EVENT REPORTSNovember/04/2012

【Live Report】WWW 2nd Anniversary「スワッテダブリュー vol.2」 キセル / Dustin Wong(ダスティン・ウォング)

 キセルダスティン・ウォング、最初にこの組み合わせを知ったときは意外だったが、不思議としっくりくるものがあると思っていた。そして結果的に、今回は両者の見えない繋がりを、強く意識させられるライブとなった。

 ノラ・ジョーンズがBGMとしてかかる穏やかな会場に、まず現れたのは11月からのワンマンライブツアーを控えたキセル。その独特な音楽性で高い評価を受けている京都出身の兄弟ユニットである。今回は、ギター担当の兄・豪文と、ベース担当の弟・友晴の、辻村兄弟ふたりだけの編成によるライブセット。さらに兄の横にはドラムパッド、弟の横にはミュージカルソウが備えられており、「マジックアワー」から約1時間の演奏はスタートした。普段はバンドセットでの演奏が多い彼らだが、振り返れば本来は2人だけのユニットだったキセル。今回はよりキセルの本質を垣間見たような思いがしたライブだった。

 変拍子的なアルペジオにふたりの声が絡み合い、独特な世界観を形成する「マジックアワー」、そこから「ピクニック」、「ねの字」、「枯木に花」と新旧織り交ぜながら演奏は進んでいく。途中のMCで兄・豪文が、「今回は久しぶりのふたりだけの演奏なんで、ちょくちょく事故が起こるかもしれませんが大目に見てください。」と軽い冗談を飛ばしたりするが、ふたりの演奏は実に巧みで軽やか、貫録さえある。兄は伸びやかな声を会場に響かせながらも、同時に事細かにエフェクターによってギターをループさせたり、リヴァーヴで霞みがかった音にさせたり、ドラムパッドで叩いたリズムをループさせたりと、そつなく演奏をこなし、弟は腰の落ち着いた存在感のあるベースとコーラスで兄に寄り添う。そして、細野晴臣のカバー「四面道歌」では器用にミュージカルソウをこなし、その心温まるメロディーに会場は暖かくなっていく。

 今回のメイン・スタイルである、リズムはマシンのループ演奏に任せ、リヴァーヴがかった空間を覆うようなギターとベースに声をのせるというスタイルは、彼らの初期のアルバムで顕著だった、彼ら独自の音楽性を形成するのに欠かせないひとつの要素だった。そして、現時点で振り返ると、このスタイルはある意味、ビーチ・ハウスといった海外ではドリーミー・ポップと呼ばれるバンドたちのスタイルを先取りしていたのかもしれないと、私は彼らの演奏を聴きながらなんとなく考えていた。ファースト・アルバム『夢』ではまだダブの要素こそ強いサウンド・プロダクションだったものの、セカンド・アルバム『近未来』以降、数枚のアルバムで聴くことが出来る、未来性と郷愁を喚起する土着性のあるメロディーが共存したようなメランコリックなサウンド、あれは正しくドリーミー・ポップの先駆けとも言える音楽だったのではないか、と確信にも至らない曖昧な考えを宙づりにしたまま、演奏は進んでいった。

 そして、曲が「青空に」になった時、その考えは徐々に確信に近づいていくこととなった。キセルの曲の中でも長尺な部類に入る、この日の「青空に」は、ギターと鍵盤ハーモニカの響きが会場の意識を徐々に彼岸へ誘い込んでいくような、ドリーミー・ポップとフリーフォークの中間を行く、蜃気楼が漂うような演奏だった。鍵盤ハーモニカのもの悲しい響きに、リヴァーヴがかったギターが白い靄をかけていく音像、ここに本当のキセルが潜んでいると思わせられるような迫力が、この時の演奏には感じられた。

 そうして、キセルは来年、新譜を出す予定だと告げ、それに入るかどうかは分からないが、舞台用の音楽として作ったという新曲「足りない心」を演奏し、次にライブヴァージョンにアレンジされた「柔らかな丘」、新曲「今日の全て」も演奏して、この日は終了となった。

