詰めた緊密な作品から受ける印象とは異質である。(この点が、たとえばgoatの楽曲とは違うのかもしれない)。

“La Di Da Di”を聴きながらの居心地の悪さと、そこからの解放感は、Battlesのそれぞれの曲の持つ緊張感を追いかけることによるものではない。むしろ曲に余裕がありすぎるのではないか、という居心地の悪さ、不安であるように思える。やや大股に、あっさりと綱渡りをしようとしている人を見て、「大丈夫なのか」と。

要素として選ばれるている音は、音色も大きさも複数あるが、「いくつか」の選択肢としてある。「いくつか」であるが、「いくつか」にしては「やや多い」。要素の大きさもまた、「いくつか」あるが、「やや大きいのではないか」というものも含まれている。

“La Di Da Di”は、要素の大きさを、大き過ぎず、小さ過ぎず、「要素の種類を、多過ぎず、少な過ぎず、それぞれ微妙なバランスをとりながら選ぶこと」によって、充填のために必要十分な音を用意している。そして、そのようなバランスの取り方がそのものが、極めて大胆であるから、聴きながら「危なっかしい」印象を毎回受け、なおかつ聴き終えたあと、ほっとするような、解放感がある。

これは通常の緊張からの解放とは異質なものだ。余裕に耐え切ったあと、余裕を肯定するということが、そのまま解放感を生んでいる。余裕があることそのものが不安であり、それでも構成を維持しうるというところに解放感がある。

Battlesが使った要素は既存のものである。それをBattlesの好きなように選び、加工している。Battlesは”La Di Da Di”で、条件に対して最小限必要な要素の見つけ方は自由であり、既存の要素に手を加えるのも、加え方に制限があったとしても、なおまだ自由であり得ることを示している。

アートワークの果物や目玉焼きとカラーチャートは、そのような要素が「いくつかの選択肢」としてあることを示しているように思える。一定の大きさの正方形のカラーチャートではなく、また、果物やパンケーキ、目玉焼きも既存のものだが、目玉焼きを3連にするのか2連にするのか、スイカに穴を開けるのか、開けないのか、バナナを挿すのか、挿さないのか。

Battlesの”La Di Da Di”は、条件があったとしても、条件さえわかれば、まだまだ遊べる、まだ余裕がある、まだまだやり方はいくらでもあることを示してくれているようにも思えた。

文・MMHT_MMHT