EVENT REPORTSDecember/15/2013

【Event Report】Red Bull Music Academy Weekender Tokyo “EMAF TOKYO 2013” – 2013年11月4日 at LIQUDROOM

 1998年のスタート以来、世界各国で開催されてきたレッドブルが主催するミュージックアカデミーRed Bull Music Academy。これまでもM.I.A、Chuck D、Jeff Mills、坂本龍一などがワークショップやパフォーマンスを行い、世界中から毎年60名限定でアカデミーに招待された若い音楽家たちに刺激を与え続けてきた。オフィシャルサイトでは過去15年間のコンテンツから音楽や機材の歴史、最新のテクノロジーなど音楽をキーワードにした記事、アーティストによるレクチャー映像、ミュージシャンたちによるDJミックス、インタビュー、プレイリストなどを見ることもできる。そして、15周年を迎えた今年、東京では<Red Bull Music Academy Weekender Tokyo>と銘打ち様々な場所でイベントが開催されたのだが、今回はその一環としてリキッドルームで行われた<EMAF TOKYO 2013>の2日目に足を運んだ。

 「世界各地でフェスティバル、ワークショップ、レクチャー等を開催し、前衛的かつ創造意欲に溢れるクリエイターたちのプラットフォームとなる機関・団体として、世界中にネットワークを広げる」という<Red Bull Music Academy>が掲げる理念通り、ヤン富田やY.Sunaharaといった常に日本の最先端かつ最前線を走り続けているアーティストから、坂本龍一などジャンルに囚われない交流で世界のエレクトロニカ、ひいてはラップトップ・ミュージックのシーンを牽引してきたFennesz、シンセサイザーとタブラとラップという類を見ない編成の完全即興バンド、環ROY×蓮沼執太×U-zhaanなど、音楽の新たな地平を切り拓いてきたアーティストたちが名を連ね、他のクラブイベントとは一線を画すラインナップであると同時に、<Red Bull Music Academy>が15年間積み重ねてきたノウハウや理念が感じられる非常に納得のできるコンテンツであると感じた。

 メインステージはInner ScienceのDJセットからスタートだ。これまでInner Science 、Portraなどの名義を使い分けてリリースを重ねる一方で、CLUBBERIAやEYESCREAMといったPODCASTへミックスを提供するなど、日本のブレイクビーツ、エレクトロニカシーンから絶大なる信頼を得ている彼のDJは、まるでパズルの端を埋めていくようにこれから約7時間に及ぶ(!)イベントのグルーヴ感や方向性を構築していて、丁寧でありながら確実に観客を心をがっちりつかんでいた。

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 続いては今年8月にアルバム『B A BEACON』をリリースしたFugenn & The White ElephantsとYousuke Fuyamaによるオーディオ&ビジュアルライブだ。Autechre、Aphex Twin、Boards of Canadaやμ-Ziq、等、レジェンド達を引き合いに出さずにはいられないゴリゴリのブレイクビーツに美しいメロディが重なる楽曲群はYousuke Fuyamaによる近未来的なVJと相まって否が応でも引き込まれる。日々流行が変わっていくダンスミュージックシーンにおいて、これだけある意味ド直球なライブを見たのは久々だったが、ファストフードのようにジャンルが消費されていく音楽シーン(もちろんそういった部分にも面白さはあるが)にいとも簡単に乗っかってしまう私たちの背筋をピンと伸ばしてくれるような緊張感のあるパフォーマンスだった。