 そして、次に出てきたのがダスティン・ウォングだ。つい先日、渋谷O-EASTでのダーティー・プロジェクターズのオープニング・アクトを務めた経験によって、改めて多くの人の注目を集めたであろう彼だが、以前から日本では度々演奏していたこともあり、また、日本のインディーズバンドとの交流もあるようで、知る人ぞ知る存在だったようだ。ハワイ生まれの中国系アメリカ人ギタリストで、USのバンド、ポニーテイルのメンバーだったが、2010年のバンドの活動休止後、ソロアルバム『Infinite Love』を発表。今年、4枚目のソロアルバム『Dreams Say, View, Create, Shadow Leads』を発表し、4月には来日ツアーも行っていた。私が彼を初めて観たのは、その後8月の来日公演の一環として、ライブスペース八丁堀・七針で行われた90分ノンストップのワンマンライブでのことだったが、この日のWWWも圧巻と言うべき演奏だった。

 「ダスティン・ウォングです。こんばんは」とまず彼は言った。そこにいたのは、流暢な日本語を話す穏やかな好青年以外の何者でもなかった。しかし、彼にとってのフルセット演奏とは、新旧の曲を織り交ぜ、全てが一続きになったひとつの壮大な物語のように構築していくことである。全く持って超人的な記憶力、集中力、演奏力でもってして、ほぼ完璧にそれは表現されていく。

 彼のスタイルは、短いギターリフをループ用エフェクターでループさせながら次々に積み重ね、同時進行的にディレイ、ディストーションといった様々な音色を変えるためのエフェクターも駆使しつつ、徐々に曲の全体像を形作っていくものである。そして、少なくとも1曲における操作は10回以上を超えるため、アルバム収録の全16曲を演奏した場合、エフェクター操作だけでもそれは少なくとも100回以上は数えることになる。普通に考えて、90分ノンストップでそんなことを試みた場合、一度でもエフェクターを踏む順番やツマミの設定を間違えたら、その時点で全ては水の泡に帰してしまう。全く持って恐るべき記憶力だが、本当にすごいのはその精密な演奏力だ。彼の曲には往々にして、変拍子や高速フレーズが挟まれるため超絶技巧すらも要求される。ほとんど曲芸の域にすら到達するほどのテクニックを彼は持っているのだが、こともなげにそれを涼しい顔で行ってしまうから、そこでさらに我々は驚愕させられることになる。この日のWWWでの演奏では、ステージ後ろに巨大なスクリーンが掲げられ、終始、彼の足元が映され続けていたが、これは演出として成功だったと言えるだろう。

 もちろん彼は曲芸師ではなく、優れた音楽家だ。“ギターウィザード“とも呼ばれるのは、テクニックだけでなく、ギターだけでまるでシンセサイザーのようにいくつもの音色を操る独創性、そして優れたメロディーと表現力のためでもあるだろう。一本のギターだけで構築された音楽とは思えないその世界を、最もライブで堪能することができ、この日もハイライトとなった部分といえば「Evening Curves Straight」~「Back Towards Night」の流れだろう。豊潤な音色で乱反射するように輝くギターがバーストする瞬間は、いつ観ても美しい。そして、同時代的に他の音楽家と比較しても、おそらく同じマニュエル・ゲッチングの系譜に連なる者として、高い評価を与えられているアンビエント/ミニマル系ギタリスト、マーク・マグワイアに優るとも劣らない存在だと言えるのではないだろうか。さらに、その日本人好みのしそうな愛嬌あるメロディーラインは、マーク・マグワイアの音楽よりも親しみやすさがあるかもしれない。進学のために渡米する以前には、日本で思春期を過ごしたというDustinは、この日のアンコールで「Japan」という曲を演奏した。琴の音色を真似たようなギターで弾かれる日本人の郷愁を誘うようなメロディーには、彼の日本に対する特別な感情が感じられるように思えた。

 キセルのことは昔から6thアルバム『旅』をずっと愛聴してきたので、共演できてとても嬉しい、と最後に彼は言った。そして、次の日本での演奏は、ビーチ・ハウスとの共演だ、とも。その時、やはりこの共演は偶然ではなく、必然だったのだと私は一人勝手に納得していた。そして、また彼の演奏を見に来ることになるのだろうという、予感めいた確信も感じたのだ。

取材・文: 宮下瑠


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