15030201
ARTIST:
goat
TITLE:
Rhythm & Sound
RELEASE DATE:
2015/3/4
LABEL:
HEADZ / UNKNOWNMIX
FIND IT AT:
Amazon
REVIEWSSeptember/01/2015
[Review]goat | Rhythm & Sound

2015年3月4日に発表されたgoatの2作目のアルバム、『Rhythm & Sound』について。前作『NEW GAMES』は、iTunes Storeで配信されているが、本作はCDでのみ入手することができる。とはいえ、残念なことに筆者は本作をMP3プレーヤーでしか聴いていない。

極めてミニマルなスタイルであり、なにが本当に必要なのかを不必要ななものを極限まで排していくという形で構成されている。とはいえ、最終的に人間まで不要なものとはしていない。あくまで楽器を人間が操る、という部分に最後の線がある。聴き手が、幾つかの楽器の音とリズムの微妙なズレを感じた時、「これは本当に何かがズレているのか、自分がズレていると勘違いしているのか」と不安な気分になるとしたら、そこに理由があるのかもしれない。

筆者は、このアルバムをMP3プレーヤーとヘッドフォン、イヤホンで聴いている。歩きながら、電車に乗りながら、自室で…。これは自分だけかもしれないが、聴きながら「ヘッドフォンを強く耳に押し当てる」という動作を繰り返してしまった。というのは、「なにかを聴きもらしているのではないか」という不安が残る。「大事な1音を逃してはいないか?」と思う。

ヘッドフォンで聴いているはずなのだが、どこか遠くで鳴っているというべきか。あるいは、どこかわからないが、密室で行われている何かの儀式の音が、偶然に漏れてきてそれが聴こえてしまっているような。なので、ますます、ヘッドフォンを強く耳に押し当てるのだが、それでも全てを聴き取ることはできない。ヘッドフォンを強く耳に押し当てると、ますますなにかズレているような気がしてくるが、それは自分が全てを聴いていないからなのか。その儀式の場に居合わせていないからなのか。

「これは本当に何かがズレているのか、勘違いなのか」というのは、歩きながら聴いているときに、自分の徒歩のリズムと合わなくなるのと似ている。自分はなにか聴きもらしているのではないか、といって、ヘッドフォンを耳に押し当てても、むしろ「自分の内側のリズムと音」が最終的に「邪魔」になる。生演奏であることの裏返しに、自分の体内のリズムと音が最終的には消えることはない。消すには、ヘッドフォンを外せばいいが、それでは音楽が聴こえない。元も子もない。

goatの『Rhythm & Sound』は、聴いている自分がその場に居合わせてはいなかった、一種の祭儀の音楽の記録のように思える。もし、隣の部屋の壁越しに、あるいは集合住宅の一室から、収録曲の一部が聴こえてきたとしたら、と想像する。10分近くつづくこの音とリズムがどうしても気になって(それはある時は単に不快なのかもしれないが)。悪いと思いつつ、隣室につながる壁に耳を押し当て、「なにが鳴っているのか、なにをしているのか」を確かめたい、どこかの集合住宅の一室で、定まった時間に演奏が開始されているとしたら、「あの家でなにかやっているらしい」と思うかもしれない。

これはヘッドフォンを押し当てることと同じことである。そして自分の内側の音に出会う。隣の部屋に行けば、「スピーカーに耳を押し当てている隣人」がいるのかもしれない。そしてお互いに「どうですか、聴こえますか?」と確かめ、ヘッドフォンにしてみたり、スピーカーを変える…。

残念ながらライブに行く機会には恵まれなかった。「その場で聴いて、本当はなにが起きているのかを確かめてみたい」と思うのと同時に、「その場」は本当にそこなのか、とも思った。

文・MMHT_MMHT