 Fugenn & The White Elephants x Yousuke Fuyamaの緊張感のあるライブを見て、心地よい高揚感と疲労感に酔いしれた後は百戦錬磨のアーティストたちが異種格闘技戦を完全即興で繰り広げるトリオ、環ROY×蓮沼執太×U-zhaanのパフォーマンスだ。環ROY×蓮沼執太×U-zhaan名義での音源はまだ発表されていないためどのようなライブをするのかは完全に未知数であったが、イベントの雰囲気に合わせてMC BATTLEで見られるような環ROYのストイックなフリースタイルが炸裂するのではないかと筆者は予想していた。しかし、缶ビールを片手にニヤニヤしながら登場した時点でその予想は間違いであると確信する。完全に酔っぱらった環ROYはまるで人と会話するように、会場に来るまでの出来事や蓮沼執太いじり、物販で発売するパーカーの宣伝などを蓮沼執太とU-zhaanがその場で組み立てたポップなトラックに乗せてラップをしていく。あまりの自由さにメンバー同士が苦笑いをしたり、途中で曲を止める場面もあったが、ストイックなパフォーマンス中心のラインナップの中、観客が力を抜いて楽しめる唯一の時間であり、相対的に即興の面白さや風通しの良さが引き立つライブだった。また、最後に披露された唯一即興ではない新曲は4月にリリースされた環ROYのアルバム『ラッキー』の流れを汲んだ楽曲で、蓮沼執太印のエモーショナルなトラックに環ROYによる日常に寄り添ったリリックが今回もばっちりはまっていた。

 続いて、TychoやGold Pandaなどを輩出し、今や名門レーベルとなった〈Ghostly International〉よりリリースを重ねるアメリカのプロデューサー、Lusineが登場。デトロイト直系のダウンビートによって再び会場に緊張感を生み出していく。洗練されたエレクトロニカ・サウンドは、鋭利なビートを会場に響かせながら、USならではの重厚感を持って空間をメイクしていくさすがのライブであった。

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 そして、続いて登場したのはY.Sunahara! 真っ黒な衣装と机にラップトップというKraftwerkマナーな出で立ちで登場し、ゆったりとしたBPMでライブはスタート。とにかく無駄がなくミニマルな音は違和感なく耳に入ってくる一方で確実に体を揺らしてくる。それは研ぎ澄まされた和食のようにやさしいようで、よく砥がれた刀のように鋭くもある。海外アーティストに挟まれた時間での出演ということもあり、そのようなわびさびがより感じられたし、ここまで洗練された音楽は日本でしか生まれ得ないのではないかと思えとても誇らしい気持ちになった。

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 続いては坂本龍一とのコラボレーションアルバムなどをリリースし日本でも人気が高いFenneszの登場だ。4年振りの来日ソロ・パフォーマンスということもあり会場はこの日一番の集客であったが、ステージにはラップトップがぽつんと置かれているのみという異様な光景だった。しかし、ギターを持ったFenneszが現われラップトップに触れた途端、泣く子も黙るノイズが会場を覆い尽くし、観客はリズムを取ることも歓声を上げることもできずそこで発せられるノイズをただただ受け止めるのみなのである。そして当のFenneszは観客の方を一切見ずにラップトップをいじっている。何重にも重なったノイズ、断片的なメロディ、凄まじい音量、観客とアーティストのコミュニケーションが全くない光景は次第にライブという空間を超え、そこに音しか存在しない場所へと連れていかれるような感覚を観客に与え、神聖なものの美しさ、凶暴さを身をもって体感することができた。あまりの音量に耳を塞いだり、思わず会場を後にする観客もちらほらいたが、国際フォーラムで見たMy Bloody Valentine以上の体感音量を浴びることができ、Fenneszの名に恥じない圧巻のパフォーマンスだと個人的には感じた。

