ARTIST:

Cashmere Cat

TITLE:
Wedding Bells
RELEASE DATE:
2014/2/10
LABEL:
LuckyMe
FIND IT AT:
REVIEWSMarch/05/2014

【Review】Cashmere Cat | Wedding Bells

 今、世界でその動向が注目されるレーベル〈Lucky Me Records〉から昨年リリースされたCashmere Catの新曲「With Me」は、先進的な世界の音楽ファンの熱狂を引き続き加速させた。ベースミュージック、R&B、といった音楽から如実に影響を受け、それらを小楽団的な楽器編成と映画音楽のような壮大なスケールで組み上げるCashmere Catの感性は、2012年に発表されたEP『Mirror Maru』からすでに発揮されていた。ベースミュージックが当時陥っていた攻撃特化なスタイルを逆手に取り、夢想的で繊細なメロディに、シンプルなリズムパターンを落とし込み、室内音楽風なアレンジを施した表題曲「Mirror Maru」は、トラップやジャージークラブといったジャンルに代表される、当時発達し始めたベースミュージックシーンの行く末をすでに予言しているかのような衝撃的な一作であった。それから約1年半が経ち、シングルカットされた「With Me」の収録された新作『Wedding Bells』がリリースされ、我々はその予言の続きを覗きこむことができるようになった。

 過去にCashmere Catのリミックスを手がけたこともあるLidoによるピアノフレーズから幕をあける「With Me」は、エモーショナルを掻き立てるヴォーカルサンプルと鍵盤の音、ハードコアを意識させるような歪んだリードシンセとベースが共にひしめき合う、Cashmere Catのバランス感覚と感性をアピールするかのような楽曲である。最近のベースミュージックにおいて顕著であるTR-808の無機質なリズムサウンドは完全に消失し、オーケストラを彷彿とさせるパーカッションが空間を代わりに支配している。Cashmere Catの登場により開拓されはじめたトラップミュージックのメランコリックな土台を新たに再開発させるかのような楽曲「Pearls」は、構成する要素はクラブミュージックのそれでありながら、それに似つかわないパーカッションの音、マレットや様々な効果音を利用することで音楽性のすり替えを行っているという、Cashmere Catらしいユニークの効いた一作である。表題曲「Wedding Bells」は、寂しく鳴らされる鐘の音と、場違いに明るく鳴り響くブラスが不思議な空間を形成し、タイトルとはかけ離れた物寂しく閉塞的なアートワークをより一層引き立たせる。そして、騒々しいティンパニーと跳ねたリズム、エッセンス的に取り入れられたブレイクビートが特徴的な「Rice Rain」がEPのこぢんまりとした終幕を飾る。全体的に「結婚」を彷彿とさせる楽曲名が採用されながらも、全体の閉塞した内向的な雰囲気と、ある意味乱暴に配置されたようにも感じられる様々な構成要素といった様々なコントラストは面白く、より一層リスナーをその世界観へ没入させる手がかりとなっている。

 前作『Mirror Maru』でうかがえたのは、既存のジャンルミュージック、様式化/大衆化されたベースミュージックを皮肉るかのような音像と、その自信を裏付ける音楽の構築力とセンスであった。今作『Wedding Bells』においてもその独自性と存在感は変わらず、むしろ「Wedding Bells」のラストのアンサンブルや、「Pearls」における様々な要素の構築手段など、ますますその音楽性は進化しているように思える。焦点の合っていない海とセーラー服姿の人物、というぼんやりとしていながら具体的な風景を提示するアートワークもまた、彼の世界観を補強する効果的な道具となっている。しかし、『Wedding Bells』という作品は、作品として堅実に完成されているからこそ、むしろCashmere Catというアーティストが、〈Lucky Me〉という一つの音楽レーベル、ひいてはその周辺のシーンにおいてどういう立ち位置であるのか、ということを理解出来てしまう作品でもあった。彼は彼自身が開拓した土壌に定住地を見つけることができたのかもしれないが、だからこそ、この4曲入りの作品集にはやや単調さが感じられ、革新的な驚きは少なかったように思われる。

 Cashmere Catが『Mirror Maru』において発見したクラブミュージックの新たな地平は、『Wedding Bells』においてより深化し、それは、既存のジャンルからの完全な逸脱の可能性を孕み始めた。彼は、今後彼自身の持つ魅力的な音楽性によりCashmere Catという一つのスタイルが硬直し切ってしまう可能性と戦いながら、音楽の更なる地平を見据えることとなるだろう。『Wedding Bells』に映るセーラー服の(恐らく)女性は、海を眺め、一体何を考えるのだろうか。「Wedding Bells」とは、「結婚」というイメージの通り、定住を決意するメッセージなのか、それともそれ自体が「結婚」を閉塞的なイメージで捉えた逆説的な言葉であり、新天地を求めるのか……。どちらにせよ、今のところは、Cashmere Catの紡ぐ物語の続きが気になってしまうことに変わりはないのである。

文:和田瑞生
1992年生まれ。UNCANNY編集部員。ネットレーベル中心のカルチャーの中で育ち、自身でも楽曲制作/DJ活動を行なっている。青山学院大学総合文化政策学部在籍。