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 この時点でイベントが終わってもおかしくはないほど濃いパフォーマンスが繰り広げられた<Red Bull Music Academy Weekender in Tokyo>だが、トリを飾ったヤン富田はこれまでに見たライブの概念を根底から覆すような衝撃的なパフォーマンスであった。Fenneszのシンプルなセットとは打って変わって、要塞のように並べられた巨大な機材たち。大きな歓声で迎えられゆっくりと登場した彼はまず、今回のライブの趣旨を説明し始めた。なんでも今回のライブは、彼が主催するオーディオ・サイエンス・ラボラトリーという音楽研究機関の研究テーマである「音楽による意識の拡大」の一部に触れてもらい、多くの人たちにその音楽を実際に体験してもらおうという試みであるらしい。かつてLSDを使って実験映画を撮った島崎俊樹や、テレビの生放送中にLSDを投下された谷川俊太郎の話などを引き合いに出し「LSDなどの薬物を使わずに意識の拡大をしたい」と真剣に話す彼は、TVで取り上げられるちょっとヤバ目な発明おじさんそのものであり集まった観客を不安させていた。今回は被験者を1人用意し、筋肉の動きなどを感知する電極シール(チャールズ皇太子御用達らしい)を被験者の体に張ることで脳波を受け取り、それが人工知能のあるベースと反応し、脳波と人工知能をセッションさせるという試みを行うらしく、今回被験者に選ばれたのは脱線3のM.C.BOO!(助手にはコンピューマの姿も)。

 一通り解説と被験者の準備が終わり、我々の不安が最高潮に達したところで、いよいよ音楽による意識の拡大の旅が幕を開ける。彼が椅子に座り巨大な機材に触れると、Fenneszにも負けずとも劣らない轟音が奏でられる。それを聞き、満面の笑みを浮かべながら「かっこいいでしょ? こういうのをかっこいいっていうんだよ」と観客に語りかけたヤン富田の表情はいま思い出してもゾクゾクするし、先ほどまで会場を覆っていた不安が一気に信頼へと変わり、会場が一体となって船長である彼の指揮に身を任せる雰囲気が出来上がっていた。その後は地球を出発して徐々に宇宙空間を超え、瞑想状態へと旅していくというストーリーでライブは進行してゆくのだが、途中謎の地球外生命体が登場しそれを何故かヤン富田がレーザー銃で撃退したりといった仕掛けが用意されており、見ても聞いても楽しめるライブになっているのだが、ストーリーに関しては説明すればするほど謎が深まるため、これに関してはぜひ生で体感してもらいたい。肝心の音は脳波によって奏でられる音や人工知能から生み出されるベース音はもちろん新鮮で聞き入ってしまうのだが、バックに流れるシンプルでありながら図太いブレイクビーツが『MESS/AGE』を髣髴とさせ、あれほどのクラシックを生み出しておいてなお進化し続ける彼の生き様に鳥肌がたちっぱなしだった。本編が終了した時には既に終演時間を過ぎていたが、彼は再びマイクを握り、ジョンケージ「4分33秒」との出会いなど、オーディオ・サイエンス・ラボラトリーを設立するまでの経緯を色々と語ってくれた。初めての被験者はグランドマスター・フラッシュだったらしく、最初は渋っていたがヒップホップの上下関係を大切にする文化を利用して脳波を取らせたというちょっといい話を聞くことができてリアルタイム世代ではない筆者は興奮してしまった。また、妻をも被験者にしてしまったという話はまるで映画のようであった。

 アンコールはまさかの被験者なしで演奏という掟破りで、またしても私たちを驚かせたのだが、ここまで彼の世界にどっぷりつかった後は細かいことなど何も気にならなくなり、いつまでもこの轟音を聞いていたい、ヤン富田を見ていたいという気持ちでいっぱいになっていた。本人が意図する結果とは違うかもしれないが、これほどまでにライブパフォーマンスや音楽についての固定概念を刺激されたことはいまだかつてなかったし、それこそが私にとっての「音楽による意識の拡大」だったのだと思う。

 7時間にも及んだ<Red Bull Music Academy Weekender “EMAF TOKYO 2013″>2日目だったが、とにかくそれぞれのアーティストの個性が際立っていて電子音楽の懐の深さを余すことなく感じることができた。今回はベテランのアーティストが多かったが、彼らがより若いアーティストと共演したらどんな化学変化が起きるのだろう? そんな次回以降の期待をしてしまうほど濃密な1日であった。

取材・文: 豊田諭志

1990年生まれ、大阪出身。UNCANNY編集部員。青山学院大学音楽芸術研究部の前部長。